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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅱ章 梟と狼が追いかけるものは

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11.梟の憤怒と鳩の思慕


「……無関係の民衆にまで累が及ばないようにする、という考えには僕も賛成だ。

 だけど、権力争い自体はどうだっていい。たとえそれが、国王派と対立派って構図だとしても、だ。

 特例的に、国王には多妻が許されているからといって……政策では改革だ何だとぬかしながら、未だにそれを享受したままのあの女好きの親父のことだ――。

 どうせ、どこかに隠し子がいたとか、そんな醜聞の類を狙われてるに違いない。

 ……いや、もしくは、その隠し子を邪魔と見て、母子ともども始末したとか、それぐらい外道な話かも知れないが――どのみち、自業自得のはずだからな」


「――兄様っ!」


 それまでレオたちの会話に口を挟むことなく、ただ黙々と針仕事に没頭していたマールが――。

 レオの冷笑混じりの発言に対し、唐突に、鋭さすら覗く声音で抗って――キッと顔を上げた。


「お二人がなさっていることに口を挟む気はありません。

 兄様がお父様を嫌悪するのも、哀しいことですけど……兄様の自由でしょう。

 ですが……それほどまでの言葉で、お父様を侮辱されるのは到底見過ごせません。訂正して下さい……!」


「……む」


 マールの剣幕に、小さく唸ったのはロウガだ。

 およそ他人の気迫に圧されることなどそうないと信じている自分が、こんな小娘に少しでも圧力を感じるとは、なるほど王族の血というものか――と、彼は感心する。


 一方でレオは、その気迫をどう感じているのか……一瞬不機嫌そうな顔をするものの、むしろますます(あざけ)りの色も濃く、必死な妹をせせら笑った。


「――お断りだ。

 大体、そうして怒るということは、図星だってことなんじゃないのか?

 お前も本心ではそう思ってるんだろう?」


「――兄様……!」


「……ああ、そうだな。親父だけ疑うのは不公平か。

 隠し子だのなんだのって話なら、オフクロの可能性だってあるわけだからな。

 長患いだと言うが、その陰で何をしているやら、分かったものじゃない」


「兄様ッ!!」


 バン、とテーブルを叩き、椅子を蹴倒して、マールは飛びかからんばかりの勢いで立ち上がる。

 白い肌は、怒りのためにはっきりと紅潮していた。


 ……間を置いてバサリと、彼女の縫っていたエプロンドレスが床に落ちる。


「訂正して下さい!

 これ以上、お二人を貶めないで下さいっ!!」


 今まで見せたことのないマールの激しい怒りに――レオの顔から、悪意ある笑みが消える。

 だがそれは……言われるまま自省したわけでも、ましてや気圧されたわけでもなかった。


 付き合いの長いロウガはもちろんのこと、そうでない者でもすぐにそれと分かる凄みが、その右目に火を灯している。

 ……静かに熱く燃え上がるそれは、激昂の炎だ。


「……僕が……親父方の遠戚であるオーデル家に、体が弱いとかいうでっち上げの理由で預けられたのは、二つか三つのときだ――」


 心の奥から無理矢理絞り出すように、苦々しげに……レオは重い声で語り出す。


「以来、〈聖柱祭(グラン・グラツィア)〉への参列を除いて、屋敷から出ることは許されず……その間親父が直に僕に会いに来たのは、5歳の頃、ただ一度きりでしかない。

 ……いや、それどころか、あの男は手紙すら寄越さなかった。

 屋敷に肖像画が無ければ、顔だって忘れていたに違いない」


「――兄様」


「対してオフクロは、何度も訪ねてきてくれた。

 それだけに、子供心に、少なくとも母は自分のことを気にかけてくれている、大事にしてくれている――と、そう信じたものだ。

 だから僕は……8年前のあの日、母恋しさに、屋敷の錠を破って逃げ出した。

 自ら会いに来たと知れば、母はどれほど喜んでくれるだろうと期待してな。

 だが――」


 レオはぎろ、とマールを睨む。

 まだ怒り冷めやらぬマールでも、一瞬、そのことを忘れるほどに……それは冷たく、鋭く、マールを射抜く。


「再会したとき、いかにも迷惑だとばかりに顔をしかめたオフクロが、僕に掛けてくれた言葉は、『あなたのような子は知りません』という――たった一言だけだった。

 ……確かに僕は道中怪しまれないよう召使いの服を拝借していたし、まる一昼夜をかけての旅路で、薄汚れてもいただろう。

 だが、母親が、実の息子を見間違えるほどじゃなかったはずだ。

 ――今でも鮮明に覚えている。

 屋敷の前で捕まえた母は、パーティーに向かうところらしく……着飾った多くの貴族たちとともにいた。

 その華やかな世界にとって、邪魔だと言わんばかりに――僕をはっきりと拒絶してくれたのさ、あの女はな……!」


 まさか。そんなはずはない――マールは必死になって否定しようとした。

 しかし、予想だにしない話の内容に、驚き、いつしか気を呑まれていた彼女は……そんな一言さえ、発することが出来ない。


「そして、オフクロに縋る間もなく召使いに追い立てられた僕は、宛もなく央都をさまよい……挙げ句、人買いに捕まり、何処とも知れない国に連れて行かれた。

 何度も、逃げようとしては見つかり、その度に手酷い制裁を加えられた。

 何日も、光一つ射さない暗闇の石牢に、水も食料も無く閉じ込められたこともある。

 ……もっとも、それについては、お陰で僕の左目が『壊れて』、暗闇だけはよく見えるようになってくれたわけだが」


 顔を歪めて、レオはふんと鼻を鳴らした。自嘲するように。


「その後、何とか逃げ出した僕は、それこそ生きるために何でもしながら……1年近い時間をかけて、命からがら央都に帰り着いた。

 だがそこで待っていたのは、第三王子レオノシスは病で死んだという『事実』だった。

 ……そう、親父もオフクロも、僕を捜すわけでもなく、当たり障りない病気という理由を付けて、手っ取り早く死んだことにしたのさ。

 厄介払いってわけだ、身勝手にもな……!」


「そんな……そんなはずありません!

