3.陰謀と罪の行方
「……しかし、だ――」
手ずから、徳利から猪口に注いだ清酒をくいと呷り、ロウガはニヤリと笑った。
「お前が必死に、文字通り張り付きまでして新しく聞けた情報が……。
明日、ナローティ主催のパーティーが開かれる――って話だけなのは、寂しいとこだよなあ」
「……悪かったな」
いつものように悪態を返すも、レオの口調にはそのいつもより力がない。
彼としても、今回の一件の真相や、かつての自分の暗殺計画について、さらに突っ込んだ情報を求めるがゆえの無茶な行動だったが……。
それが真実無茶だっただけに、結局何もかも中途半端に終わってしまった――というのは、いかんせん気の滅入る話だったからだ。
加えて――多少なりと頭の冷えた今では、昨夜の自分を客観的に振り返り、感情を抑えきれず短絡的に行動を取ってしまったという、何とも居心地の悪い自己嫌悪もある。
「腐るなよ。
だが――その席上で、ナローティがあの鉄箱を来客にお披露目する気でいる、ってのは面白い話だ。
技術力やら資金力やらを見せつけて、商家としての力の大きさを知らしめたいんだろうが……この上ない機会じゃねえか?」
ふん、とロウガは鼻を鳴らす。
その顔は、この上ない悪戯を思いついた子供のようだった。
「機会……? 何のだよ。
それは、お披露目となれば実演して開けて見せるぐらいはするだろうが……いくら何でも中身までご丁寧に曝け出すわけがないぞ?
確か……あの夜の奴らの言葉によれば、中身は何かの書状のはずだから……のこのこ見に行ったところで、せいぜいそれを収めてる豪華絢爛な文箱が拝めるぐらいだ。
――まさか、そいつを直接掠め取ろうってわけでもないだろう?」
「そりゃあな。それこそ馬鹿で無茶な話だ。
だが……あの難攻不落の鉄箱を開ける上で必要になる、別のモノなら盗めるはずだぜ?」
「……鍵……か?
いや、だがそれも、奴らは肌身離さず身につけているだろう。
絶対不可能、とまでは言わないが……相当難しいことは間違いないぞ?」
眉間に皺を寄せたままのレオに、ロウガはフフンとしたり顔で笑いかけた。
「――まあ、それについては後に回して……だ。
ひとまず、話を整理してみないか?」
一瞬は不満そうにするものの、異論はないのか、レオは頷く。
「……そう言えば、マスターも昨夜、〈長靴党〉の頭の所へ行ってたんだろ?
そっちはどんな話が聞けたんだ?」
「ん。まあ、それはまたおいおい話すよ。ね」
いつも通りの笑顔で言って、どうぞ話を進めてくれとばかりに手を差し出すオヅノ。
いかんせん、見た目通りのお人好しどころか、とんだ狸親父だと知っているレオたちは、何を企んでいるのかと一瞬訝ってしまうが……。
だからといっていちいち問い詰めるのも時間の無駄だと、求められるまま本題に入ることにする。
「――さて。今回の件、オルシニ殺しのことから考えても、かの大貴族サマが黒幕なのは間違いないだろうが……結局、何を目的にしてると思う?
やはり、王位、か?」
ロウガの疑問に、レオは味噌汁を箸で掻き混ぜながら、小さく頷いた。
「だろうな。――ただ、親父を引きずり下ろして自分が直接、ってわけじゃないだろう。
そもそも奴には継承権が無いし……そんな強引な手に出なくても、奴の娘は親父の第二妃で、孫として第二王子――僕の7つ年上の兄がいるんだからな。
……言っちゃなんだが、兄は良くも悪くも目立った話は聞かない、凡庸と評されていたような人間だ――彼に跡を継がせれば、その後見として穏便に国を掌握出来るだろう」
ロウガは猪口を手の中で弄びながら、ふむ、と唸る。
「そう言えば奴ら、王の求心力を効果的に削る――とか言ってたな。
ついでに、ゾンネ・パラスを警戒してる風でもあった。
……つまりそれは、穏当に王を退位させた上での権力委譲でなければ、周辺国にスキを突かれて、せっかく手にした国を荒らされかねないから――ってことか」
「どんな組織でも、首のすげ替えには少なからず混乱が生じるものだから。ね。
ましてこの大国、しかも前任の王が名君の誉れも高い有能な人物となれば、尚更だろうしねえ」
「名君――ね。父親としては最低だけどな」
味噌汁を啜る合間に、ぼそりと吐き捨てるレオ。
「……まあともかく、そういうわけで王位を狙っていたからこそ、僕も抹殺しようとしたんだろう。
この国では、王位継承権を持つのは男子に限るものの、必ずしも年長者が優先であるという決まりはない。
つまり、僕が2人の兄を飛び越えて王位を継ぐ可能性もあったからだな」
「けどよ、お前をどうにかしても、まだ第一王子がいるだろう?」
「もちろんそっちも邪魔には思っているだろうさ。
だが、第一妃の実家――つまり第一王子の後見にあたるのは、最も王族に近く、そして最も歴史が古い貴族中の貴族、グンデリカ家だ。
正面切って争うのはもちろん、謀略を以て陥れるにも相手としては分が悪い。
まあ、機会は窺っていただろうが……」
言いながら無造作にぽいと具のトマトを口に放り込むも――それが相当に熱かったのだろう、噛むに噛めず、吐き出すに吐き出せず、口の中で踊らせるレオ。
