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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅱ章 梟と狼が追いかけるものは

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14.心揺らぐ梟


 ――屋敷の主人ナローティの私室のドアは、さすがに他よりも難解な錠が掛けられていた。


 美麗な彫刻がなされたドアノブと一体化した〈可動障害(タンブラー)錠〉は、小型でいて精緻、しかも要となる可動障害の数も多い。

 棒鏡で内部構造を調べただけでも、少なくとも手持ちの合鍵だけでは対応しきれず……最も細い鉤針金(キーピック)を同時に差し入れ、補助をする必要があると分かる。


 だがそれでも、レオにとっては苦戦するほどの錠ではなかった。

 そして事実、解錠そのものにかかった実質的な時間は大したことはない。

 作業も手間取りはしなかったし、ロウガの目には、いつも通りの手際にも見えたことだろう。

 ――しかし、その実状は……。


「まったく、くそったれ……」


 先行して部屋に入るロウガに続きながら、レオは小さく舌打ちする。


 時間が止まったように錯覚するほど、短時間に高速で思考を巡らせる彼の集中力――。

 状況を冷静に観察し、考えを巡らせ、行動に移すための準備を、実時間にしてほんの一瞬のうちに整えるそれは――足りない時間を補うのに、またときには危機を脱するのにと、実に有用だったが……。

 今夜はその才ゆえに彼は、自らの心の揺らぎにいちいち苛まれることになっていた。


 なまじ、その気になればじっくりと集中して思索に耽ることが出来るばかりに――今は努めて考えないようにしていることまで、逆に意識をしてしまう。

 敢えて頭の片隅に追いやっていた事柄が、これ幸いとばかりに頭をもたげて、優先するべき思考に割り込み、掻き乱すのだ。


 ――先刻のマールに対しての、両親を巡っての発言、態度……。


 真実を言っただけだし、いずれは話したことだと納得しようとする思いと――。

 つい頭に血が上って、配慮も何も無しに感情をそのまま言葉にしてしまったという後悔と。


 そして、その鬩ぎ合いで否応なく思い出される……しかし思い出したくもない、幼い頃の苦すぎる記憶。


 心を騒がすそれらを何とか安定させて、平静を装うのに、結局どれほどの時間を費やしたのか――。

 実際の経過時間は無きに等しくとも、レオ自身にとっては優に1刻を超える時間に感じられた。

 そしてそれは、1日の内に休み無くこの集中力を使い続ける上での限界に近く……。

 既に彼は、酷くなる一方の頭痛を抑え込むために強く噛み締める奥歯で、いつもの固飴(かたあめ)をもう3つも、ろくに舐め溶かしもせずに噛み砕いていた。


「さて……ここまでは何とか問題なく来られたな」


 レオをちらりと見てロウガは言う。

 あるいは彼は、レオが努めて平静を装っているだけであることに気付いているのかも知れないが……先に自分で言った通り、それを改めて追及することはしなかった。


 レオは小さく頷き、ドアの鍵を内側から掛け直したあと……4つめの固飴を口に入れながら、本来なら真っ暗闇に近いはずの室内を、闇だけを見通す左の〈(フクロウ)の目〉でさっと観察する。


 ただ寝室と呼ぶにはあまりに広いその部屋は、以前忍び込んだオルシニの屋敷に比べれば、遙かに整然と調和の取れた華美な装飾が成されていた。

 本人の趣味なのだろう、東国の品が多いが……それらも違和感無く取り入れている辺りは、さすがに長年大貴族の下について、正しく美的感覚が磨かれてきただけのことはあると思わせる。


 そんな中、一際目を引くものが部屋の奥に鎮座していた。

 彫像を置くために使われる台座を横に長くしたようなものの上に、飾り気のない無骨な、鋼鉄製と思われる大箱が置かれていたのだ。


「いかにも、大事な物が入ってます――と言わんばかりだな。

 差し詰め宝箱か」


 苦笑混じりに箱へ近付こうとしたロウガは……そこで何かに気付いたように、向きを変えて部屋の一面を占める大窓へ歩み寄った。


「……どうやら、主賓がご到着されたようだぞ。見てみろ」


 ロウガに続いて、そっと窓から外を窺うレオ。

 ……ちょうど正面にあたる屋敷の正門からは、折しも、護衛らしき騎兵に周囲を固められた1台の豪華な馬車が、敷地内に入ってくるところだった。


「護衛の騎士はいても、数が少ない。公用じゃないが、お忍びでもないな。

 ……まあ、いくらマスターでも、さすがに大貴族がお忍びで行動するのを1日や2日で察知するのは無理だろうし……順当に私用といったところか」


「私用、ねえ」


 そんな綺麗な言葉で片付く話ならいいんだがな、とせせら笑うロウガ。


「実際にどんな話をするにせよ、一応、名目は掲げてるだろう。

 例えば……〈聖柱祭(グラン・グラツィア)〉を挟んで前後数日は、権勢を誇示する良い機会だと、前夜祭・後夜祭のような形で、賓客を招いてパーティーを開く連中が貴族や富豪の中には少なくないから……その打ち合わせの一環だとかな。

 ――真実、それが目的である可能性も、低くは無いはずだ」


「……さすが、詳しいな」


 ロウガたち〈蒼龍団(ザフィル・ドラグ)〉の面々がこの国に居着いてから、実のところまだ10年も経っていない。

 結果、〈仕事〉の都合で国外にいたりと、何かとすれ違いにあって〈聖柱祭〉そのものをまだろくに体験したことのないロウガは、素直に感心の眼差しをレオに向ける。

 対してレオは、苦笑いを浮かべた。


「ずっと遠戚のオーデル家に閉じ込められていた僕だ、実際にそれらのパーティーに出席したわけじゃないけどな。

 一応話には聞いていたし……何より、嫌な思い出にそのまま直結してやがるんだよ」


 ……母テオドラに辛辣に拒絶されたときの光景が、レオの脳裏を過ぎる。


 着飾った貴族たちに取り巻かれ、豪華な馬車に乗ろうとしていた母。

 あれは、ちょうどそんなパーティーに招かれ、華やいだ世界へ向かうところだったのだ――息子を、奈落へ蹴り落とすのと引き換えに。


 4つめの固飴まで――今度は怒りで――噛み砕きそうになるのを堪えてレオは、さてどうするかと、これからの行動についてロウガに目で確認を取る。


 台座の箱も含めて、このままここで今回の件に関わるようなものを探すのか。

 それとも、オヅノからの伝言にもあったように、今を好機と見て、ナローティたちの会談の様子を窺いに動くのか――。




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