9.元王女はたおやかに笑う −2−
……商会の召使いによって部屋に運び込まれた、宝石、装飾品、織物、美術品といった豪華絢爛な品々を前に、ナローティとユニアは和やかに談笑を交わしていた。
当初は警戒していたナローティも、今となっては随分とそれを解いている風だった。
その役目を担ったのが、もてなしとして彼自身が客と酌み交わすべく出した、高価な葡萄酒の酒精による高揚だけでなく……何より、ユニアの演技と話術にあるのは言うまでもない。
言葉の選び方、話し方、視線、身振り手振り、果ては品揃えそのものや、この商館、引いては応接室の装飾の在り方――そんなあらゆる事象から、ナローティの趣味嗜好を読み取り、情報を積み重ねたユニアは。
手広く交易を行う彼の大商人としての誇り、目利きとしての自信、そして傾倒する東方の品々に対する愛着――そうしたものに由来する、彼を最も喜ばせ、そしていわば『乗せる』ための適度な刺激となる言葉を、品物を検分しながらの何気ない会話の中に忍ばせていたのだ。
誇りを認められ、自信を裏打ちされ、愛着を同意されて――気分を害する者などそうはいない。
しかも、明らかな世辞なら逆効果でしかないが……ユニアのそれは実に自然で的確なものだった。
加えて、ナローティからみれば、相手は高い品位と知性を備えた元王女なのである。
その明確な身分差もまた、優越感に繋がり……ことさら自尊心をくすぐったことだろう。
さらには、ユニアは実際に金貨を積んで、幾つかの品をその場で買い上げたのだ。
経緯はどうあれ儲けとなる金を前にして、商人が機嫌を良くしないはずもなかった。
そこで、そろそろ頃合いだろうと判断したユニアは……。
再び王女の使いの話を持ち出し、どうしてそれが夫アスパルの出任せと判断したかを、別口から語り始める。
……彼女にとってはこれこそが、〈麗紫商会〉を訪れた本当の目的に他ならなかった。
「そもそも、あの子が――姫様が、レオノシス殿下の墓前に捧げる品を、と言い出すことがおかしいのです。
……実のところ姫様は、殿下はまだ生きている――という根も葉もない噂を、誰よりも信じているのですから」
「はあ……殿下が生きておられると……そのような噂が?
まあ、我ら市井の者の間でも、まったく無いとは申しませんが」
葡萄酒のグラスを片手に、ナローティは考え考え答える。
「宮仕えの侍女などは、特に面白がって話すのですよ?
つい先日などは、黒装束に身を包んだ殿下そっくりの人物を、夜に見かけたとかで。
……そう、他にも――」
いかにも世の女性らしく、気さくに噂話に興じている風を装いつつ……しかしユニアはここぞとばかりに、ナローティの反応に意識を凝らしていた。
しかし、次々に出される第三王子レオノシス生存の噂話に、愛想良く相槌を打つナローティの態度は、ごく自然なものだった。
無駄話の多さに呆れた様子と、この話に何かあるのか、という疑問が所作の端々に垣間見えるが……。
ユニアが一番に注意を払っていた、驚きや、何かを隠そうとするような素振りは、まるで見受けられない。
ただ――観察するうち、レオの話をする間、ナローティが苛立ちのようなものを見せ始めたことにユニアは気付いた。
何か秘密にしていることを突かれたためなのか、それともいかにも女の好きそうな噂話に付き合うことにいい加減嫌気が差してきたのか――。
前者であれば捨て置けないと、さらに注意を傾けるも……しかしそのどちらでもないことを、彼女はすぐに知る。
ここは大胆に切り込もうと、機嫌を損ねている風であることを率直に尋ねたところ――照れ笑いを浮かべたナローティは、何を誤魔化す気配もなく、まるで別の答えを返してきたからだ。
「……いや、これはお恥ずかしい。
奥様が、亡き殿下を愛称で呼ばれるのを聞きますと……つい先日、私めのささやかな楽しみを邪魔したという、ならず者のことを思い出してしまいましてな……。
ああいや、どうかお気になさらず」
「レオという名は、市井の中にも少なくないと聞きますからね。
……それで、どのような災難を被られたのですか?」
わざわざ突っ込んで尋ねた理由は、ユニア自身にも分からない。
こればかりはまさしく『何か引っかかる』という勘による行動だった。
果たしてナローティは……言葉を選ぶように、つかえながら、答えを紡ぐ。
「いや、まあ……何と申しますか。
小鳥――そう、東国産の珍しい小鳥を、ですな……じっくりと愛でてやろうと、特注の鍵をかけた檻に入れておいたのですが……。
そう、それを、ならず者の……畏れ多くも殿下と同じ名の若造が……その、私の知らぬ間に、勝手に鍵を開けて逃がしてしまったのですよ。
……ええまあ、それだけのことと言えば、それだけなのですが……」
「まあ。それはさぞ、お腹立ちでしょうね。
東国の珍しい小鳥とは……私も拝見したかったものを」
額面通りに言葉を受け取った風を装いながら、しかしユニアは、それが『女』のことを言っているのだと、疑う余地もなく確信していた。
こうした話に関しては特に、ただでさえ鋭いと言われる女の勘が、ことさらな冴えを見せる。
そしてユニアは、自らの勘が拾い上げたその話を、ただの他者の艶聞ではなく――それ以上の価値があるものとして、胸に留め置くのだった。




