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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅳ章 闇に奸計狩るは梟、誇り高く舞うは鳩

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 7.娼婦の品位、鳩の真意 −3−


「……なるほどね。そうだったの」


 マールから、秘していた出自の秘密を告げられたサヴィナは……頭の中で話を整理しながら、ゆったりと頷いた。至って落ち着いた様子で。


 ……もちろん、彼女とて驚かなかったわけではない。

 だがそもそも、下町育ちの彼女にとって、まず重視するのは個人の人間性そのものであり、生まれがどうというのは二の次の問題であったし――。

 付け加えれば、王女だろうと皇女だろうと、どちらにしろ雲の上のような肩書きであまり変わりなく……また、レオとの長年の付き合いで王族という響きに慣れてしまっていたこともあって、面に出るほどの驚きにはならなかったのだ。


 しかし、下町の人間にすれば取るに足らないその出自の違いこそが、国家の運営について大きな影響を及ぼす可能性があることぐらいは、彼女も理解していた。


「……ひょんなことから本当の出自を知ってしまったわたしは……実の娘でないにもかかわらず、これまで大きな愛情を注いでくれた両親の恩に報いるために、その秘密を悪用されないよう、密かに姿を消すべきだと思っていました。

 わたしが王家に名を連ねたままでいれば、いつか必ず、今回のようにわたしの出自を利用しようとする人が現れるだろうから。

 ――だから、何とかして出奔して、そして……あとは、わたしは死んだことにでもしてもらえれば、それで丸く収まるんじゃないか、って。

 ……そう、思っていたんです」


「だから、レオ君の誘いは渡りに船だった、ってわけね。

 ――でも、レオ君に話した理由だって嘘ってわけじゃないでしょう?」


 マールはどこか申し訳なさそうにしながらも、大きく頷いた。


「……はい、それは。

 でも逆に、兄様を利用しようという気持ちが無かったかと問われれば……それもやっぱり、無いとは言えないんです」


 マールのそんな告白に、サヴィナは本人に悪いと思いつつも、つい可笑しくなって笑みを漏らしてしまう。

 ……それもそのはずで――彼女は、レオがマールに隠していること、その真意も聞いている。

 だから、兄妹がお互いに、第三者から見て、話し合えばすんなり解決しそうな問題を抱えたまま、同じようなお互いへの罪悪感に囚われているのが……どこか子供じみた頑固さのようで、微笑ましいとすら思ったのだ。


「……さ、サヴィナさん?」


「――ああ、ゴメンね。

 でも大丈夫。レオ君の方だって、親切心とか、そんな良い感情だけであなたを連れ出したわけじゃないんだから。

 ……だから、どっちもどっち」


「それは、あの……以前ロウガさんからそれとなく聞きましたけど……でも」


「そうなの? なら、わたしがこれ以上余計な仲介をする必要もなさそうね。

 落ち着いたら2人でちゃんと話し合いなさい、きっと丸く収まるから。

 ……まあ、レオ君のことだから、1つ2つはいちいち皮肉を言うでしょうけど――子供っぽい照れ隠しみたいなものなんだから、聞き流せばいいの。

 何だかんだであの子も、根っこはお人好しなんだし」


 ほっとするような笑顔を向けられて、マールも表情を和ませる。


「やっぱりサヴィナさん、兄様のことは良くご存じなんですね。

 兄様も、サヴィナさんにはどこか素直な気がしますし……仲が良くて、うらやましいです」


「あら。妬けちゃう、とか?」


「……ちょっぴり」


 苦笑混じりに言って……しかしマールの青い瞳はまたすぐに、何らかの真摯さを帯びる。


「あの……なのに、どうして。

 どうしてサヴィナさん、今のお仕事を選ばれたんですか……?」


 こんなときに聞くべきことではない、と思いつつ……しかしその『こんなとき』だからこその、何とも理由の付けがたい心理的な後押しを受けて、マールは自分でも驚くほど滑らかに、以前から抱いていた疑問を形にしていた。

 ……そして、言ってから改めて、とんでもないことを口走ったような気になって――慌てて言い繕う。


「あ、ご、ごめんなさい、別にサヴィナさんを悪く言うわけじゃなくて……!

 その、お二人なら、それこそ結婚されてお店をするとか、そういう道もあるんじゃないかな、って……!」


「……そうね……。

 わたしにとってレオ君は、ずっと弟みたいなもので、今でもそうだけど……もちろんそれは、嫌いってわけなんかじゃないんだし。

 しかもレオ君はこんなわたしのことを好きでいてくれてるんだから、そういう選択肢もあったんだけどね。

 ……実際、今の仕事をする前……弟たちも含めて自分が面倒を見るからって、レオ君に言われたこともあったし――ね」


 昔を懐かしむように、目を細めてそう答えるサヴィナ。


 反してマールは、驚きに、大きな目をさらに大きく見開いて、思わずサヴィナに詰め寄った。


「だ、だったら、どうして……!」


「んー……わたしのワガママと言うか、意地と言うか……。

 そんな感じの理由で、かな」


 どこか恥ずかしげに、サヴィナは嗤った。


「あのとき、言ってくれた言葉を受け入れていたら……きっとレオ君は本当に、真剣に、1人の下町の人間として、わたしたちのために生きていくことにしたと思う。

 ……もちろん、嬉しかったよ? それだけの想いを言葉にしてくれたことは。

 でもね、ふと気付いたの。――違う、って」


「……違う……?」


「やっぱりレオ君はね、王子サマなのよ――ううん、悪い意味じゃなくて。

 たくさんの人の上に立てる――立つべき人間なんだ、ってこと。

 だからわたしは……わたし一人の人生にあの子を縛り付けて、その輝きを奪うようなことは出来なかった。

 きっと、わたしが本当に見たいのは……下町で、細工師としてのこじんまりとした幸せを築くレオ君じゃなくて。

 もっと大きな人間に成長して、たくさんの人を纏め、導く……そんなレオ君なんだって、気付いちゃったから。

 ――何だか悔しいでしょ? 本当ならもっと大人物になれたはずの男なのに、自分に関わったせいで小さくまとまっちゃったんだ、なんて分かったら。

 もちろん、それを喜ぶ娘だっているでしょうけど……わたしは逆ってわけ。

 ……もしかしたら、馬鹿なのかも知れないけどね」




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