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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅱ章 梟と狼が追いかけるものは

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 4.侠客に娼婦に −1−


 ――昨夜の群雲が嘘のように良く晴れた空は、うららかな春の陽射しを、余すところなく降り注いでいる。


 折しも、4年に一度の大祭である〈聖柱祭(グラン・グラツィア)〉を間近に控えた央都は、どこもかしこも活気立ち……。

 もたらされる陽光を照り返すばかりか、あまつさえそれ以上に輝こうと意気込む気勢が、それこそ空気となって都中を覆っているかのようだ。


「――祭りってのは、いいモンだ」


 レオと並んで、歴史を感じさせる古い大通りを歩いていたロウガは……。

 通りの端で露店の準備をしている人々を見やりながら、いかにも気分が良さそうにそう切り出した。


「何も楽しいことなんてねえってツラで、不味そうに酒呑んでるヤツでも、このときばかりはガキみたいにはしゃぎやがる。

 どいつもこいつも一緒になって、バカになって騒ぎやがる。

 生命を謳歌するってか……生きるってのは楽しいことだって、生き物として本能で思い出すみたいにな。

 ――なんとも馬鹿馬鹿しい、しかも勝手な話だ。

 だが俺は、そんなどうしようもない人間の、どうしようもない姿が好きなんだよなあ」


「お前らしい話だな。

 ……でもまあ、分からなくはないさ」


 言って、レオも右目を細める。

 ……彼の脳裏を過ぎるのは、幼い頃、王族として〈聖柱祭〉に参列したときの記憶だ。


 一般国民が、束縛らしい束縛などほとんどなく、ただ大きな祭りとして楽しめばいいだけなのに対し……王侯貴族、中でもやはり王族は、祭儀として式典として、果たすべき責務に忙しく追われることになる。

 そのため、楽しんでばかりもいられなかったというのが一番なのだが……それでも、印象深い思い出はあって。


 小高い丘の上、高みにある王宮の一角から、祭りに沸き立つ央都を見下ろしたときの光景というのも、その一つだった。

 まるで、街全体が一つの大きな生命となったかのような……圧倒的な躍動感があったのだ。


 祭りに参加する一人一人の顔など見えるはずもなかったが、そこにあるのがロウガの言った生命を謳歌するような輝かしいものであろうことを、当時のレオも信じて疑わなかった。

 何よりレオ自身、少なくともそのときは、命の持つ自然で力強い輝きを、自らも目を輝かせて見守っていたはずだからだ――子供らしい純粋さで、ただ、「すごい」と。



 ……徐々に下りになる大通りをそのまま下りきった先からは、整備された石畳は姿を消し、地肌がそのまま靴底に触れた。


 加えて建物も一気にまばらになり、代わって増えていく雑木林に導かれて進めば、田園を抜けて郊外に出るのだが……。

 レオたちはそちらには向かわず、道を折れて、降りてきた下り坂の裏へ回るような方向へ進む。


 そちらは、央都の地下に広がる遺跡の一部が顔を出したものらしい、柱のようでも尖塔のようでもある石の樹がまばらに連なる中、さらに、新しいものから古いものまで、様々な住居も乱立する――レオたちの住む下町とはまた別の雑多さがある区域だった。


