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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅳ章 闇に奸計狩るは梟、誇り高く舞うは鳩

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 1.夜明けまでに


 王宮を取り巻く、通称、〈貴族街〉――。


 その中でもバシリア邸は、他を圧するようにとりわけ高い土地で、際立った絢爛さと威容を誇っている。

 そのさまたるや、王族の離宮かと見紛うばかりだが――実際のところは王族であっても、ほとんどはこれほどの邸宅を所有してはおらず……。

 いきおい、この豪邸は老齢ながら未だ現役の当主ロクトールの下、バシリア家が、歴史ある家柄という地位に胡座をかくことなく――さらなる栄達のために積極的に商業の振興にも関わり、王族をも凌ぐ巨万の富を築き上げたという事実の象徴でもあった。


 己を中心とした、一族のさらなる繁栄――。

 老当主ロクトール・バシリアの究極的にして絶対的な望みとは、ただその一点に他ならない。


 国と王への忠誠も、国を支える民の庇護も、どちらもが貴族としての義務であり責任でもあるはずだが、もちろん、すべてを正しく実践する者ばかりではない。

 むしろ、余すところなく真摯に向き合う方が稀ではあるだろう。

 だがそれでも、そんなある意味世俗的な貴族であっても……そうした義務と責任すべてを頭からかなぐり捨てるほど疎かにはしないのが当たり前だ。


 しかし、彼――ロクトールは違った。

 非凡な才を備える彼は、その思想も常人と一線を画していた。


 傍目には、彼は貴族の責務を果たして見えても……それはあくまで、その方が都合が良いからに過ぎず。

 彼にとって、己と同じ『人』たり得るのは、己に連なる一族だけであり――。

 それ以外の存在は、民も王も、そして国さえも……『人』たる彼ら一族のために、どのようにも利用し、踏みつけるものでしかなかったのだ。


 そんな彼だからこそ、この場所……切り立つ崖に迫り出すように作られ、央都を眼下に一望出来る自室のバルコニーは、彼が望み、築き上げたもの――それを明確な現実として視覚化しているかのようで、くつろぐ際の気に入りの場所だった。


 もちろん彼は、今の時間まさにそうであるように……日が落ちれば星のように無数に瞬く央都民の命の灯火を、美しいなどと感じたことはただの一度もない。



「……そうか、分かった。下がって良い」


 大きな椅子に身を沈めたまま、忠実な家人による報告を受けた老貴族は、満足げに長々と息を吐き出した。


「まったく、手間取らせてくれたが……」


 ――もともと、想定していた最も効率の良い方策が失敗となった場合でも、計画を遂行するための二番手三番手は用意していた。

 しかし……やはり、最善手に勝るものはない。


「これまで上手く隠し通しておきながら、最後の最後でボロが出たな……ガイゼリック」


 ……自然、バシリアの顔には笑みが浮かぶ。


 およそ彼が人前では見せることのない、人の背筋を薄ら寒くさせる、感情の欠落が窺い知れる虚ろな笑み――。


 それは、枯木のごとく老いた顔立ちと相まって……さながら、髑髏どくろが嗤うかのようだった。





    *   *   *



 ――長い歴史を持つがゆえに、央都ユノ・グランデは過去、幾たびも他国からの侵略の憂き目に遭ってきた。

 その対抗策の一環として一時代前、王侯貴族の主導のもとに建てられた物見塔や小砦が、央都とその周辺には数多く見受けられる。


 しかしそれら防塞には、建設当時、にわかに高まり始めていた新しい建築・装飾技術の披露の場という一面もあったため、今となっては必要性において疑問視されるものも多かった。

 ゆえに、そのすべてが現在も役割を果たしているわけではなく……国の内外が当時よりも安定するに伴い、自然と放棄され、朽ちるに任せる状態になっているものも少なくない。


 ……央都の南、小さな集落と広がる果樹園を見下ろす小高い丘に建つ塔も、そんな打ち捨てられた過去の遺物の1つだ。


 幸いにして、山賊が根城にしたりするほどの規模を備えているわけでもないので、枯れた大樹のようにただぽつねんとそびえるだけの、忘れられたその塔の頂上に――レオとロウガは居た。



