前編
これは、私の父から聞いた話だ。最近、父は夜釣りにハマっていて、家の近くに海があるからと、深夜堤防でイカを釣ったりしては私達に振舞ってくれる。その趣味は高じて、釣り船屋を雇い、船に乗って沖にまで出るようになった。こちらとしても新鮮な魚が食べられてうれしいのだが、ある時を境に父は夜釣りに行かなくなった。なぜかと聞いたところ……
「真っ暗な海の上で、船に乗って周りを見るんだ。他に誰もいない、陸は遠く、船のエンジンの音と、波の音しか聞こえない。でもな。急に聞こえてきたんだよ」
「何が?」
「多分、鈴の音」
「鈴?」
「鈴と言っても、わしらが持ってるようなのじゃなく、よく祭事に宮司が持ってるような、鈴がたくさんついたやつだ。一振りでシャンシャン鳴るやつ。いや、それかは分からないんだけどな。とにかく、シャン、シャンって聞こえてきたんだ」
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父は周囲を見渡したが、当然何もいない。釣り船屋の人に尋ねるが。
「そんな音は聞こえないですよ」
しかし、音は少しずつ大きく、テンポも早くなっていく。始めは、シャン、シャンと間に数秒あったが、今はシャンシャンと間を置かなくなっている。それに加えて大きくなっていくのは、まるで足音のようにも思える。父は音の正体を確かめようと船頭に向かい、周囲を見渡した。もうすでに船の近くまで音の正体は近づいているように思っていたのだが、音はついには耳の横で聞こえ。
「!?」
かと思うと、左から右に通り抜けていき、音はやがて遠ざかっていく。
「今の……」
「通り過ぎました?」
「え!?」
父は、釣り船屋の言葉に驚く。
「知ってたんですか?」
「実はこの辺では有名なんですよ。正体は知りませんけど、あの音を聞いた人がいたら、早く帰った方がいいって」
「それは……どういう意味で帰った方がいいんですか?」
「過去にあの音を聞いてそのまま居座った船は、沈没してます」
「ち、沈没?」
「だから、すみませんが今日は帰りますよ」
「はぁ……」
気になるが、仕方ない。父は、帰り始める船の上から音の方向を見る。ふと、双眼鏡を持っていることを思い出し、覗き込む。そこには……
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「………」
「……な、何がいたの?」
突然黙り込む父に、先を促すが何も言わない。
「あれは……言葉で説明するのは難しい。けど……間違いなく、この世のものじゃない」
そういう父は青ざめ、気分が悪そうだ。
「そこで止められると気になるんだけど……」
結局父はそれ以上教えてくれず……数週間後に、海に落ちて……亡くなった。
続く