13.逆撃の一手
――第七王女マールツィアの屋敷は、王族ではあるが、同じ〈貴族街〉でもそれなりに離れた場所にある。
そのため、王を先頭に馬を駆ってそこへと向かう大貴族の一団を……後から王宮へ向かうために準備をしていた他の貴族や、諸々の屋敷の使用人などは、一体何事かと目を丸くして見送っていた。
あるいは、この件についてこうして衆目を集めることも、バシリアの計算の一つであったのかも知れない――と、王は思う。
多くの人間の話題になれば、この後ヘタな隠し立てをすることも出来なくなるからだ。
しかしそれが分かったところで、もはや止める手立てはない。
思い通りに動かされているような気になり、心の内で歯噛みをしつつ王は……突然の集団の来訪に、慌てて門前まで応対に出てきた屋敷の老執事を、馬上から見下ろした。
「こ、これは陛下――!
このお忙しい時分に、いかなるご用件で……?」
「マールツィアは部屋におるな? 通るぞ」
老執事を押しのけるようにして敷地内に入ると、玄関前で馬を下り、屋敷へ足を踏み入れる王。
迷い無く、屋敷の塔にある娘の部屋へと向かうその背中に、バシリアたちも付き従う。
やがてたどり着いた部屋の前には……そこを守るかのように、2人の侍女が立っていた。
「あ――へ、陛下……!?」
侍女たちは王の登場に驚きながらも――道を開けるどころか、逆に立ち塞がりでもするように、その前へと進み出る。
「――娘に会いに来た。通してもらうぞ」
「あ、お、お待ち下さい陛下、ただ今姫様は――!」
「ええい、陛下が通せと仰っているのだ! どかぬか!」
なおも王を押し止めようとする侍女を、苛立たしげに引き剥がしたバシリアは――。
先に立ち、王に向き直って奥にあるドアを開け放った。
「さあ陛下、ご覧下され! これが――」
「――何事ですか、騒々しい」
部屋の中から響いてきた、凜とした少女の声に……興奮に我知らず紅潮すらしていたバシリアは、文字通り弾かれたように勢いよく振り返る。
果たして、そこにいたのは――。
大祭に合わせた優雅なドレスを纏い、侍女に髪を結い上げさせている最中の……屋敷の主、第七王女マールツィアに違いなかった。
「これは……お父様まで?
部屋の外の者に、身支度が終わるまでは誰も入れないようにと申しつけてありましたのに――。
それを聞き入れず、かつ、ノックもせずに押し入るなんて……いかに国王が、しかも娘を相手にとはいえ、いささか不作法に過ぎるのではありませんかっ?」
口を尖らせ、年頃の娘らしい愛らしさをもった怒りをぶつけるマール。
「おう……おう、これはすまぬ。
気が急いていたとはいえ、確かに礼を失すること甚だしかったな。赦せよ」
内心ではいかに驚いたか知れないが……そんな様子は僅かたりとも見せることなく。
王は娘の不満に、ばつが悪そうな苦笑混じりに素直に謝った。
「……何とか、間に合ったな……」
明かり取りの窓――以前、レオがマールを連れ出すのに使った、その窓に接した屋根の上で……。
部屋の様子を覗き見ていたロウガは、ため息混じりに額の汗を拭った。
――〈聖盾の丘〉の神殿より、休み無く馬を飛ばしてここまで戻り、大急ぎでマールに身支度をさせたのがほんの数分前……まさに、間一髪でのことだったのだ。
ようやく2人は、人心地ついたような気になって……緊張していた全身から力を抜く。
「まったく、ヒヤヒヤさせてくれやがって……くそったれめ」
「しっかし、お前の親父さんも相当驚いたろうに……当然ってツラしてそんな気配は微塵も見せやしねえ。さすが、大したもんだ」
「ふん。アレも、底の見えないタヌキって意味でなら、マスターと良い勝負かもな」
言いながら、2人は再び明かり取りの窓から、部屋の様子を見下ろす。
……他の貴族とは一線を画し、王に勝るとも劣らない威厳すら備えていたはずの老貴族は――今この瞬間、目に見えるほどの狼狽の中にいるのが、そこからでも良く分かった。
「……さて、ロクトールよ。
これはどういうことなのか、説明してもらえるのだろうな?」
「こ、これは……!」
心の動揺そのままに、落ち着きなく彷徨っていたバシリアの視線。
それが、髪も結い上げられ、席を立つマールの方を向いてふと止まった――かと思うと。
彼は素早く手を伸ばし、少女の胸元に光っていた銀色の首飾りをむしり取る。
「あ――っ!?」
「ロクトール、貴様何を――!」
「ふ、くく……詰めが甘かったようですな……!」
冷や汗すら浮かべていた顔に、今度は不敵な笑みを浮かべ……。
首飾りを高々と掲げたバシリアは、部屋の入り口から成り行きを見守っていた諸侯を振り返る。
「皆、聞け! これこそ、そこの娘が真のマールツィア様でなく、すり替わった皇族の遺児であるという証!
――そう、アルティナの皇族のみがその精製法を知っていたという、かの金属……〈黄金よりも貴重な銀〉そのものだ!」
「――何だと!?」
バシリアの発言に、諸侯のみならず、屋根の上の2人も驚きに目を見開いた。
「……そうか……!
細工師アッカドの仕事――! これだったのか!」
ハッとして、自分が作った、マールのものと揃いの首飾りを懐から取り出すレオ。
「マールはあれを、両親から送られたものだと言った。
そうだ――あれは本当に、マールの『実の両親』がアイツに遺した、〈黄金よりも貴重な銀〉が使われたものだったんだ……!
それを親父たちは、あらぬ疑いをかけられないようにと、侍女ダムキアの伝手で密かにアッカドに依頼して――。
同じような見た目の金属を使って、上から塗り込めるような形で別の細工を施し、別物に仕立て直して、改めて自分たちからの贈り物としてマールに渡していたんだ!」
「おい……待て。
それじゃ、アレがそうだと知れちまったら――!」
ロウガは慌てて部屋の中に視線を戻す。
「そうだ――ここへ来て、一気に状況を覆されかねない……!」
今にも部屋の中に飛び降りそうな勢いで、何か手はないかと周囲に目を走らせるレオ。
……そうしているうちにも、バシリアは声を大にして訴えていた。
「皆も知っていよう、これはテオドラ妃と陛下より贈られたもの!
では、その細工の中に、〈黄金よりも貴重な銀〉が隠されていればどうなるか……!」




