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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅱ章 梟と狼が追いかけるものは

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10.アルティナ戦役――その発端は


 ――宵の口。

 アッカドの工房の調査から戻ったレオとロウガは、オヅノに一通りの報告を終えた後、〈シロガネヤ〉の居間でマールも交えて簡素な夕食を摂り……休憩がてら時間を潰していた。


 もう少しすれば、〈麗紫(ヴィオラ)商会〉の本店商館について調べ上げた、オヅノの情報と資料を持った使いが来る手筈になっており――その内容いかんでは、深夜までに作戦を立て、即行動に移すことになるかも知れないからだ。



「…………」


 家具のささくれに引っかけ、少し破れてしまったエプロンドレス――。

 その裾を、先日サヴィナに教えてもらったばかりの慣れない針仕事でちくちくと縫い直しながらマールは……テーブルを挟んで向かい合って座っている、レオとロウガの様子をそっと窺う。


 歳も近く、〈仕事〉の上でも相棒だというこの2人が、実際に仲が良いのかどうか、マールはこれまで測りかねているところがあった。


 友人というのは、もっと楽しそうに色々な言葉を交わすものではないのか――と、彼女などは思うのだが、レオたちにはそんな気配はあまりない。


 話をしないわけではないが、事あるごとにどちらからともなく乱暴な発言をしては、それをきっかけに喧嘩腰になったりするし……。

 そうかと思えばほとんど言葉を交わさずに、ただただ、酒を飲んでいるときもあったりする。


 それで、もしかしたら仲が悪いのではないかとも疑っていたマールだったが――。

 こうして改めて2人の様子を窺っているうち、もしかしたら男同士というのはそういうものなのかも知れない……と、思い直していた。


 今も、口数少なく互いに、レオはコーヒー、ロウガはニガヨモギ酒(ベルモット)をちびちびと飲んでいるだけだが……そこに険悪な空気などまるでなかったからだ。


「……あいたっ」


 余計な気を取られて、つい指に針を刺してしまったマールが思わず声を上げると――レオたちは揃って視線をそちらに動かした。

 ……2人の邪魔をしたような気になって、謝るマール。


「いや、別に謝るようなことじゃねえだろ。

 何事も、そうやって失敗して慣れていくもんだしな」


 マールの謝罪の意味を取り違えたらしいロウガは、彼女にとっては強面(こわもて)の印象がある彼にしては珍しい穏やかな笑顔で、そう諭す。


 ……一方でレオは、何かを考えているように、じっと妹の顔を見つめていた。


「あの、兄様……どうかしましたか?」

「ん……いや――」


 曖昧な返事とともに視線を逸らしたレオに……ロウガはふと思いついたように、唐突な質問を投げかける。


「そう言えばレオ、アルティナ戦役の話で疑問に思ったんだが――」

「アルティナ戦役……っ?」


 ロウガにとって意外なことに、その単語にいち早く反応したのはマールだった。

 ハッと顔を上げるが、どうしたのかと訝るレオたち2人の視線に晒されると――すぐに「何でもないです」と視線を落とす。


「ああ……そう言えばマール、お前が生まれたのは、あの戦争の最中だったか」


「あ、えと、はい……それで、つい。

 ――ごめんなさい、お話を遮ってしまって」


 気にせずどうぞ、とばかりに、そのままの姿勢で謝るマール。

 それで、ロウガは改めて言葉を続ける。


「ゾンネ・パラスはどうしてアルティナを侵略した?

 一応、それまでは同盟国だったんだろ?

 犬猿の仲のソフラムと和解したからって、それだけでいきなりケンカ吹っかけるのもなかなかに無茶な話だと思うんだが」


「……戦の理由なんて突き詰めれば、女絡みだとか、大概馬鹿げたことだったりするもんさ。

 アルティナ戦役にしても、僕は当事者じゃないから、本当のところは分かるはずもない。

 ただ、一般に流布している――ソフラムも含めた三国間の外交的緊張に端を発するというもの以外に、もう一つ、これが理由ではないかと噂された説があるのを聞いたことがある。

 ――その原因は、いわば『知識』だ」


「……知識ぃ?」


「技術、とも言えるかも知れない。

 ……とある近代錬金術の学者が、アルティナ皇族の庇護の下〈黄金よりも貴重な銀〉――そう呼ばれる金属の精製に成功した、とかいう話があったらしくてな。

 それでゾンネ・パラスは、仮想敵国であるソフラムが、アルティナとの和解によってその精製法を得ることを恐れ、独占のために先手を打った――という説だ」


「そういうことか。

 で、結局その精製法ってのは……」


「……ああ。ゾンネ・パラスはもちろん、その後皇国領を奪い返したソフラムもまた、その精製法はもちろん、当の金属の実物さえ見つけることは出来なかった。

 ……とんだデタラメだった、というわけさ」


 やっぱり馬鹿な話だ、とでも言いたげに、レオは肩を竦めた。


 対照的に、ロウガは何か気にかかるのか、難しい顔で腕を組み直す。


「ふむ……」


「……じゃあロウガ、僕からも一つ聞いて良いか?」


 顔だけ動かし、目で「何だ?」と問い返すロウガ。

 それに対しレオは、どこか冷めた表情で問う。


「――今回の件、まだ深入りするつもりか?」


「あん? どういうことだ?」


「そのままの意味だ。

 ……真相までは分からずとも、もう既に、集まった情報からして、事がただの街商人の悪巧みに収まるものじゃなくなってるのは明らかだろう?

