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梟の王子と鳩の王女  作者: 八刀皿 日音
Ⅰ章 央都の夜に、梟は黒い雪のごとく舞う

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15.奇妙な覚え書き


「テーブルに葡萄酒(ワイン)の入った酒杯が2つ、か。

 ……さっきまでの様子からしても、客として招き入れたヤツに刺されたのは間違いねえだろうが……。

 しかし正面から躊躇い無く、正確に胸を一突きで仕留めるとはな。それなりに殺し慣れてやがる」


 オルシニの死体の側に屈み込んだロウガは、まず眼前で両手を合わせ、東国風に一度拝んでから……開いたままの眼を閉じてやり、改めて死体を調べ始める。


「……それを見ると毎回、お前は信仰心が篤いのかどうか分からなくなるな」


 ロウガの挙動をちらとだけ目で追いつつ、レオは窓際に近付く。


 ――3つ並んだ窓の、端にある1つは大きく開かれていた。

 そこから下を覗き見れば、下の階の屋根が迫り出していて飛び下りるには丁度良く……ドアが施錠されたままだったことからも、殺人者がここから逃げたのは間違いなさそうだった。


「生き物はな、人も獣も、敵も味方も……死ねばみな(ホトケ)よ。

 だから、最低限でも礼を以て接する、ただそれだけのことだ――祖国(くに)じゃ当たり前なんだがな」


「……そうか。

 まあ、死者になおも唾吐くことを奨励するより、ずっと良いのは確かだろうが」


 答えながらレオは、オヅノが定住地をこの国に定めた理由の一つに、あらゆる事象にそれを司る神霊の姿を見、そして敬う、懐の深いこの国の多神教という信仰形態が、比較的祖国に近かったからだ――という理由を挙げていたのを思い出す。


 また、〈聖柱祭(グラン・グラツィア)〉という祭儀から明らかなように、この国において、すべての中心は神々ではなく〈一なる柱(プレマディウス)〉なのだが――これに神としての人格化をなさず、単に世界そのものと見なす、その大らかさもまた良いのだと。


「……そう言えば、〈聖柱祭〉が近いんだったか……」


 ふとした連想から、その言葉を思い出し、レオはつい苦々しげに奥歯を噛むが……ヘタな感傷に浸っている場合ではないと、寝室内の調査に戻る。


 先に断片的に耳にしたオルシニの言葉からも、彼が単に金のためでなく、彼自身による、大金を投じての何らかの不正な企みに絡んで殺された可能性は高いだろう。

 ……であれば、その企みは、思っていたよりもずっと危険なものではないか、ということになる。

 しかしここまで来た以上、何もせずに引き上げるという選択肢はなかった。


 ――ともかく、とレオは考える。


 公には出来ないような秘密を隠すなら、やはり身近な場所だ。

 そして、いくら私邸の中でも、ヘタな部屋に隠したりすれば使用人などを通じて外部に漏れる怖れがある――となれば手掛かりは、この寝室か仕事用の部屋、そのどちらかにある可能性が高い。

 そして、その中でも一番に考えられるのは鍵の掛けられた場所だ――と、レオは、ちょっとした書き物に使うらしい、小型の片袖机に近付いた。


「ホトケさんのガウンの内ポケットに鍵束があったが……使うか?」

「いや、いい。それはお前が使え」


 ロウガの申し出を素っ気なく断り、レオは鍵のかかった引き出しの解錠に取りかかる。

 片やロウガは、持ち上げた鍵束を所在なくぶらぶらさせながら、肩を竦めて衣装棚の方へ向かった。


 ……先日開けた隠し金庫はさすがの厳重さだったが、机は手軽さを重視しているのだろう――自身謹製の仕掛け合鍵を使うまでもなく、レオは鉤針金(キーピック)だけであっさりと鍵を開けてしまう。