「そう、〈聖柱祭〉と言えば……」


 街路樹のように通りに影を投げかける、脇に生えた石柱に何気なく手を触れ、レオは思い出したように言った。


「かつてアルティナ皇国も、まったく同じ日に祭祀を行っていたらしい。

 もとはと言えば、〈一なる柱(プレマディウス)〉を奉る一族としての有り様――その意見の相違が、ソフラムと袂を分かつことになった原因の一つだそうだからな。

 自分たちこそ正統である、という主張を貫くためにも、張り合わないわけにはいかなかったんだろう」


「……ほお。で、皇国側の〈聖柱祭〉はどんな祭りだったんだ?」


「皇族にとって参列が絶対必須の重要祭祀であることは同じだが、あちら側はもっとしめやかに、厳かに執り行われるものだったらしい。

 ……要するに『堅苦しい』だな」


 レオの解説に、ロウガは「んー」と、子供染みた唸り声を上げつつ苦笑した。


「神妙ってのも、それはそれで趣があっていいもんだが……ま、せっかくだし、俺はやっぱりバカ騒ぎしたいところかねえ。――ん?」


 何か気になるものでもあったのか、目を細めるロウガ。


 ……彼らの先にあるのは、遺跡の柱とともに湧き出ている泉を中心にして整えられた広場だ。


 市街中心へと近付く、丘を上るつづら折りになった急な坂道や、田園へと伸びる砂利道、緩やかに円を描きながら水路沿いに続く上りの石段など、様々な通りの中継点になっていて人も多い。


 こんこんと湧き出る水には養分が多いのか、青々とした水草が年中、石柱に絡まりつつ生い茂る泉――。

 そのさまから、通称〈緑の泉〉と呼ばれるそこへ、ロウガに釣られて視線を動かしたレオは……行き交う人の中に、見知った顔を見出した。


「――サヴィナ?」

「あら……? レオ君にロウガじゃない」


 同じように2人に気付いたのは、フェリエ地区の娼婦、サヴィナだった。

 いつもの露出の多い薄衣ではなく、地味な町娘姿の彼女は、買い物帰りなのか、小さな麻袋を抱えている。


「よお。色気の無え格好してやがるから、見分けるまで時間かかっちまったぜ」


「いかにもヤクザ者ですって言わんばかりの、ハデで品のない強面(こわもて)な格好してるあなたには言われたくないかなあ」


 微苦笑を浮かべるサヴィナの言葉通り、職人然とした質素な作業着姿ながら、どことなく着こなしにセンスがあるレオに対し――。

 並ぶロウガは、裏地にまで金糸の綿密な装飾が入った、いかにもな派手めの外套を基調に……しかもだらしなく着崩した、威圧的な出で立ちだ。

 ただ、これが2人にしてみればいつも通りではある。


「大体、ここは〈蒼龍団(ザフィル・ドラグ)〉の縄張りじゃないのよ?

 地回りの庇護がない娼婦が、いかにも客待ちです、って格好してたら、どんな目に遭うかわかったものじゃないでしょう?」


「この辺の縄張りを主張してるのは……ああ〈長靴党(スティヴァーリ)〉か」


 ロウガは腹立たしげにフンと鼻を鳴らした。

 良い感情を持っていないのは一目でそれと分かる。


「ま、賢明な判断だな。

 ……あそこは歴史が古いだけあって、先代の頭目はなかなかの侠客で、下もよく統制が取れてたが……。

 今のバカ息子の代になってから、ただのゴロツキ集団に成り下がってやがるからな。

 余所(よそ)の管轄下の娼館に籍置いてる娼婦が、勝手に縄張りで商売やってるなんて話が出たら、それこそ何しやがるか分からん。

 ――それこそ、調子に乗って、監督不行届だなんだのとウチにまで難癖つけて、ケンカ吹っかけてくるかも知れねえぐらいには」


「……でしょう? 〈蒼龍団(あなたたち)〉が、そんな連中にどうにかされるとも思えないけど……だからって、軽率な行動で余計な火種を蒔いていいって話にはならないものね」


 サヴィナの発言に、ロウガは満足げに大きく頷く。


「俺ぁそうやって頭と気が回る女は好きだねえ。

 ――どうだ、今夜は俺と、ってのは?」


「折角のお誘いだけど。ごめんなさいね、今夜は先約があるのよ」


「……お前か?」


 ロウガがちらりと視線を向けると……レオはどことなくムッとした様子で「僕じゃない」と言い捨てる。


 それに対し、何だつまらん、とロウガは大袈裟に首を振った。




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