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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅳ章 闇に奸計狩るは梟、誇り高く舞うは鳩

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16.最後の仕上げ


「だ、旦那様……!

 かの国の援助を頼みに旗を揚げるとは、本気でございますか……!?」


「当然であろう! もはや他に道は無い!

 ……それとも貴様、これまでの恩も忘れ、(ワシ)に牢獄にも等しい僻地で干涸らびていけと申すつもりか!?」


「め、滅相もございません! で、ですが……!」


 夜も更け、人目を忍ぶように〈麗紫(ヴィオラ)商会〉を訪れたバシリア。

 その、床を踏み抜かんばかりに怒気の籠もった足取りに縋るように、ナローティが付き従う。


「ならば、つべこべ言わずに儂に従え!

 案ぜずとも、そうすればこれまで以上に儲けさせて――」


 しわがれ声を張り上げ、目的の物があるナローティの私室に荒々しく踏み入ったバシリアは、そこで異常に気が付き、思わず立ち尽くす。



 ……部屋には、先客がいた。

 開かれた窓の側で、壁に背を預けて立つ、黒装束の青年――レオだった。



「――久しぶりだな、ロクトール」



 それは、窓から吹き込んだ夜風そのもののようだった。

 静かで、確かな存在感を持つ、その冷ややかな声に撫でられて……バシリアたちは侵入者だと騒ぐのも忘れ、視線を釘付けにされる。


「どうした? 殺した人間のことなど覚えていないか?

 ……つれないな、この間会ったばかりでもあるのに」


「! まさ、か……レオノシス殿下――か?」


「……は!? で、殿下――ですと?

 ま、まさか、そんな……!」


「亡霊でも見たような顔だな。

 ……生憎(あいにく)と、まだ生身なんだが」


 薄闇を纏い、レオは唇の端を吊り上げる。


 彼の言う通り、ナローティは顔面蒼白になっていたが……バシリアは何か思い当たるような節があるのか、さほど驚きはしなかった。

 ――どころか、さも愉快そうに笑い出す。


「なるほど、あのパーティーの折は、姫様ばかりに注意がいってしまったが……そうか、殿下であったか。

 ――ならば、納得もいくというもの」


「ほう……納得?」


「殿下は、幼少の頃よりご器用でございましたからな。

 その上、稀代の錠前師ラフォードの教えを受けていたとも聞きます。

 差し詰め、陛下に頼まれてここへ来られたのでしょうが……無駄足でしたな」


 ちらりと、部屋の奥に鎮座しているあの鉄箱を意味ありげに見やり……バシリアは愉しげに両手を挙げた。


「驚異的な記憶力をもつ姫様が、あの鉄箱の披露の場にやって来たこと――それが何を意味するか分からぬ、このロクトールと思われたか?

 殿下の――いえ、陛下のお探しの物なら、既にその箱から他の場所に移させましたぞ?」


 朝の鬱憤を晴らすかのように、意趣返しとばかり勝ち誇った様子で語るバシリア。


 しかし――レオはそれを微風(そよかぜ)とも感じていないらしく、表情一つ変えなかった。


「ああ……密約の誓書のことか? お前と、ゾンネ・パラスとの」


 一言一言、相手の様子を窺いながら……ゆっくりとレオは言葉を紡ぐ。

 そうして、そこまで言われても未だ得意げな様子を崩さないバシリアを――唐突に、彼は笑った。


「あはははっ!

 本当に僕が、そんな物を探しているとでも?」


「……なに?」


「8年前。お前たちの手の者に捕まった後、一方的に死んだことにされて、王族から排除されたこの僕が……。

 そのせいで、地を這い、泥を啜るような人生を歩まされてきた、この僕が。

 本気で、子を子とも思わないその惨い仕打ちを忘れて……国に、そしてあの両親に協力するような真似をする――などと、思っているのか?」


 冷め切った口調でそう言って、レオはなおも嗤った。

 自分か、親か、バシリアたちか、それともそのすべてか――誰をとも名指しせず、ただただ昏く冷たく嘲笑(あざわら)った。


 その冷気に当てられたように、バシリアからは急速に熱が引いていく。

 そしてそんな彼が、質問を投げかけて自らを取り戻そうとするのを遮るように――レオは絶妙のタイミングで、懐から何かを取り出した。


 月の光を受けて銀色に輝くそれを見て……バシリアは、文字通りに絶句する。


「僕が本当に求めていたのはこいつだよ。

 これが何かは……言うまでもないよな?」


「ま、まさか――!

