7.職人の誇りの証
何かがあるなら工房――。
そう断言してきびすを返すレオを追い、ロウガも工房に戻る。
そして、改めて室内を見渡すが……。
細工物の材料や工具を入れておく木箱など、何かをしまうための容れ物があるにはあるものの……大事な物を保管するという用向きには、どれも相応しくなさそうだった。
「まさかとは思うが……この工房自体が一番大事だ、なんてオチじゃねえだろうな。
でなけりゃ、故郷から持ち込んだらしい、そこらにある異国の調度品とかか?」
作業机に置かれた小型の燭台や、異国風の壁掛けもざっと調べてみるロウガだったが……。
央都に来るまでの間に、その国で生活した経験もある彼の目からすると、それらも大した価値のあるものではなかった。
また、ぞんざいな扱いがされていることから、個人的に大切にしているという印象もない。
そんな中で唯一、作業机とは別の、書き物などに使うらしい小さめの机の上に据え付けられた宝石箱は……金属製のダイヤルによる錠が取り付けられていたりと、凝った作りの珍しい物だった。
しかし、肝心の箱が空な上に、指でなぞれば付着する埃の具合から、長い間そうして蓋が開きっぱなしだったことが分かる。
――要は、使われていないのだ。
「この箱にしまってあったものを誰かが持ち出した――っていうなら、まだ話も分かるんだが……」
ロウガは何気なく、宝石箱の正面に取り付けられたダイヤルに手を伸ばす。
……3桁の数字を決められた通りに組み合わせれば鍵が外れる仕組みのようだが、そもそもすでに箱の蓋は開いているので何の意味も無い――。
そんな風に思いつつ、それを適当にいじっていると……。
突然レオが、血相を変えて近付いてきた。
「どうした? そりゃ、こうした形の錠前は珍しいだろうが――」
「違う、そうじゃない! 今の『音』、まさか……!」
レオはロウガを押し退けるようにして立ち位置を替わると、顔をぐいと近付けて慎重にダイヤルを回す。
そうして、何かを確かめるように、何度か同じ位置を往復させながら……やっぱり、と呟いた。
「……やっぱり? 何がだ?」
怪訝そうに尋ねるロウガに、唇に指を当てて静かにするよう促すと――。
レオは真剣な面差しで改めてダイヤルに向かい、耳を澄ましながら1桁ずつ、ゆっくりと動かしていく。
そして、3桁目――。
レオが指を止めるのと同時に、ロウガにもはっきりそれと分かる、カチリという閂の外れる小さな音がした。
「閂が――外れた? 箱の錠は開いているのにか?」
「それが、そもそも囮だったわけだ――」
言って、レオは箱に手を掛ける。
――すると、机に据え付けられていたそれは、天板の一部ごと……箱自体が蓋だったように、そのまま上へと持ち上がった。
そうして、書き物机には……小さく浅い窪みが、ぽっかりと口を開ける。
「……こいつぁ驚いた。
まったく――耳は俺の方が良いってのにな」
「仕方ないだろう。聞き取れても『音』の違いが正確に理解出来ないんじゃな。
――それよりほら、これ」
レオは、開いた窪みの中に隠されていた、手紙らしき紙片を取り上げる。
それなりに古い物であるようだが、きちんと保管されていた上に紙自体の質も良いためだろう――先に見つけた帳簿の切れ端に比べると、格段に綺麗だ。
しかし、文字が書き連ねてある紙面に目を落としたレオは……眉間に深い皺を寄せて、唸りを上げるばかりだった。
「くそったれ……何だこれ、アッカドの母国語か?」
「どれ、貸してみな。
……あ〜……そうだな、向こうの言葉だ」
「読めるか?」
「ま、そりゃあな。
一応、故郷からこの国に落ち着くまでの間、通る国の言葉や文化はきちんと一通り習得するよう、オヤジ殿に叩き込まれてきたんだからな」
「……そういえば、そんなことも言ってたか。
マスターはともかく、お前のはただの大ボラだと思ってたが」
感心したようなレオの言葉に、ロウガは快活に笑い返す。
「なに、言葉を学ぶのはそんなに難しいことじゃない。
慣れてコツを掴めば、後は勝手に身に付いていくモンだ。
……それにいざとなりゃ、万国共通語のコイツがあるしな?」
硬く握った拳を叩いてそんな不敵な発言をするロウガに、レオは一転して呆れ顔で先を促した。
「――で、その手紙の内容は?」
「おう、そうだな――っと、先に言っとくが……。
どうもこいつは、手紙の一部を切り取ったものらしい。俺が読めないわけじゃなく、初めから全文揃ってないってことは理解しといてくれよ」
言って、ロウガは手紙の上端を指し示す。
……確かにそこは、綺麗に揃えられた他の辺と違い、後から何かで切り取ったような痕跡が残っていた。
レオが頷いて了承の意を示すと、ロウガは改めて手紙を開く。
「『……あなたの見事な仕事ぶりに、大変満足されています。
あなたを推挙した私も、肩の荷が下りた思いです。
私からもお礼を言わせて下さい――本当にありがとう、父さん。
どうか、お身体を労り、これからも元気でお過ごし下さい。
――ダムキアより』……だと」
ロウガは声に出して手紙を読み終えると、ぱたりと折り畳んだ。
「……ダムキアってのは、アッカドの母国の女性名だ。
つまるところ、この文面と紙の状態から察するに……いつのことかは分からんが随分と昔に、娘を介して誰か貴人から仕事の依頼を受けたらしいな。
で、その仕事の出来映えに先方が満足していることを職人として誇りに思い、こうして礼状を――娘からの手紙でもあることだし、大切に保管していた、と。
……そんなところか」
「そうだな。手紙の前半が切り取られているのは、その貴人の名と仕事の内容を隠すためだろう。
つまり、その仕事はそうそう公には出来ない類の、秘密裡のものだったということになる、が……」
ロウガの見解に同意するレオだったが、その表情はどこか、苦々しげですらあった。
「どうした? せっかく見つけたお宝がまた何ともあやふやなものだったからって、ついに拗ねちまったか?」
「違う、そんなのじゃない。
央都でもまず出会わないこの珍しい名前の響き……恐らく間違いない。
――知ってるんだ、僕は……そのダムキアという女性を」
「……なに?」
予想外のレオの発言に、ロウガは眉をひそめる。
「この国では、普段はアレーナと名乗っていた。
だが、異国の生まれと知って、僕が故郷の話をしてほしいとせがんだとき、こっそりと本名を教えてくれたんだ――ダムキア、と」
遠くを見るような目をして、淡々と、レオは語った。
「10年ほど前、体を壊して職を辞した後のことは知らないが。
それ以前は、母上の……。
――そう、第四妃テオドラの……侍女を務めていた女性だ」




