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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅱ章 梟と狼が追いかけるものは

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 2.密談は衝立の向こうで


 ……からからと、竹の鳴子が快い音を立てる。


 それを聞きつけた何人かの常連が、入り口の方に目を遣り――そして、そこに立つレオを見つけて赤ら顔を綻ばせた。

 ようこそ同類――と、日の高いうちから酒場に足を運ぶ、その自堕落ぶりを歓迎するように。


「おぉレオ! 何じゃあ、もうマールちゃんに飽きて酒に戻ってきたのかあ?」

「アイツは妹だって言ったろ、この耄碌(もうろく)ジジイが」


「よっしゃ、なら俺サマが嫁にもらってやらあ!

 今の河馬(カバ)嫁の代わりによお!」

「やめとけ。借金取り追い返すなら河馬の方が使えるぞ」


「おいレオ! 久しぶりなんだ、一杯奢れや!」

「この前の仕事の代金払ってから言え、くそったれが」


 店のあちこちから投げかけられる、粗野ながら親しみを帯びた声を、慣れた調子で適当にあしらいながら……レオは真っ直ぐに奥のカウンターへ向かう。

 その端、さりげなく置かれた東国風の衝立(ついたて)に隠れた一角が、彼のいつもの指定席だ。


「――よお。元気なようで何よりだ」


 衝立の向こう……一番端の席にいたロウガが、そう言って猪口(ちょこ)を掲げた。


「お互いな」


 答えて、レオはその隣に腰掛ける。


「――ところでロウガ……街じゃ、警備隊の連中が、黒装束の男を血眼になって探してるって噂で持ちきりだぞ?

