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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅱ章 梟と狼が追いかけるものは

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 6.細工師の工房にて


 ――央都ユノ・グランデは広大であるゆえに、幾筋もの運河を抱く中心街周辺はまだしも、そこから郊外へ向けて離れると、丘陵にそって大きな高低差が生じるような地区も幾つかある。


 様々な分野での職人が多く住むため、いつからか通称〈職人街〉と呼ばれるようになった区域は――そんな傾斜の急な丘陵地帯に、隣り合う2つの地区を跨ぐようにして存在していた。


 サヴィナと別れて〈緑の泉〉から水路沿いの石段を上り、その〈職人街〉へやって来たレオとロウガは……。

 人の群れではなく、金物を打つ鎚の音や、機織りの音、薬草を煮詰めているらしい鼻を突く臭いの煙さ――といった、他とは一線を画したざわめきの中を、目的地へと一直線に突き進む。


 果たして――。

 異国の細工師アッカドの工房は、そんな独特に雑然とした〈職人街〉の中で、しかしうら寂しい一画にあった。


 そして……細工師であることを示す小さな看板がかけられたその正面入り口には、いかにも所在なさげに、1人の警備兵が番をしている。

 その視界を避けて2人は、少し離れたところから路地裏に入り――隣家の塀を音もなく乗り越えて、工房の裏口に近付いた。


 折しも、そんな彼らの動きに息を合わせたかのように……正面入り口がある表の通りの方が、何やら騒がしくなる。


「……陽動を入れたのか」


「まあな。若い連中に、俺たちが調べに入る間、軒先で揉め事を起こして注意を引くよう言い含めておいた。

 芸達者な奴らだからな……あの警備兵に、いい退屈凌ぎをさせるだろうさ」


 ロウガの答えを聞く間にも、レオは裏口の鍵を開ける手を止めない。


「なんだ? 珍しく手間取るな?」


「あのマスターをして、腕が良いと言わせるだけのことはある……。

 恐らく自作だろうが、〈固定障害(ウォード)錠〉のわりには精巧細緻でなかなか見事な造りだ。

 ……だが、モデルになってる、プレッツォ兄弟の35年作が抱える脆弱性を克服出来てない。これなら――」


 珍しく饒舌に解錠に取り組むレオを見下ろしながらロウガは、こんなときではあるが、何となく微笑ましくなった。

 ……まるで、新しい玩具を前にした子供のようだ、と。


「よし、開いた――って、どうした? 妙にニヤニヤしやがって」


「……いや。

 単純に、やっぱりお前には『向いてる』んだな――なんてな」


 本人も恐らくは気付いていないのだろう、解錠の際口元に、してやったと言わんばかりの、不敵な笑みを浮かべていたレオ――。

 その肩を、彼が言うようなニヤニヤとした顔で叩き……ロウガは先んじて工房の中に足を踏み入れる。


 ……部屋の端には、煉瓦(レンガ)で組まれた炉と、その燃焼に使うための木炭が積まれてあり――細工用の作業机には、金槌や()()()()など、金工具が所狭しと並べられていた。

 そのどれもが、一目見ただけで、長年使い込まれているのが良く分かる。


「珍しい形の道具もあるな……異国式ってやつか」


 少なくとも表の仕事として同じ細工師をやっているだけに、興味もあるのだろう――物珍しげに工房内を見回すレオ。


 そんな相棒を置いて、ロウガは奥の居住空間らしき部屋を見に行くが……すぐさま、首を左右に振りながら戻ってきた。


「――いかにも、警備隊が調べ尽くした後、って感じだ。

 ま、当然と言や当然なんだが……どれほどの手掛かりが見つかるやら、疑わしいところだな」


「それでも、調べないわけにはいかないだろ」


 ロウガを奥の部屋に押し戻し、レオは一緒になって中を調べる。


 キッチンと一つになった小さめの寝室は、ロウガの言う通り、調べ尽くされ、めぼしい物も持ち出された後……といった雰囲気で、未だ雑多な工房内に比べると、どことなくガランとしている印象があった。

 恐らく今日明日中にも、公に調査の終了が宣言され次第、家主によって、新しい住人を迎えるための大掃除が行われることだろう。


「ふーむ……まあ、こんなものか……」


 2人がかりで調べた結果、それらしいものとして見つかったのは……。

 まるで覚え書きのようにここ最近の取り引き相手が記された、帳簿の一部に見えなくもない汚れた紙片だけだった。


「最後の取り引き相手はオルシニ……と。

 知りたかったのは、その他の繋がりなんだが……。

 この紙の汚れにしても、血痕とかならまだしも、間違いなくただのトマトソースだしな……。

 分かったのは、物の管理がいい加減なオヤジだったらしい、ってことぐらいか?」


「いい加減、か……本当にそう思うか?」


「そりゃな。商売人なら帳簿は大事だろ? それがほら、これだ」


 相当適当な扱いを受けたのだろう――紙自体は比較的新しいにもかかわらず、汚れ、破れてくしゃくしゃになった紙片を摘み、ひらひらと振るロウガ。

 それに対し、レオは眉間に寄せた皺を開こうとはしない。


「……〈蒼龍団(ザフィル・ドラグ)〉の若頭のお前も、どちらかと言えば利に聡い商人肌だから、勘違いしているのかも知れないが……。

 マスターの人物評と、あの工房の様子を照らし合わせる限り、アッカドは間違いなく根っからの職人だ。

 つまり、大事、と捉える物の尺度が違う。

 そして、あの裏口の鍵――わざわざ自作であれだけの物を据える人間だ、本当に大事な物なら、決していい加減に扱ったりはしないだろう」


「なるほどな……一理ある。

 だが、揚げ足を取るわけじゃないが……アッカドが個人的に大切にしていたからといって、それが俺たちが求めるものでもある保障は無いんだぜ?」


「分かってる。しかし鍵の件は、備え付けた本人の用心深さにも繋がるはずだ。

 ……そもそも本人に、殺されるかも知れない事態に巻き込まれているって自覚があったかどうかは分からないが……調べてみる価値はあるんじゃないか?」


「……ま、疑問を差し挟む余地を残したまま帰ったりすれば、オヤジ殿にどんな嫌味を言われるか分かったもんじゃねえしな」


 ロウガは軽口を叩きながら、がしがしと頭を掻きむしる。

 が、その目は至って真剣だ。


「……とは言え、寝室は調べ尽くしたし、工房は調べるほどの場所はない。

 これ以上どこを探すつもりだ? 時間もあまり無いぞ?」


「それも分かってる。――ただ、探すならやはり工房だ。

 『職人』にとって、あそこが生活の中心だったことは間違いないはずだからな」




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