そんなレオに代わって、ロウガが話を継ぐ。
「無理してそっちを蹴落とすよりも、もっと良い手が巡ってきたってことか。
王の求心力を削り、退位に追い込む――その過程で、逆にバシリア卿の求心力が増すなら、王も第二王子に譲位せざるを得なくなる、と……」
「そうだねえ。
陛下のお妃様方のうち、第三妃までは大貴族との結び付きのための完全な政略婚で……ただ1人、第四妃のテオドラ様だけが――形の上ではこれも、アルティナ皇国との関係改善の一環としての政略婚だけど――陛下ご自身がご希望された相手だそうだし……。
しかも、そもそも皇国との関係改善が、皇国を『裏切り者』と嫌う古い貴族たちからはあまり良く思われていなかったようだし。ね。
そんなお立場のテオドラ様が、背信行為を働いていたとなれば……そしてそれを暴いたとなれば。
当然、陛下への批判は高まり――その分、暴いた者の影響力は大きくなるだろうねえ」
ロウガの推測の合間に、オヅノが補足を差し挟む。
「で、そのために――あのときの奴らの言葉からは、それが何か、までは分からなかったが――とにかく、『何らかの罪』をお前のオフクロさんに着せようとしている……ってわけだな」
改めてのロウガのそんな物言いに、ようやく冷めたトマトを飲み下したレオは自嘲気味に笑った。
「何らかの、なんていちいち気を遣うなよ、気持ち悪い。
背信行為として罪を被せるなんて話なんだ、僕の暗殺への関与に決まってるだろう?
そういうことなら、8年前の――あの日の、あの女の態度にも説明が付くからな。
……結局、あの女は昔からバシリア卿と繋がっていて……それでついに裏切られて、罪を全部押し付けられるってわけだ」
そう言い放つ悟りきったようなレオとは違い、ロウガはどこか釈然としない面持ちで、静かに、くいと猪口を傾ける。
「別に気を遣ってやったわけじゃねえよ。……大体、それだとおかしいだろう?
そもそも、テオドラ様が奴らに協力して、息子のお前を殺そうとする理由が分からん。
この国や王に、何らかの害意があったとしても――それならそれこそ、王子として生まれた息子を跡継ぎにする方が有益なはずだ。
それに、仮に協力者だったとして……バシリア卿も、何も8年も経った今でなくても、もっと早くに行動を起こせたはずじゃないか?」
「……知るか、そんなもの。
理由なんて、何か美味い話で騙されたのか……8年空いたことも、ただ親父が老いるのを待っていただけかも知れないだろ」
苛立たしげに味噌汁の具を掻き込むレオ。
そんな相棒を横目に、ロウガは小さくため息をついた。
「……まったく、親の話が絡むと途端にこれだからな……」
「何だよ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「いーや、別に。
ま……とにかく、だ。オルシニやアッカドの殺しの件もある、バシリア卿たちがテオドラ様に着せようとしてる罪が、それだけじゃないのは確かなはずだ。
――で、肝心なのはそれが何か、ってところだが……」
ちらりと、ロウガは目線を上げてオヅノを見る。
何か知ってるんじゃないのか、という無言の問いに、オヅノは小さく肩を竦めた。
「そんな顔をしなくても、ちゃんと話すよ。
……取り敢えず、オルシニだけでなく、アッカドの殺しも〈長靴党〉が関わっていたのは間違いないね。
そしてどうも、彼らはアッカドを、昔請け負った仕事のことで捜していたようだ。
内容までは分からないけど。ね」
「……じゃあ、あの隠し棚にあった手紙が関係あるのか。
なら、アッカドの娘のダムキア……いや、この国ではアレーナと名乗っている、彼女を捜して話を聞けば……」
「もっともだね。ただ……残念ながら、それは出来ない。
昨日、その報告を受けてから方々に人を遣って捜させたけど……ようやく見つかったのは、数日前に亡くなっていたという記録だけ。
住まいも、家主が綺麗さっぱり掃除してしまっていたよ」
「……とっくに殺されていた――か」
ロウガは冷ややかに言って、箸でちん、と皿を鳴らした。
「恐らくは。ね。
アッカドは頑固な職人気質で、しかも件の手紙からして、信念を持って秘密を守ろうとしていたような人物だ。
バシリア卿たちが何を聞き出そうとしていたにせよ、おいそれとは話さなかっただろうね――それこそ、娘を人質にでもされない限りは」
「……くそったれ。下衆どもが……!」
ダムキアなる女性とは幼い頃に会っただけとはいえ、知らない人間でもないから尚更なのだろう――。
レオは義憤のままに、ぎりりと箸を握り締める。
「それから、もう一つ。
〈長靴党〉を含め、各所の地回りは、バシリア卿たちからオルシニを通して人捜しをやらされていたわけだけど……それは、アッカドだけじゃなかった」
オヅノはそこで言葉を区切り、珍しく真剣な目をレオに向ける。
当のレオは何事かと訝りながら、ただ続く言葉を待った。
「彼らはね、マールちゃんも捜しているんだよ――レオ」