「……そろそろ時間だな。

 あのお堅い騎士サマが、打ち合わせ通りに動いてくれりゃいいが」


 ロウガはそう呟くと、覗いていた〈蒼龍団(ザフィル・ドラグ)〉謹製の小型遠眼鏡(とおめがね)をレオに手渡す。


「盗賊の指示だと思えば迷いもするだろうが、さすがのアスパルもそこまでは気付いてないだろ。

 アイツの僕らの認識なんて、せいぜい、無茶をやらかすヤクザ者止まり――だから気に病まなくてもやることはやるさ。

 ……今はそれが必要だって分かってるはずだしな」


 左の〈(フクロウ)の目〉で遠眼鏡を覗くレオ。


 レンズの向こうに映し出されるのは……。

 ここよりはやや低いが、やはり同じように主街道から外れての高地に、砦のように堅牢な造りの建物と並び立つ、大きな神殿だった――。





 ――3時間ほど前……。


 フレドによって、マールたちが連れ去られたことを知らされた一同は色めき立った。


「姫様は、殿下が連れ出し、こちらでともに生活なさっておられたのではないのですか……!?」


 そこにいるのではないのかと言わんばかりに、アスパルは〈シロガネヤ〉を振り返る。


「……色々あってな。今は知り合いの家に預けていた。

 だが、だからこそ、なおさら見つかり難いと思っていたんだが……」


「周辺を見張らせていた〈蒼龍団〉の連中からは、ナローティやオルシニが手を回していた地回りどもが嗅ぎ付けたって話は届いてない。

 ――てことは、昨日だな。何かあったか?」


 ロウガの問いに、レオはさして考えるまでもなく思い当たることがあった。

 パーティーの途中、バシリア卿と不意に接触してしまったこと――それを告げると、ロウガは眉をひそめる。


「……なるほど。上手く誤魔化したつもりが、相手の方が一枚上手だったってことか。

 恐らくそこで疑念を抱いて、あとをつけさせたんだろう。

 ……しくじったぜ、やっぱり何としてでも俺が帰りの御者もやるべきだったな……」


 俺なら尾行に気付くことも出来ただろうに、と自分の手際の甘さに歯噛みするロウガ。


「……一体何の話です、殿下」


「答える義理はない」


 何か不穏な空気を感じたのか、アスパルが詳しい事情を尋ねようとするが……レオはまるで取り付く島もない。

 それでもさらに食い下がろうとするアスパルを、ガイゼリック王が制した。


「ともかく、マールが連れ去られたのは確かなのだろう?

 ならばまずは対応を考え、迅速に行動するのが先決だ」


「陛下の言う通りだな。

 奴らの狙いが、俺たちの見立て通り〈聖柱祭(グラン・グラツィア)〉での王女不在だってンなら、時間の猶予は夜明けまでだ。

 ウダウダやってる余裕はねえぞ」


 一国を統べる王とは比べるべくもなく、また自身もまだ明確な長ではないものの――それでもさすがに、〈蒼龍団〉という組織を率いる立場の人間である。

 危急の際、上に立つ人間がどうあるべきかを心得ているロウガは、先の動揺など嘘のように落ち着き払い、悠然と、レオとアスパルを続けて一瞥する。


 その2人も、これまで数多の修羅場をくぐり抜けてきているだけのことはあり、ロウガたちの意を悟って、動揺や焦りを抑え込み、今やるべきことへと気持ちを切り替える。


 そうした2人の様子を確認すると……ロウガは改めて、不安げに成り行きを見守っていたフレドに向き合った。


「よし――なあ、フレド。

 2人を連れ去った連中の行き先について、何か分かることはあるか?」




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