3.増えては絡まる糸と糸
オヅノは、レオから渡された紙片の束――その1枚1枚すべてに、普段と変わらない表情のまま目を通し……ふむ、と一つ唸る。
「……どうだ、オヤジ殿?」
「そうだねえ。まず、覚え書きの大半を占める、取り引きについてのものだけれど……気になる名前が幾つかあるかな。
――特にこの、日時と名前だけの1枚だ。ね」
言って、オヅノは1枚の紙片を2人の前にかざす。
「日付からして、会ったのは数日前か……しかし聞いたことねえ名前だな。
これが?」
「表向きは雑貨の行商人――だけれど、実態は北のゾンネ・パラス神聖帝国と繋がってるって噂のある、闇商人だよ」
「ゾンネ・パラス……?」
レオは眉をひそめる。
その隣で、ロウガも同じような顔をしていた。
「あの国とは未だに緊張状態にあるから、お互い、商人の出入りには厳しい制限をかけていたはずだな。
――じゃあ、何か? 密貿易でもするつもりで渡りをつけてたのか……?」
「可能性はある。ね。
ただ、相手は神出鬼没の闇商人だから、困ったことにその真偽を質そうにも、そもそも接触するのが難しい。
こっちから情報を追うのは、あまり期待しない方がいいだろうねえ」
「他には?」
「そうだねえ。ぱっと見じゃ分かりづらいけど……。
この覚え書きの取り引き相手、大半があの大商会の一つ〈麗紫商会〉の傘下にあるか、もしくは大きな影響を受けている商人だね。
どうやらオルシニは、地回りだけでなく、〈麗紫商会〉にも近付いていたらしい。
……その目的が、商人として手を広げるために大商会の傘下に入りたいだけなのか、他にも理由があるのか――までは分からないけど。ね」
「……〈麗紫商会〉……」
独り言のように、ぼそりと繰り返すレオ。
「後は、と――」
オヅノは別の紙片をカウンターに置く。
……それは、昨夜レオが地名だと気付いた、幾つかの名前が並べられたものだった。
「気になると言えば、やっぱりこれだ。ね。
――レオ、キミによれば、これはどうもアルティナ戦役時、ガイゼリック王が直接陣に立たれた戦場を示しているらしい――とのことだけど」
「ああ……それが一つの共通点なのは間違いない。
そして、そのリストの最後、印が付けられているアドラ盆地は――親父の立つ先陣が切り崩されて、あわやという窮地に陥った戦場のハズだ」
レオは一旦箸を置き、林檎酒で唇を湿らせる。
「その話なら有名だから、アタシでも知ってるよ。
確か、予定されていた援軍が遅れて、敵――ゾンネ・パラス軍に包囲された王が、その土地の地元民からなる義勇兵に助けられて、辛くも窮地を脱した……って、そんな話だったよねえ」
「ああ。なぜここにだけ印が付けられているかは分からないが……他との明確な違いと言えば、やはりそれだと思う」
「んん〜……旧アルティナ皇国領内の戦跡……ねえ。
アタシたちも、その戦の当時はまだこの国に来てなかったものねえ。
――あ〜……っと。そう言えばレオ、アルティナ皇国といえば、キミ自身も少なからず関係があるんだよねえ」
ぽん、と自らの太鼓腹を打つオヅノに、レオは微妙に苦い顔をしながら頷く。
続いてロウガも、ああ、と猪口を指で弾いた。
「お前のオフクロさん、確か旧皇国の出身だったか」
ロウガの発言を、レオはため息混じりに肯定する。
「……そうだ。
昨日も話したと思うが、アルティナ皇国とこのソフラムは、元々は同一国家だったところが、袂を分かったような形だ。
その成り立ちから長年不和だったところを、親父がようやく関係修復にまで漕ぎ着けたわけだが……当然そうなると関係強化のために、王族間で姻戚を結ぶという話が出る。
そこで差し当たって、王の一夫多妻が認められているこちらがまず、皇族の遠戚にあたり、かつては皇女の教育係でもあったという貴族の娘を妃に迎えた。
それが――」
「第四妃テオドラ様……ってわけか。なるほど」
大きく頷き、ロウガは猪口をぐいと呷った。
そして、「それはいいんだが」と、話を本来の方向に引き戻す。
「その戦跡についての覚え書き、今回のこととは関係ないんじゃねえのか?
暗号って可能性もあるが、そうじゃないなら、王の戦跡を辿る意味なんてあると思えん。
……仮に、そこに王侯貴族の何らかの秘密が隠れているとしても、だ――。
王族御用達ってわけでもない、一介の街の商人風情が首を突っ込む余地なんて、とてもじゃないがありゃしないだろ?」
「――ところが、だ。
むしろ王宮の方から、無関係じゃない可能性が出てきやがった」
ロウガの反論に、カレイの身をほぐす手を止め、強い口調で答えるレオ。
「どういうことだ?」
怪訝そうな顔をするロウガとオヅノに、レオは自らも記憶を確認するかのようにゆっくりと……。
昨夜ロウガと別れてから、警備兵の姿に扮したアスパルに追われたことを語った。
「ふーむ、侍従のアルダバル卿が……ねえ」
「……それだけじゃない。
マスター、アンタは当然気付いてるだろうが……オルシニが積極的に接触していたっていう〈麗紫商会〉は、大貴族バシリア家のお抱えのはずだ。
そして――バシリア家を初めとする古参の大貴族には、基本的に国策において、両院制を提議したりと革新を進めようとする親父とは、折り合いが悪いのが多い」
「つまり……何か?
事は本当に、王宮内の権力争いに関わってるってのか?」
「あくまで可能性だ、推測ばかりだからな。だが――」
「偶然で片付けるには何かと綺麗に揃い過ぎている……か。
その侍従の貴族も、オルシニを探りに行くつもりだったって見る方が自然だしな」
箸の先で、ほぐしたカレイの身を落ち着きなく弄るレオの言葉の先を、ロウガ自身が継いで口にする。
だが、それ以上はお互いなかなか意見も出ない。
そこで、見守っていたオヅノは、「取り敢えず」と気分を切り替えるように心持ち大きな声を出してパンと手を打った。
「思った以上に、大きな話になりそうなのは間違いないようだ。ね。
けれど、とにかくまだ考えるには材料が足りないからね……引き続き、出来る限りの情報を集めてみるとしよう。
――差し当たって、さらに探るとするなら〈麗紫商会〉か、アッカドの工房といったところだけど、〈麗紫商会〉の方は真っ昼間から忍び込むわけにもいかないから……。
そうだね、夜を目処に準備するまでの間に、レオ、キミはロウガと一緒に、まずアッカドの工房を調べに行ってくれるかな。
他に任せてもいいんだけど、今はまだあそこは警備隊が調査を名目に抑えちゃってて、真っ正面からじゃ中に入れてもらえないはずだから。ね」
「……ゆえに僕の出番だ、と。分かった、行こう――」
言って、レオは箸の先をかちんと鳴らす。
その反応の早さからして、今ここで指示を受けなくても、自分から行くつもりだったのかも知れない――と思ったロウガだったが……。
レオは予想に反してすぐには席を立たず、ほぐしたカレイの身を摘み上げた。
「これ、食い終わったらな」




