5.娼婦の品位、鳩の真意 −2−
「……そう、大丈夫。
だって、きっとレオ君とロウガがすぐに助けに来てくれるからね。
――マールちゃんは信じてない? あの2人のこと」
「そんなことないです。でも……」
もちろんマールも、あの2人ならと信じてはいる。
……だが、事情を知って助けようと動いてくれたところで、何の手がかりを残す暇も無く連れ去られた自分たちを捜し当てるのに、果たしてどれだけの時間がかかるのかと思うと――サヴィナの身を案じる気持ちの方が大きくなる。
その心情を正直に口に出すと、サヴィナは「そっか」と頷き――そしてなぜか、イタズラを仕込んだ子供のように、意味ありげに笑った。
「そのことならちゃんと手は打ってあるわ。
マールちゃんは気づかなかったみたいだけど……わたしたちが馬車に乗せられるとき、フレドが隠れて様子を見てたの。
だから、あいつらが話した言葉から、行き先の手がかりになりそうなものを適当に伝えておいたわ。
あの子、何だかんだと案外頭は良いし、結構冷静だから、こういうときは頼りになるのよ。それに――」
頭の良さとか冷静さとか、それはサヴィナさんもでしょう――と、マールは舌を巻く思いだった。
下町育ちの人間が、貴族とはまた別の形で逞しく、したたかであることは彼女も身を以て学んでいたが……それでも、サヴィナたち姉弟ほどの対応力を持つ者はそうはいないだろうと感じられた。
あるいはそれも、過酷な幼少期を生き抜き、そしてレオやロウガのような人種と交わってきたからなのかも知れない。
「わたしだって、ただ殺されないためだけに付いてきたわけじゃないわ。
……わたしが一緒にいれば、居場所も分かりやすくなるだろうって思ってね」
「……居場所が……?」
サヴィナの発言に、マールは小さく首を傾げる。
彼女の知る限り、サヴィナがこの牢へ入れられるまでに、何か目印を付けるようなことをしていた形跡はないし……そもそもそんな行動は連れてきた男たちが見逃すはずもないからだ。
だが、サヴィナの自信は、ただの思いつきや気休めからのものとは思えない。
思い悩む仕草を見ていたサヴィナは、笑顔のまま、そんなマールの鼻先をちょんと突いた。
「まあ、この数日家で一緒に過ごしたから、慣れちゃってるんでしょうね。
大丈夫、ちゃんと効果はあるはずだから。
……ところで――」
マールをしっかり正面に見据えたまま、サヴィナはやや表情を引き締める。
それで真剣な話があるのだと悟り、マールも襟を正した。
「嫌なら、別に答えなくてもいいんだけど……。
ねえマールちゃん、わたしたちをここへ連れてきたあの傭兵風の男たち、アイツらの正体とか目的とか、心当たりあるの?」
「え? えと、それは……」
目を伏せて、しばし考えるマール。
やがて彼女は一つ頷くと……まなじりを決して口を開いた。
「うん、そうですね。こんなことに巻き込んでしまったのだから、お話しします。
……と言っても、憶測の域を出ないこともありますけど」
「……ええ、いいわ」
「まず、あの男たちですけど……。
連れてこられたのが、ここ、ディアリス神の神殿だというところからしても、ソフラムきっての大貴族、ロクトール・バシリア卿の手の者と考えて間違いないと思います。
バシリア家は、昔からディアリス神殿を援助してきていますから、融通も利き、とっさの監禁場所としては最適だったのでしょう。
そして、目的は……わたしをここに監禁して、明日の――いえ、もう多分日が変わって今日になってるでしょうけど、〈聖柱祭〉を欠席させることだと」
「〈聖柱祭〉を? 欠席?」
王族にとって極めて重要な行事であることぐらいは知っているものの……当然のように、〈聖柱祭〉を大きなお祭りという庶民的な感覚でしか捉えられないサヴィナは、事の大きさを計りかねて、ついつい首を傾げてしまう。
もっとも、その反応はマールも分かっていたことなのだろう。
それも当たり前だとばかりに、小さく苦笑を漏らすものの、認識の違いをとやかく言うようなことはなかった。
「はい。……いえ、そもそもわたし、今回の〈聖柱祭〉は、勝手に屋敷を出たくらいですから、出席するつもりはなかったんですけど……バシリア卿はそんな事情は知りませんから。
ただ、わたしが屋敷以外の場所に移っているだけだと思って……多分、自分の計画していることを完全なものにするために、こうして監禁したんだと思います」
頭の中で考えを纏めながら、静かに、しかし流暢に語るマール。
その際に纏う雰囲気は、サヴィナも驚くほど、いつにも増して凜として、大人びて見えた。
「計画……。
どう考えたって、いいものじゃなさそうね」
眉をひそめるサヴィナに、マールは頷く。
……レオやロウガが彼女に教えてくれたのは、バシリア卿が、商人ナローティとともに、母テオドラに何らかの罪を被せようとしている――ということぐらいだ。
先日の協力についても、それを打破する手段を求めて、としか聞いていない。
そもそも、彼女らは知る由もないが、レオたちがバシリア卿の計画の全容に気付いたのも、つい先ほどのことだからだ。
だが――彼女には推測することが出来た。
ひょんなことから彼女が知ってしまい、そしてこれまで一人胸に秘してきた真実を……この現状に照らし合わせてみたならば。
「はい。バシリア卿はこの国を手に入れるために、孫にあたり、自らの思うままに出来る第二王子を王位に就けるつもりなのだと思います。
そしてそれを成すには、父に汚点を作ると同時に自らの求心力を高め、その上で退位へもっていく必要がある――。
そのために、わたしに〈聖柱祭〉を欠席させ、それを母テオドラの陰謀の一端だとして追求する思惑だと思うんです。
……第四妃テオドラは叛意を抱いていた、やはり王自身の希望とは言え、アルティナ皇国の貴族の娘などを王妃に迎えるべきでは無かった――と」
「えーと……王家の人にとって、〈聖柱祭〉が大切な催しだってことは知ってるつもりだけど……休んだぐらいで、叛意だとか陰謀だとか、そんな物騒な話になるものなの?」
サヴィナのもっともな質問に、マールはやや俯き加減にゆっくり首を振った。
「いいえ。特別な理由も無い欠席は、本人へ厳しい罰が下される可能性がありますけど、それ以上のことにはなり得ません。
……それだけでは」
「じゃあ、どうして……」
「――わたしが」
その一言を発して、マールはしばし押し黙る。
ここへ来て覗いた怖じ気の妨害――彼女はそれを大きな深呼吸を1つして、胸の奥に抑え込むと……キッと顔を上げた。
「わたしが、父と母の実の娘ではなく……。
本当は、アルティナ皇国の最後の皇女だから――です」




