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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅳ章 闇に奸計狩るは梟、誇り高く舞うは鳩

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15.花火の下で


 一つ、また一つと――。

 景気のいい音を轟かせて、夜空に大輪の花が咲き誇る。


 5日間続く〈聖柱祭(グラン・グラツィア)〉の間は、夜を彩るこの花火を鑑賞するため、酒場などは店舗を露店形式にするところも少なくない。

 〈酒盗亭(しゅとうてい)〉もまた例外ではなく……店前の広場は、樽や木箱を使った急(ごしら)えのテーブルや椅子と、それを占める酔客が所狭しと並んでいる。


 その騒がしさの中に混じり――。

 ひとまず難局を乗り切ったことへ礼を、と、庶民風の格好で訪ねてきたアスパルと、レオは向かい合っていた。


 アスパルは事務的なこと以外、レオのこれまでの経緯など、立ち入ったことは何も聞こうとしなかったし、話そうともしない。

 その辺りは、親子でじっくり話し合うのが一番だろう――と、王から提案されたテオドラの見舞いの日取りを伝えるだけだった。


 改めて母と顔を合わせることに、レオにはまだ躊躇いや戸惑いもある。

 それこそ数日前であったなら、意地を張って頭ごなしに突っぱねていたかも知れない。

 ……だが、自分の中の感情と素直に向き合う機会を経た今は、そうして逃げてしまいそうになる己を、何とか御する事が出来た。


「……取り敢えず、分かった。考えておく」


「殿下ご本人にしか分からぬ(わだかま)りもありましょうが……何とぞ、前向きなご検討を重ねてお願い申し上げます」


 深々と頭を垂れるアスパルに……レオは酒杯の中で揺れる、彼特注の、存分に薄められた林檎酒(シードル)に視線を落としたまま尋ねる。


「……で……それほどに悪いのか、母上は」


 一瞬口を開きかけるものの、選ぶ言葉が見当たらなかったのか……アスパルはただ、ゆっくりと頷くにとどめた。


「……そうか」


 それで求める答えを充分に得たレオは、胸の中の感情を押し流そうとするように、くいと大きく林檎酒を喉の奥へ流し込んだ。

 そうして一息付いてから、改めてアスパルを見据える。


「――ところで、アスパル。聞きたいことがあるんだが」


「私に答えられることでしたら」


「親父が王位を継承したときの話だ。

 ご多分に漏れず、継承者問題で少なからず面倒があったとは聞いているが……その際の対立に、バシリア家は関わっていたか?」


「陛下の、ですか? そうですね……」


 なぜそんなことを、と疑問にも思っただろうが、アスパルはそれは問うことなく――向けられた質問にだけ、思考を集中させているようだった。


「私自身、生まれる以前のことなので、あくまで伝聞に過ぎませんが……。

 当時、ガイゼリック陛下の即位が決定していながら、それを覆そうと武力による反乱を企てていた陛下のご兄弟を、バシリア卿が援助していたという噂があったそうです。

 その頃から、バシリア卿は保守的な貴族の代表格として、国の運営について革新的な考えをお持ちの陛下とはよく意見を衝突させていたそうですから、そんな状況も噂の信憑性を増したのでしょう。

 ……結局、件の反乱計画も未然に防がれ、またバシリア卿の援助を裏付ける証拠も出なかったため、ただの噂に過ぎないということで落ち着いたようですが……」


「ふん……。ちなみにその反乱、バシリアの私兵が丸ごとついたとして、勝ち目はあったと思うか?」


「そうですね……戦のこと、断言は出来ませんが……。

 当時の情勢を鑑みるに、それだけでは相当分の悪い賭けになるのは間違いないかと。

 少なくとも、あのバシリア卿が率先して乗るほどのものとは思えません。

 ……それこそ、大規模な援軍の宛てでもあれば話は別でしょうが」


「……そうか。それだけ聞ければ充分だ」


 言って、レオはこれで話は終わりだとばかり、ゆっくりと林檎酒を傾ける。


 アスパルもすぐにそれを察し、自分の葡萄酒を一息に呷ってすっと立ち上がる――と、その口元が笑みを浮かべているのに気付き、レオは眉根を寄せて呼び止めた。


「……何が可笑しい?」


「いえ……ただ、嬉しかったのですよ。

 ……こうして、殿下と酒を酌み交わせるときが来るなどと……夢にも思っておりませんでしたから」


 アスパルの真っ直ぐな感想に、毒気を抜かれたレオは気恥ずかしげに視線を逸らし……「くそったれめ」と、唇を尖らせる。


「ユニアも、殿下とお会いしたいと申しておりました。

 彼女のことです、いずれ気ままにお伺いするやも知れませんが……その折は、どうぞよしなに」


「……分かった分かった、姉上にもいずれ挨拶に伺う。

 だから、抜き打ちで来るのは止めさせてくれ。

 何というか……心臓に悪い」


 あからさまに困ったような顔をするレオに、アスパルは穏やかに微笑むと……一礼して立ち去っていった。


 入れ替わりに、離れた席からロウガが近付いてくる。


「……話は終わったか?」


「ああ。やっぱり、と言えばいいかな」


 ロウガが向かいに座るのを待って、レオは話を切り出した。


「アスパルいわく……証拠こそ出なかったが、かつてバシリア卿には親父の王位継承時、敵対候補の反乱計画支援の嫌疑がかけられたことがあるそうだ。

 そこに、神殿で聞いたこと、確かめたことなどを照らし合わせて考えれば、バシリアがそのときからゾンネ・パラスと繋がっていたのは間違いないだろう。

 ……つまり、あの鉄箱にしまい込んでいたのは、そのかつての反乱計画の際に、バシリアとゾンネ・パラスの間で取り交わされた、協力を約した誓書しかないってわけだ。

 結果としてそのときは使われなかったが――あのご老体、それを基にゾンネ・パラスとの関係は保ち続けていたんだろうな。

 その関係があるから、孫に王位を継がせるだけでなく、取引材料としても利用しようと、あの国が探している〈黄金よりも貴重な銀〉を欲していた――だから、マールを殺せなかったんだ。