 貴様が、それを……すり替えて……っ!」


 レオの手の中の首飾りに視線を釘付けにしたまま、バシリアは喘ぎ喘ぎ、やっとそれだけを口にする。

 ……だがレオはそれに対し、フンと鼻で嗤うだけだった。


「さて、さすがに思考が止まってしまったようだから、僕から教えてやろうか。

 ――ロクトール。

 もう、お前が密約の誓書を持ち出したところで、神聖帝国はお前を支援することは無いんだよ――決して」


「! な――何だと……!?」


「だって、そうだろう? 今、帝国が何より欲しがっているものは、こうして僕の手にあるわけだからな。

 それに、死んだことにされているとはいえ、僕が継承権を持つ正式な王子であることに変わりはないんだ――帝国の支援を得れば、改めて王位に就くことも不可能じゃない。

 そして帝国としても、そんな僕がいれば、このソフラムに介入するのも容易くなる――つまり」


 レオは、首飾りを掲げながら……ニヤリと口元を歪ませた。


「ロクトール――お前は用済みなんだよ。

 この首飾り一つ手に入れられないほどに無能で、そのくせ、色々な駆け引きをもって交渉に当たる、お前のような扱いにくい人間は。

 そう……僕のように、お前より王位に近い場所にいる上に、国も親も恨み、すべてを帝国に売り渡すことにも躊躇しない――。

 そんな、向こうからすれば扱いやすいことこの上ない人間がいれば……。

 お前なんて必要ないどころか、邪魔なだけなのさ」


「ば、馬鹿な……そんな……!」


「おや? あの帝国が、何の役にも立たない小者を相手に、何の得にもならないのに、馬鹿正直に何十年も前に交わした密約を守ってくれるとでも?

 それがいかに儚い望みかは、ロクトール、お前自身の行いに照らし合わせれば分かるだろう?

 ……まさか、自分だけは例外だなんて、そんなおめでたい考えは持ってないよな?」


 愕然とするバシリアの顔は、まさに蒼白そのものだった。

 だが、そこに残された僅かな血の気すら奪い取ろうとするように――レオはなおも告げる。


「実のところ、僕がこうしてここに来た理由は、帝国から、用済みになったお前たちの処理を一任されたからなんだが……」


 言いながら、レオはバシリアたち2人の表情を確かめる。

 そして――恐れ(おのの)くその様子に満足したように、ニヤリと笑った。


「その表情――それを見て気が変わった。

 僕の人生を狂わせたお前らだ、当然死を以て償わせるつもりでいたが……それじゃ手緩い。

 そう……今、お前たちの胸にあるその絶望感。

 それを抱えたまま、あらゆる権力から遠ざけられた僻地で――囚人のように、残りの余生を無為に虚しく過ごしてもらおうかな」


「お……お待ち下さい殿下! わ、私は、決して望んで……!」


 せめて自分だけでも、と思ってのことか――。

 立ち尽くすバシリアを押しのけんばかりに前に出、慌てて助けを乞おうとするナローティ。


 レオはしかし、まるで耳を貸す様子もなく窓に向かって踵を返し――その途中、ふと、思い出したように肩越しに振り返った。

 そして……


「――ああ、そうそう。

 僕はお前たちを生かしてやることにしたが……帝国の他の人間がどうするかまでは、知ったことじゃない。

 そして、お前たちは余計なことまで知る邪魔な存在だ――さっさと消してしまいたいと願う輩はさぞ多いだろう。

 ――忠告しておくが、帝国の暗殺者は、実に優秀で……かつ、執拗だぞ?

 これからは、いつ、どこにいても……常に何者かの凶刃が狙っていることを、しっかりと覚えておくんだな」


 2人を、更なる絶望に突き落とす言葉を残して――軽やかに窓から飛び出し、夜の闇へとその姿を消す。


 力無く両膝を突いたバシリアにも、尻餅をついたナローティにも。

 その跡を追う気力など、あるはずもなかった――。




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― 新着の感想 ―
[一言] 終わりのないのが『終わり』
[一言] (おそらく)口から出まかせで乗り切りおった!
[良い点] 何割かは私怨が入っているのでしょうが、なかなかに役者ですね! てっきり、絶望を叩きつけて駆け引きの材料にするのかと思いきや、ダメ押しして去っていきおった(笑) 鎌かけついでに、できれば誓書…
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