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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅰ章 央都の夜に、梟は黒い雪のごとく舞う

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 5.王女を見舞う老貴族


「おや、これはこれは……アスパル殿ではないか」


 第七王女マールツィアの屋敷――その外門を出たところで、王の侍従アスパルは横合いから声を掛けられた。


 呼ばれるままにそちらを見れば、宵闇の中、護衛の騎士に囲まれた馬車から2人の人間が降り立つところだった。

 1人は、誰の目にも高貴な身分と分かる装いに、威厳を備えた長身の老人。

 そしてもう1人は、太っているというほどではないが、どこか総じて締まりの無い雰囲気のある商人風の男だ。

 商人風の男には直接の面識はないアスパルだったが、老人については嫌と言うほど良く知っていた。


 ロクトール・バシリア卿――。

 現ソフラム王国内においては五指に入る有力貴族にして、ガイゼリック王の第二妃ニケアの実父であり、いきおいニケアの子、第二王子ゼノアの祖父にもあたるという重鎮。

 そして、多くの改革的な施策を掲げるガイゼリック王とは何かと対立することが多い、いわば保守派の貴族の筆頭とも言える存在である。


 ――自然と、アスパルの表情はさらに引き締まった。


「ふむ……まさか、こんなところで貴殿と会うとは思わなかったな」


 すっかり白くなった顎髭を撫でつけながら、気安げに話しかけてくるバシリアに――路上ということで略式ではあるが、アスパルは礼儀作法に則った挨拶を返す。


「はっはっは、相変わらず貴殿は固いな、アスパル殿!

 ……いや、誤解されるな。褒めておるのだよ」


「恐縮です、バシリア卿。

 ――して、今宵は姫様のお屋敷にどのようなご用件でしょうか」


「うむ、それは――と、おお、その前に。

 貴殿とは、確か初めてだったな」


 言って、ロクトールは後ろに控える商人風の男を振り返る。


「――これは、ナローティという商人だ。

 我が家とは、古くからの付き合いがあってな」


 男は、一歩だけ前に出て深々とアスパルに頭を下げた。

 そのふっくらとした丸顔に浮かぶのは、いかにも商人の(かがみ)とでも言うべき愛想の良い笑顔だ。

 ただ、その細められた目の奥の瞳が、自分を値踏みするように観察していることに気付かないほど、アスパルも迂闊ではない。


「――ナローティよ。こちらは、アスパル・アルダバル卿だ。

 陛下の侍従として辣腕を振るう、将来有望な若者よ」


「ご紹介に(あずか)りました、ナローティでございます、アルダバル卿。

 どうぞ、よろしくお引き立ての程を……」


「ああ、こちらこそ。

 ……ところでナローティ殿、貴君は〈麗紫(ヴィオラ)商会〉の?」


「おお……! ご存じ頂いていたとは光栄でございます。

 ええはい、私、〈麗紫商会〉の商会長をさせていただいております」


 さらに笑顔を明るくしてのナローティの返事に――今初めて知ったようにアスパルは頷く。


 ――遡ること数代前の王家と貴族の間で、紫の染め物が流行った際……他に類を見ない鮮やかな紫の織物を献上したことで、一介の織物商から一躍、大商人へと成長を遂げたのが〈麗紫商会〉だった。

 その流行も過ぎ去った今となっては、飛ぶ鳥を落とす勢いだった往時ほどの豪商とは言い難いが、それでも紫は高貴な色として未だ根強い人気があり……さらに往時に成した財を下地に手広く他の商売も行っているため、まだまだ央都有数の大商人と呼べる存在だ。


 荘園を所有する貴族ともなると、租税として納められる作物を効率良く金に換えるために、贔屓(ひいき)の商人を1人や2人抱えているのが普通だ。

 そして、バシリア家にとってのそれが〈麗紫商会〉であることを、アスパルは当然知っていた。


「実はこのナローティめが、珍しい異国の装飾品など手に入れて来おってな。

 ご病床にあらせられる姫様の、僅かばかりの慰めにでもなれば――と、早速に持参してお見舞いに上がった次第なのだが……」


 そう言って、バシリアは門の向こう、屋敷を見上げる。


 ――マールの失踪が伏せられている今、彼女は、屋敷の奥で病床に臥せていることになっている。

 ゆえに、バシリアの言い分は一見真っ当にも見えるが……。

 しかしアスパルにしてみれば、それが額面通りでないことは明らかだった。


 そもそも、女性に王位継承権が認められていないこの国の、さらに一番の末席である幼い王女に、国政においても強い発言力を持つ大貴族の当主が、わざわざ自ら見舞いに足を運ぶなど不自然以外の何ものでもないからだ。


 臣下として、王族への礼儀で見舞うとしても、この場合なら代理人を立てるのが妥当で――現に、バシリア家より地位の低い貴族でも、実際に自ら見舞いに訪れた者などろくにいない、というのが実状なのである。


 ……さらには、この時間だ。


 万が一に、真実見舞いが目的だったとして……身分が上の、かつ幼くとも女性を(おとな)うには明らかに遅い。

 たとえ気が(はや)ろうとも、重鎮たる貴族がその程度のことに気付かないはずもない。


 ――結果、事実として導き出される答えは……。


 見舞いはあくまで建て前で、他の目的があるということ。

 そして、バシリアが第七王女マールツィアに当然払うべき敬意を払わず、そればかりか侮ってさえいること――その二つだった。


「僭越ながら、バシリア卿。

 お見舞いには、少々遅い時間ではないかと」


 いつも通り、表情を変えることなくアスパルがそう指摘すると――。

 老貴族は一瞬眉をひそめたものの、次の瞬間には朗らかに笑い声を上げた。


「はっはっは、いやいやまったく、貴殿の言う通りだな。

 (ワシ)としたことが、長患いに苦しむ姫様を少しでも早く元気付けて差し上げたいと、ついつい気を急いてしまったようだ――いやはや、歳は取りたくないものよ。

 だが……それを言うならアスパル殿。こんな時間にお屋敷を辞してきた貴殿も同罪ではないかな?」


 挑戦するようなバシリアの笑顔に、アスパルも微笑みを以て応じる。


「ご心配には及びません。

 私も、陛下より直々に仰せつかったお見舞品を、家人に預けてきただけですので」


「ふむ、そうかそうか。ならば、儂も貴殿に(なら)うとしよう。

 ……出来れば、姫様にお目通りした上で何かお望みの品でもないか、直に伺いたかったのだが――日を改めるしかあるまいな」


 鷹揚に頷き、バシリアは……。

 控えていたナローティと護衛の騎士に、見舞いの品を家人に預けるよう指示を出した。




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