 それは、鍵束の鍵をいちいち試して衣装棚を開けたロウガよりもよっぽど早かった。


「……なるほど。そりゃいらねえわな」


 レオの様子をちらと窺ったロウガは、衣装棚の中の衣服を手早く調べ、特に何も隠されていないことを確認すると――。

 引き出しの中身に興味を惹かれたのか、引き返してレオの手元を覗き込む。


 ……ちょうどレオは、主人の手による覚え書きらしい、数枚の紙片を手にしていた。


「覚え書きか。他の引き出しには?」


「替えのインクやらの筆記具だけだ。――これ以外は」


 言ってレオは、机の上に紙片を広げる。


 文字を判読するには余りに頼りない月明かりしかなかったが、〈(フクロウ)の目〉を持つレオはもちろんのこと、ロウガにも鍛え上げられた夜目があるので、読むには困らない。


 ほとんどは、商人としての取り引きについてのものらしい、相手の名前や内容、日時などが走り書きされたものだったが――。

 その内の1枚、明らかに他と内容の違うものが2人の目を引いた。


 ……それは、幾つかの名前らしきものが羅列してあるだけの紙だ。

 ただし、その名は端から1つずつ線を引いて消されてあり――最後の1つだけが、くるりと丸で囲んである。


「……あん? ンだこりゃ……誰かの名前、いや――地名、か?

 央都じゃねえよな?」


「地名だな。これは北東の方、かつてのアルティナ皇国領の――」


 言いながらさらに何かに気付いたのか、レオはトンと机を指で打った。


「――戦場になった場所……か? アルティナ戦役のときに」


「アルティナ戦役、って言や……確か……。

 15、6年前にあった、北の大国ゾンネ・パラス神聖帝国との戦争――だったか」


 確認するロウガに、レオは頷いて答える。


「ああ。……100年以上前、このソフラム王国と(たもと)を分かち、分離・独立したアルティナ皇国――。

 長い間不和にあったその皇国と、親父――ガイゼリックは関係改善を成したわけだが……それが、かつて皇国の独立を影で支援したとも言われている、皇国の旧来の同盟国ゾンネ・パラス神聖帝国の怒りに触れたのか、ある日神聖帝国はその強大な軍事力を以て皇国を強襲した。

 皇国はソフラムに救援を求めたが間に合わず、大敗し、滅亡――。

 そしてその勢いに乗じて、ソフラムとの国境まで侵そうと進軍してきた神聖帝国勢を、迎え撃ち、旧皇国領の外まで追い返した戦い。

 ……簡単に言えばそれが、世に〈アルティナ戦役〉と呼ばれているものだ」


「あ〜……その辺り、概略はさすがに俺も聞いたことがある。

 ――で、なんだ、そのとき戦場になったのが、この地名の場所だってのか?」


 レオの眉間に、機嫌の悪さを顕わすように皺が寄った。


「中でも……あのくそったれな親父が、直接前線に出陣したところだろう。

 ガキの頃、いちいち爺やに報告を受けていたから、良く覚えてる。

 ……単に戦場になっただけの場所なら、もっと多いはずだしな」


「……あー……なるほど、な」


 その一言に色々な意味を込めて、ロウガは相槌を打つ。


「しかし、どうしてそんなものをオルシニは……。

 それに、このマークは何だ? どうして最後のアドラ盆地だけに……?

 ここは、確か――」

「おい待て」


 思わず思索に耽りそうになったレオは、ロウガの鋭い一言で我に返る。

 何事かと問い返そうとしたところで、彼もまた周囲に起こった異変に気が付いた。


「この臭い、まさか……!」


「……間違いねえな、火だ。しかもこの勢い、十中八九付け火だろうよ。

 俺たちの存在を知ってかどうかはともかく、燃やして何もかも灰にしちまおうって魂胆か」


 言いながらロウガは窓際へ行き、そっと外の様子を窺う。

 ……立ち上り始めた黒煙の合間から見下ろすと、屋敷の周囲に、火の手に気付いて家を出てきた野次馬が、少しずつ集まり始めていた。


「マズいな。このままだと、燻製になるより先に抜け出す隙が無くなる。

 ――レオ、考えるのは後だ、とにかくここから逃げるぞ……!」


「ああ――!」


 机に広げていた覚え書きをさっとまとめて懐に入れると、ポーチから取り出した固飴(かたあめ)を1つ、口の中に放り込んで――レオは頷いた。




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