 何か――きっと何か、理由があったはずです……!」


 ようやく、マールは想いを言葉にした。

 兄への怒りはいつの間にか過ぎ去り、彼女を占めるのは、哀しみと――それにまとわりつく、いくつもの整理しがたい感情の塊だった。


「なら、聞かせて欲しいもんだ。

 息子を親族の屋敷に閉じ込めて捨て置き、いざ会えば知らないと拒絶して突き放し、最後には死体も確かめずにさっさと死んだことにする――。

 そんな仕打ちをする、まともな理由があるんならな」


 レオも、一通り怒りに任せて吐き出すことでいくらか落ち着いてきたのか――。

 一転してどこか疲れたように、投げ遣りにそう言い捨てた。


「それは! それは――っ!」


 お父様もお母様も、そんな人間じゃない――そう信じていながらも、それを正しく伝える言葉を紡ぎ出せず、マールはそんな自分がもどかしいと、小さな拳をテーブルに打ちつける。


 何せ、そこにあるのがすれ違いに過ぎなかったとしても……兄が、苛烈極まりない人生を歩まされてきたのは事実なのだ。


 両親と兄の間に、誤解があるのが哀しい。

 兄が、自分の想像を遙かに超える辛い思いをしてきていたのが哀しい。


 そして何より――それを解きほぐす術をもたない自分が、哀しくて……悔しかった。


 テーブルの上に、一滴、二滴と、頬を伝って滴り落ちる涙の雫。

 肝心の言葉は出ないくせに――と、彼女はそんな自分にまた、苛立ちすら感じる。


「…………ッ!」


 やがてマールは、居たたまれないとばかり、内に渦巻く感情に突き動かされ、押し流されるように……急にきびすを返すや、玄関から飛び出していった。

 その背中を冷静に見送った後、ロウガはちらとレオを振り返る。


「おい、いいのか?」


「――ほっとけ。

 あんな親をいつまでも盲信してるのが悪いんだ、くそったれめ」


 ぶっきらぼうに言い放ったレオは、残ったコーヒーを一気に呷ると、叩き付けるように乱暴にカップを置いた。


「あ、あの〜……。

 ロウガさんレオさん、何かあったんスか……?」


 そのとき聞こえてきた、様子を窺うような声に2人が改めて玄関の方へ視線を向けると……。

 出ていくマールと入れ違いになったのか、大きめの巻物を小脇に抱えた、〈蒼龍団(ザフィル・ドラグ)〉の少年が顔を覗かせていた。


 椅子に座ったまま「何でもない」と返すレオを差し置き――。

 玄関に立ったロウガは、オヅノからだという絵図面の巻物を受け取りがてら、外を見やって少年に告げる。


「悪ぃが、今出ていった嬢ちゃんを追ってくれ」


「連れ戻すんですか? でもあの娘、泣いてましたよね?

 オレ、泣いてる女ってどうにも苦手なんですが……」


「男なら誰だってそうだ。

 別に連れ戻せとは言わねえ、何人か使っていいから、見失わないようにだけ注意してくれ。

 あとは――」


 ロウガは腰に提げていた皮の財布を外すと、ずしりと重いそれを少年に押し付けた。


「サヴィナを呼んで引き取ってもらえ。

 そのカネを、詫び料込みの生活費だって渡してな」


「分かりました。――それからロウガさん、親方から伝言です。

 〈麗紫(ヴィオラ)商会〉にバシリア卿が来訪する予定なので、仕掛けるなら今夜だろう、と」


「ほう……? 分かった」

「じゃあ、これで」


 少年はロウガに、続けて家の中のレオに向かって一礼すると、すぐさま夜の闇の中に走り出していった。


「……余計なことを」


「別にお前らのためだけじゃねえよ。

 あの嬢ちゃんは俺たちのことを知っちまってるんだ――目に付かないところでバラされたりしたら、かなわんだろうが」


 絵図面を手に席に戻ったロウガを、レオはじろと一睨みするが……ロウガはまるで意に介さずテーブルに図面を広げていく。


「……で、お前の方は大丈夫なのかよ」

「何がだ」

「内心穏やかじゃねえだろう? 仕事に支障は無いのか?

 来客が貴族サマとなると、得られる情報の質も上がるだろうが、その分警備も厳重になるんだ――気もそぞろ、ってんじゃ話にならねえぞ?」


 ロウガが念を押すと、レオは心外だとばかりに鼻を鳴らした。


「……関係ない。

 時間がないんだろ? さっさと計画を詰めるぞ」


「…………。

 分かった、それじゃあ始めるか」


 マールが蹴倒した椅子を起こし、拾い上げたエプロンドレスをそこに掛けたロウガは――。

 改めて、レオの向かいの席にどっかと腰を下ろした。




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― 新着の感想 ―
[良い点] うんうん、真実はさておき、一方にとっては敬愛する人物であっても、もう一方にとっては憎悪の対象なのは、往々にしてありますよね。 こういうのって、どちらの意見も正しいから、平行線になりがちなの…
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