 30人からの集団が、素手の相手たった1人に、しかも殺されることなく子供みたいにあしらわれたとなっちゃ面目丸潰れだ――ってな」


「おいおい……もう尾ヒレが付いてるじゃねえか。

 俺が()したのは13人だぞ?」


 苦笑混じりに首を竦めるロウガ。


 13人でも相当な数であるし、しかも正体を悟られないように気を遣いながらとなれば厳しい戦いだったはずだが――。

 些末事のように答える彼には、それを証明するように、かすり傷程度の怪我さえ見受けられなかった。


 やがて、カウンター内での仕事を他に任せたオヅノが、レオの前に近付いてくる。


「やあレオ、昨夜はお疲れさま。何にする?」


林檎酒(シードル)。――5倍薄で」


「……お前さ、もういっそ林檎の搾り汁とかにした方がいいんじゃねえか?」


「高くつくだろ、そっちの方が」


 呆れたようなロウガに素っ気なく答え、レオは出された陶杯にそっと口を付ける。


「昨夜のことは概ねロウガから聞いたけれど。ね。

 本当に、良く無事で戻ってくれたよ」


「ああ……まったくもって本当に、な」


 レオの物言いに何かを感じ取ったらしく、ロウガはつまみのイカの塩辛に伸ばしていた箸を止め、ちらりと目を向けた。


「――何だ……あれから何かあったのか?」


「ちょっとな。……まあ、その話はまた後でする。

 それより、昨日オルシニ邸で得た情報のまとめをするんだろ?」


 昼間の酒場という場所でありながら、先程から、さして警戒する様子もなくそんな話を口にしているレオ。

 だがそれは油断ではなく、誰に聞かれるわけもないと確信してのことだ。


 理由として、まさかこんなところで、昼日中から盗賊が密議を交わしているなどとは誰も思わないという、先入観を利用しているのもあるが――。

 そもそも、この『衝立』の向こうの席でのことに注意を向けないのが、常連にとって暗黙の了解だから、というのもある。


 なぜなら常連ならば、そこが店の用心棒であり、また地回り〈蒼龍団(ザフィル・ドラグ)〉の荒くれを束ねる若頭ロウガと、その友人たるレオの指定席だと知っているからだ。

 それをヘタに様子を窺うようなマネをすれば、あらぬ疑いをかけられ、余計な――命にすらかかわってもおかしくない、余計な厄介を背負い込むだけだと。


 加えて、店員も兼ねている〈蒼龍団〉の人間が、一見そうとは分からないように、しかし常に気を払って店内を見張っているというのもあるし……。

 レオ自身、この席に来るまでに、さりげなく客の顔ぶれをチェックして安全を確認したというのも、理由の一つだった。


「ふむ。ではまず……。

 オルシニは、客として迎え入れた人間に殺されたらしい――そうだね?」


 オヅノが顎をさすりながらそう尋ねると、レオとロウガは揃って頷く。


「それも、表立って会うのは避けていた客だろうよ。

 今朝になっても、屋敷の焼け跡からオルシニ以外の死体は出なかったようだからな……あのとき、人払いがされていたのは間違いない。

 ――もっとも、そうすることを望んだのが、オルシニ自身か、それとも『客』の側なのかは分からねえが」


「ふむ……そのあたり、オルシニの使用人にでも探りを入れてみるとしようか。

 何か手掛かりが出てくるかもしれないし。ね」


「あとは……恐らくだが、自分が殺されることについて『アッカドのように』と言っていたな。

 それに、『まだあの娘の――』とも。

 ……特に後者については、何を指すとも知れないが」


 言って、レオは薄い林檎酒を舐めるようにちびりと口に含む。


「ロウガからも聞いたよ。

 で、そのアッカドなる人物についてはアタシに心当たりがあったから。ね。

 早速人を遣って調べたんだけど――」


「心当たりが? あった?」


 意外そうに驚くレオに、オヅノは頷いて続ける。


「相当に腕の良い細工師なんだけど。ね。

 偏屈だわ、商売熱心でないわで……まあ何というか、知る人ぞ知る、といった具合の知名度しかなくて。

 ただ、アタシたちほど遠方じゃないけど、それでもこの国では珍しい異国の人間だからね……まず当人に間違いないはずだよ。

 何より、オルシニの言葉通り死んでいることだしね――恐らく、一昨日には既に」


「……どうも昨日の昼間、運河に死体が上がっていたらしくてな。

 警備隊の調べによれば、酒に酔って転落しての溺死、だそうなんだが――」


 オヅノの話に付け足しながら、ロウガはイカの塩辛が載った皿をレオに差し出すが……レオは眉をひそめつつ、それを手で断った。


「――ま、そんなわけないよな」


「分かってるなら勧めるなよ」


「違う、そうじゃねえ。アッカドの死因だ」


「ああ……まあ、そうだな。

 溺死なのは確かだろうし、酒も入っていたかも知れないが、単なる事故ってことはないだろう――ん?」


 ……ことり、と。

 イカの塩辛を押し返したレオの前に、湯気の立つ長方形の皿が置かれる。

 載っているのは、濃い褐色の出汁(だし)がたっぷりとかけられた、白身魚の切り身だ。


「これは……カレイ、か?」


 レオの問いに、それを置いたオヅノは、さらに塗り箸を差し出しつつ笑顔を浮かべた。


「ご名答。カレイの煮付け。

 酒の肴って感じじゃあないけど、昼間っから酒だけお腹に入れるのもどうかと思うから。ね。

 それはサービスにしておくよ」


「……なら、遠慮無く」


 レオは、酒盗(しゅとう)を初めとする塩辛のような、東国風の珍味はどうにも苦手だった。

 それだけに、今回も一瞬は躊躇うものの……煮汁から立ち上る甘辛い香りに惹かれたのか、カレイに箸を伸ばすと、器用に身をほぐし取って口に運ぶ。

 ――箸の使い方は、オヅノに教わったものだ。


「どうだい?」


「……まあまあ、だ。

 やっぱりあれだな、この醤油って調味料を使って、ちゃんと火が通っている料理なら、問題なく食べられる」


 レオの言葉に、ロウガは喉の奥でくっくと笑った。


「ホントお子様だな、お前は」

「ああ? 舌の好みで大人と子供が分けられるか、くそったれ」


 不満げにそう口を尖らせながら、レオは箸の先をかちかちと打ち鳴らす。


「ところでレオ。

 オルシニの寝室で見つけたという覚え書き、見せてもらえるかい?」


「ん? ああ……そうだな。アンタなら何か分かるかもな」


 レオは箸を口にくわえると……。

 空いた手で、ベルトに提げたポーチから紙片の束を取り出し、オヅノに手渡した。




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