 首飾りに件の金属が隠されていることは分かっていても、その首飾り自体を、マールがどこかに隠している可能性もあったからな」


「……あんな鉄箱に入れて、過剰なほど厳重に保管したくなるのも道理ってわけだ。

 今回の計画に纏わるものや、お前の暗殺を企てたときに使った書状やらは処分しちまえばそれで済むが……国なんてデカい相手との密約の誓書ともなれば、そういうわけにもいかないからな。ヘタに一方的に破棄したりすれば、裏切りと取られる可能性もある。

 ……ましてや、相手があの神聖帝国となればなおさら、ってことか」


「しかし――親父に追い込まれ、後がなくなった奴にとって、最後に縋るものでもある。

 その密約を盾に亡命でもするか、援護を頼みに、窮鼠猫を噛むの心境で反旗を翻すか……」


「あの、追い出される際の爺さんの様子……。

 あれを見る限り、大人しくこのまま尻尾巻いて逃げるとは思えんがねえ」


 ロウガはアスパルが置いていった酒杯を、軽く指で弾いた。


「同感だ。

 ――で、ロウガ。そっちの仕事の様子は?」


「ああ……ま、何とか一段落ついた」


 答えてロウガは、首をコキコキと鳴らす。


 ……日が傾く頃から、ロウガは、ひっきりなしにやってくる〈蒼龍団(ザフィル・ドラグ)〉の連絡役から報告を受けては指示を出す、という作業に没頭していたのだ。

 地回り〈長靴党(スティヴァーリ)〉の長を、結果としてオヅノが潰してしまったため……今はその縄張り内の〈長靴党〉が処理出来なくなった、揉め事の仲裁を初めとする諸事を、彼ら〈蒼龍団〉が引き受けているからだった。


「ご苦労なことだな」


「まったくだ。折角の祭りが、半日仕事に潰されるとは思わなかったぜ……。

 まあしかし……一応、若い衆をまとめるのは俺の役目だしな。

 それに、こうした雑事を放っておいて、被害を被るのはむしろ俺たちヤクザ者の揉め事とは関係の無い堅気(カタギ)の人間だ。そんな連中に割を食わせるわけにゃいくまい?」


「――そうそう。その心がけを忘れないように。ね」


 そんな一言とともに、大きな腹を揺らして2人のもとに近付いてきたのは……いつも通りの笑顔のオヅノだった。

 いかにも祭りの夜に相応しいその陽気な表情を、しかしレオはどこか胡散臭げな険しい視線で見上げる。


「……今にして思えば――だ」


「ん? なんだい?」


「マールを屋敷から連れ出そうと決めたのは僕だし、そのための情報を頼んだのも僕だが……。

 そのきっかけになったのは、アンタが何気なく話題に上げた、マールの近況だった」


 レオは、自分の眼帯をコツコツと指で叩く。


「もしかしてマスター……。

 アンタ今回のこと、初めから全部知っていて……状況に一石を投じる役を担わせるために、僕をそれと分からないよう(そそのか)したんじゃないだろうな?」


 レオの問いに、オヅノは一瞬呆けたような顔をしたかと思うと――。

 大きく口を開けて笑い出した。


「あっはっは! もしも、もしもそうなら――ね。

 こんな、色々何かとハラハラするような状況にならないよう、もっと上手いこと立ち回ってるよ」


 笑われるのにもめげず、レオがいくら刺すような視線で心底を探ろうと試みても……応とも否とも、オヅノはまったく普段通りで、何ら変わった様子は見られない。

 それで、レオも早々にため息一つ、無駄だったと諦める。


「……まったく、このタヌキ親父が。くそったれめ」


「で? 結局何の用だ、オヤジ殿。

 この店がクソ忙しいときに、店主自ら戦線離脱までして」


「いやいや、さすがに疲れちゃってねえ、少し休憩に……というのも、まあ、嘘ではないけど」


 飄々と言ってから、オヅノはやや声を潜める。


「監視に回していた者から連絡があった。

 ――動いたそうだよ、バシリア卿が。ね」


 そして、「じゃあ」と手を振って店の方へと戻っていった。


 残されたレオとロウガは一瞬視線を交わすと――どちらからともなく立ち上がる。


「……さてと、それじゃあ行くか?」


「ああ。――仕上げにかかろう」


 ――そのとき、一際大きな花火が上がった。


 夜空を見上げ、闇に映える煌めきに人々が酔いしれる――その僅かな間に。

 2人の姿は、何処へともなく掻き消えていた。




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[一言] >僕をそれと分からないよう唆したんじゃないだろうな? 私もそんな気がする(迫真)
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