後編
父の死から数日後。私はどうしても納得ができず、釣り船屋に訪れていた。
「……だから、私たちも知らないんですよ」
何のことを訪ねているかというと、鈴の音の正体だ。釣り船屋は何か知っていそうだったが……結果はわからずじまいだった。正直、父の死と関係があるのかどうかもわからない。それでも、どうしても正体が気になるのだ。
「そこまでいうなら、行ってみますか? 音が聞こえる保証はないですし、命の保証もないですが」
脅しのつもりだったのだろう、その提案に……
「よろしくお願いします」
私は乗った。
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さらに数日後の深夜。私は船に揺られていた。釣り船屋は渋々といった様子だったが、私としてはどうしても確かめたいのだ。父は、あの日何を見たのか。それが父の死に関係あるように思えてならない。
「そろそろですよ」
釣り船屋が合図をくれる。いつもこのあたりで音を聞く人がいるという。なぜか釣り船屋は聞いたことがないそうで、始めは信じていなかったらしい。尤も、今となっては不吉の予兆として聞いたら逃げるようにしているようだが。
「………」
船頭で耳を澄ませる。エンジンの音。波の音。見渡す限りの闇。何も見えてなくても怖いと思えてくる。そのまま数分経過し……
「……ん?」
何か、金属音のようなものが聞こえる。これは……鈴の音だ。
「聞こえた!」
釣り船屋に声をかけ、周囲を見渡す。音の方向は、海の向こう。父の言う通り、シャン、シャンと間隔をあけて音は聞こえてくる。私は、すぐに双眼鏡を取り出し、音のほうを見る。そこには……
「……嘘だろ」
そこには、人がいた。海面に立っており、こちらに向かって近づいている。歩いている様子はなく、すーっとこちらに向かってきていた。両腕はだらんと前に垂らし、頭は、無い。白い服には大量の鈴が縫い付けられており、あれが音の正体のようだ。
「く、来るな……!」
口ではそういいつつも、迫りくるそれから目を離せずにいて……それは目の前まで迫ってきて。
「……っ!」
衝突することなく、通り過ぎていく。音も徐々に離れていく。
「もういいでしょう、帰りますよ!」
釣り船屋が船を陸に向かわせ始める。父は、あれを見たのか。けど、あれがなぜ船が沈む原因に……私は、もう一度去っていった方に双眼鏡を向け、のぞき込む。もうあの人は見えない。では、どこから来たのだろうか。今度は先ほど同様、来た方へ向けると……
「……う、うあああああ!?」
先ほどの人が来た方の海面から、無数の手が生えてきていた。それは手招きしているようにも見え、あまりの不気味さに双眼鏡から目を離す。だが、手はもはや船のすぐ下の海面にも見えており。
「は、早く逃げて!」
釣り船屋を急かす。訳が分からないといった様子の釣り船屋は、船の速度を上げると、すぐに海面から手はいなくなる。
「もうこれで勘弁してくださいよ」
陸に着き、釣り船屋と別れて、私は家に帰る。あれは何だったんだろう。海で死んだ人たちの魂が、とか想像はできるけど……ともかく、夜の海には近づかないようにしよう。そう心に誓うのだった。
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「なぁ知ってるか、こないだ乗せた客」
「え? ああ、鈴の音を聞きに行ったやつのことか? 父親が死んだからって色々調べてた」
「そうそう」
「あいつがどうかしたのか? 俺の船でも騒がしくてかなわなかったけど」
「昨日、海に落ちて死んだらしいぜ」
「え……」
「父親と同じ死に方で、警察も不審がってるよ。ただ、父親とは違って、そいつには体には無数の手跡が残ってたらしい」
「な、なんでまたそんな……」
「さぁな。俺らにはわからんよ。ただ……海の上で鈴の音が聞こえたなら、すぐに引き返せってことだな。呪われたくなければ」
完