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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅲ章 祖の心か、梟の真意か、鳩の真実か

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 2.狼の怒り


 ――下町の酒場の裏手、勝手口周りなど、大抵どこでも人気などないひっそりとした場所だ。

 そしてそれは、昼間だろうと変わらず賑わう〈酒盗亭(しゅとうてい)〉でも大差ない。


 しかし――今日は珍しく、積まれた木箱や樽が盛大に倒れ壊れる派手な物音が、その静けさを破っていた。



「……おら、立て。

 たった1発で済むと思うなよ、このド阿呆が!」


 拳の骨を鳴らしながら不機嫌そうに告げるロウガ。

 それに応えて、木箱やら樽やらの残骸の中から、口元を抑えながらよろよろと立ち上がったのは……レオだった。



 ――昨夜……。

 バシリア卿たちを追おうと〈麗紫(ヴィオラ)商会〉でロウガと別れた彼が、一夜明けて今日、事の次第を報告するために戻ってきた〈酒盗亭〉。


 そこで彼を迎えたのは、ぞくりとするほど冷たい表情に怒りを湛えたロウガだった。


 ……しかし、それはレオとしては予想していたことでもある。

 〈蒼龍団(ザフィル・ドラグ)〉――引いては〈黒い雪(ネロ・ネーヴェ)〉という集団を取り纏めるロウガにとって、自分勝手な行動は結果の如何にかかわらず黙認するわけにはいかず……。

 また、そうした地位から生じる責任を差し引いても――ロウガ自身の、構成員を兄弟と位置付けるその情に厚い任侠肌が、身内を無闇に危険に曝しかねない真似を許すはずがないからだ。

 それは、いかにロウガの相棒として一目置かれるレオであっても例外ではない。

 いやむしろ、そうした存在だからこそ、ロウガの憤りも一入(ひとしお)なのだと言えるだろう。


 そしてそれを理解している以上、レオは制裁を受けることも承知の上だった。

 彼としても、自らの勝手な行動のケジメとして、落とし前を付ける必要があったのだ。


「……効く、な……やっぱり……」


 立ち上がったレオは青ざめた表情のまま――しかしそれでも、好きにしろと言わんばかりの強気な眼差しを向けて、無防備にロウガの前に立つ。


「ふん。さすが、良い度胸じゃねえか」


 言うが早いか、踏み込みつつ僅かに膝を落としたロウガは……。

 そこから伸び上がる勢いのまま、固く握った右拳をレオの腹部に容赦なく突き刺した。


「――ッ――!?」


 一瞬身体が浮くほどの衝撃に、レオは声を上げることも出来ず……顔から突っ伏すように、その場に崩れ落ちる。


 さすがに本気を出せば内臓を潰して殺しかねないので、ロウガもある程度手は抜いているが――それでも、のたうち回って悶絶してもおかしくない一撃のはずだった。

 しかしレオは、無様に胃液こそ吐き出しつつも、意識は保ったまま歯を食いしばって激痛に耐える。

 そのさまには、ロウガとしても大した根性だと感心していた。


 だが彼の立場上、それを今ここで声を大にして褒めてやるわけにはいかない。

 わざと、収まらない怒りを主張するように大きく舌打ちすると――傍にあった大きな水瓶をひょいと持ち上げ、吐瀉物ごとレオを洗い流すように、上から景気良く水をぶっかけた。


「頭から抜けてやがったようだから、もう一度言い聞かせてやる。――いいか?

 ウチの若い衆は、俺やオヤジ殿のためだけじゃない……お前を助けるためにも、自分で役に立つならと、躊躇い無く命を投げ出すような男気溢れるバカ野郎どもばっかりなんだよ。

 昨夜は、結局迷惑被ったのが俺だけだったから良かったようなものの……もしかしたら、頭に血が上ったお前の勝手で無謀な行動のせいで、そいつらが――杯を交わした兄弟が、冷たい死体になってたかも知れねえんだぞ。分かってンのか、ああ?」


「ああ……分かってる。……すまなかった」


 散々胃液を吐いたせいで喉が痛むのだろう、掠れた声で、レオは素直に謝罪の言葉を口にした。


「……ならいい。

 本来なら、しばらく見られない顔にしてやるか、指の2、3本ぐらいへし折ってやるのが制裁としては妥当だろうが……どっちもお前の商売道具みたいなモノだし、今回は特に被害も出なかったことだしな。