 それこそ、王侯貴族の権力闘争にまで及ぶような、規模の大きい話の可能性が高い。

 ――となれば、はっきり言って、庶民にはどうなろうと関係ないじゃないか。

 わざわざこれ以上の危険を冒さなくても、放っておいて、後は馬鹿同士で潰し合いでも何でもさせればいい……そう思わないか?」


 レオの意見に、ロウガはさして間も置かず、苦笑で応えた。


「ある意味、お前らしい意見だな。……だが、同意はしかねる。

 まず、そうした、国の中枢に関わるような秘密ってのは、危険でもあるが同時に、身を守るためにも大いに使える価値あるものだからな。握れるなら握っておいて損はない。

 ――それに、だ」


 一呼吸おいてロウガは、ニガヨモギ酒をぐっと呷ると、空になった酒杯をレオに突き付けた。


「お前は庶民には関係無いと言ったが――そいつは違う。

 確かに、その暗闘に直接関わるようなことはそう無いかも知れんが……間接的にはどうだ?

 権力争いが激化して内戦にでもなれば、その庶民も含めた同国民同士で無益な血を流すことになるんだぞ?

 加えて、ゾンネ・パラス――独善的な思想に凝り固まってるあの軍事国家が、そんな状況を放っておくとも思えん。

 嬉々として、これ幸いとばかりに『神の名の下に受難の民を救う』とか大層なお題目を掲げて、国境を侵してくるだろうよ。

 そんな状況になったとき、一番割を食うのは誰か……言うまでもねえだろ?」


「それは話が飛躍し過ぎだ。権力に縋るような輩は、まず保身に長ける。

 いくら何でも、他国が付け入る露骨な隙を作るほどには愚かじゃないだろう」


「その己の保身のために、国を売る可能性だってあるんじゃねえのか?

 それに、権力争いに夢中になった挙げ句、そもそもの握る権力が無くなってた――なんて話は、古今東西、いくらでもあるぜ?

 ――それに、だ。

 オルシニは今回の件に関わる上で……そのための資金稼ぎの一環として、悪どい金貸しをやってたんだぞ?

 その被害に遭った人間の中で、既に命を絶っていたり、行方を眩ましていたりで、金を返してやることすら出来なかったヤツも何人かいる。

 ……それでも、借りた本人ならまだいい。自己の責任でもあることだしな。

 だが問題は、本来なら関係ないはずの家族まで巻き込まれるってことだ。

 ――サヴィナたち姉弟を知るお前なら、それがどういう意味か分かるはずだな?」


「…………」


 唇を結び、押し黙るレオ。

 そこへ、ロウガはさらに続ける。


「……そりゃあな、俺たちだってただの純粋なお人好しじゃねえ。誰彼構わず助けてやろうとは思わんし、そんな真似が出来るとも思ってない。

 世界なんざ、どこへ行っても、不公平と不条理で出来てるようなもんだしな。

 だが、だからと言って――。

 人を人とも思わんような権力者の身勝手な振る舞いで、地べた這いずって必死に生きてる連中の人生をどうにかされるなんざ……いくら何でも悔しいだろうが?」


「……ああ。そう、だな……」


 レオは、彼自身、思うところがあったのか――。

 物静かに、しかし力強く首肯した。


「それにだ、レオ。

 争っているのが貴族どもだけならともかく、王宮の中にまで関係があるとするなら……見過ごせないだろう? お前だって」


 ……その言下にロウガが述べているのが、アッカドの工房で見つけた手紙から推測される、母テオドラの関与の可能性であることをレオはすぐに察した。


 手紙は古い物であったので、今回の件に直接的な関わりはないのかも知れないが……過去を暴いて攻撃材料にしたりするのは、権力争いにおいては常套とも言える手段だからだ。

 アスパルのような立場の人間まで関係があると思われる今、そんな手紙がアッカドのもとにあったことを偶然と片付けられるほど、彼も楽天家ではない。


 しかしむしろ、だからこそと言うべきなのか――。

 ロウガの言を受けたレオの顔に浮かんだのは、いかにも皮肉めいた冷笑だった。




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― 新着の感想 ―
[一言] いわくありそうな銀色のもの、ちょっと前に出てきましたねぇ。
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