 それに――いきなりあれだけの話を聞いちまったお前の動揺を甘く見て、未然に止められなかったのは俺の落ち度だ。

 だから……ま、これでチャラにしてやる。有り難く思えよ?」


「ああ……」


 まだ力の入りきらない手足で、必死に起き上がろうとするレオ。

 ロウガは、気付かれない程度に小さいため息をつくと……そんなレオに手を貸して立たせてやった。


「しっかし、あの程度でこの体たらくかよ。

 ……お前、(なま)ってるんじゃねえのか?」


「……かもな」


 両膝に手を突いて息を整えながら、レオは頬を引きつらせて苦笑する。


「――ま、取り敢えず……良く無事に戻った。そこのところだけは褒めてやるよ。

 あのまま死なれようもんなら、怒りの遣り場に困るところだったからな」


「お前の腹打ちで制裁されると分かってたら、戻らなかったんだけどな」


 いつもの調子で憎まれ口を叩くレオに、ロウガはふんと小さく鼻を鳴らし……先に立って、店の中へと戻っていった。



 ――そして、揃って〈酒盗亭〉の衝立の奥、いつもの席に着くと……。


 レオは昨夜、何とかしてさらなる情報を得ようと、バシリア卿とナローティが乗る馬車の底面に張り付き、あわよくばそのままバシリア邸に侵入出来ればとすら考えたものの……結局、頭を始めとする全身の疲労に限界がきてしまい、やむなく途中で引き揚げてきたことを、改めてオヅノとロウガに事細かに報告した。


「……まあ、祭りが近いってことで、あの時間でも人出があったのが助けになったな?」


 ロウガは、レオから聞かされた話に、呆れたように肩を竦める。


 馬車の周りには護衛が付いていたのだから、ただ張り付いていた手を離しただけなら、どうしたって見つかっていただろう。

 そこでレオは、〈聖柱祭(グラン・グラツィア)〉の準備で、遅い時間でも人が(たむろ)している場所を見計らい――進路確保のために、護衛が人々の方へ注意を向けた一瞬の隙を突いて馬車の横へと転がり出、そのまま人の中に紛れて立ち去ってきたという。


「……一応、無計画なりにもう1つ2つは、逃げ出す手を考えていたけどな」


 一度、調理場の火の近くへ行って多少服を乾かしてきたレオは……オヅノから渡された布で頭を拭きながら、いつもの席に戻る。


「あっはっは、そりゃあね。

 アタシもほら、それぐらいは出来るように鍛えたつもりだから。ね」


 レオの無謀な行動を責めるでもなく、それについてのロウガの処置を止めるでもなく――余計な口は挟まずにただ彼ら自身に任せたまま、いつもの調子で成り行きを見守っていたオヅノは。

 ここでようやく会話に加わりつつ、そっとレオの前に湯気の立つ碗を置いた。


 木製の碗の中には、乱切りにされたトマトやジャガイモが浮く、赤褐色の液体が満たされている。


「スープ……? ああ、味噌汁、だっけか」


「……おいおいオヤジ殿……。

 ジャガイモやタマネギはともかく、トマト入ってるぞコレ」


 横合いから覗き込んでいたロウガが、眉をしかめて指摘するも……オヅノはまったく気にした様子なく頷いた。


「ワカメが手に入りにくいからねえ、具は基本野菜頼みだったんだけど、最近広まり始めて話題の食材を使わないのも勿体ないと思って。ね。

 好奇心に負けて恐る恐る入れてみたら……これがなかなか合っちゃって。

 いやあ、何事も挑戦だねえ」


「赤いナスもどき入れるぐらいなら、普通のナス入れりゃいいじゃねえか。

 ……大体、ワカメが無くても具なら豆腐があれば充分だろ。俺は認めねえからな」


 ぷいと顔を背けるロウガ。

 オヅノは鷹揚に笑いながら肩を竦め、改めてレオにトマト入り味噌汁を勧める。


「ロウガの腹打ちもらって食欲無いだろうけど、何か胃に入れておかないと身体に良くないから。ね。これだと食べやすいでしょ?」


「……悪い。それじゃ、遠慮無く」


 かつてオヅノに教えられた通り、東国風に一度手を合わせてから、箸を手にレオは味噌汁に口を付ける。


「……で、美味いのかそれ、本当に?」


「ああ……悪くない。

 少なくとも僕からすれば、お前の大好きな塩辛それよりもずっと良い」


 ちらりと興味を示したロウガに、ゆっくりと味噌汁を啜りながらレオは答える。

 ロウガは当の塩辛をちょいと箸で摘んで口に放り込むと、首を横に振った。


「これの良さが分からんお子様の舌じゃあ、やっぱり参考にならねえな」


「言ってろ」


 味噌汁の碗を置き……レオはほうと一つ息をついた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭で軽く驚きはしたものの、本作は任侠モノだしロウガはヤクザ者だし、当然っちゃ当然かと納得(笑) そして、オヅノのやばさが描かれたことによって、今回彼が優しく気遣ってくるシーンが少し怖か…
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