学校一の美少女に告白したらOKもらえたけど「吊り橋効果」を利用してさらに惚れさせるため日本一怖い吊り橋に行くことにした
ある高校の放課後、教室に二人の男女がいた。
一人は蓮見錬司、目立つタイプではないが、整った顔立ちをしている男子生徒だ。
相手は西条ひとみ。長い黒髪、透き通るような白い肌、令嬢のような落ち着いた雰囲気を持ち、ブレザーがよく似合う、学校一の美少女とも噂される女子生徒である。
「どうしたの、蓮見君。私に話って……」
「あ、あの……」
錬司が意を決する。
「西条さん……君のことがずっと好きでした。俺と付き合って下さい!」
相手は学校のアイドル。無謀な勝負であることは自覚していた。しかし、勝負に出ずにはいられなかった。
返事は――
「はい……よろしくお願いします」
驚く錬司。
「本当に!?」
「うん……私も蓮見君のこと、好きだったから……。真面目で、優しくて……」
「あ……ありがとう!」
こうして付き合うことになった二人。
「さっそく……今度の日曜、二人で出かけない?」
「え、デート……? もちろん、いいけど……」
「デートというより……吊り橋に行きたいんだ」
「吊り橋……?」
きょとんとしてしまうひとみ。
「西条さん、“吊り橋効果”って知ってる?」
「何となくは……。確か男の人と女の人が吊り橋にいると、ドキドキしちゃって、恋仲になっちゃう……みたいなやつだよね」
「その通り」
「それがどうかしたの?」
「俺はこうして西条さんに告白をして、OKをもらえた。だけど所詮はできたてのカップル。いつ破局するか分からない。だからそれをさらに盤石なものにしたいんだ」
「盤石……」話が見えないひとみ。
「つまりだね、二人で吊り橋に行ったら“吊り橋効果”のおかげで、西条さんがさらに俺に惚れてくれるはずだろう? そのために二人で吊り橋に行きたいんだ!」
今のひとみの錬司に対する好感度を仮に100とすると、それを120にしたいから吊り橋効果を利用したいという提案である。
「話は分かったよ。でもこういうのって事前にネタばらししてたら、あまり意味ないんじゃ……?」
「まあね。でも俺、やっぱりこういうのはフェアじゃなきゃ、と思ってさ」
こういうのってどういうのだと思いつつ、ひとみはうなずく。
「まあ、別にいいけど。デートみたいなものだし」
「やった! どうせだったら“日本一怖い吊り橋”に行って、西条さんをさらに俺に惚れさせるぞぉっ!」
でかい声で自分の企みを暴露してしまう錬司。営業マンが客の前で「なるべく高値で売るぞ!」と言ってしまうようなものだ。
こうして吊り橋効果狙いの初デートが決まってしまった。
***
次の日曜日、錬司とひとみは鋭利ヶ岳にやってきていた。二人が住む町から電車で2時間ほどのところにある山で、いかにも険しそうな名前とは裏腹に、さほど標高は高くなく、山道も整備されている。
ここには「日本一怖い吊り橋」とも言われる吊り橋があるのである。
登山ルックでやってきた二人、さっそく山に入る。
「西条さん。吊り橋、楽しみだね!」
「うん、まあね」
山を登り始めて30分ほどで、問題の吊り橋にたどり着いた。
川を挟む崖と崖の間に設置された吊り橋の高さは30メートル、長さは60メートルほど。ロープと木の板で作られた橋だ。いかにも「ザ・古い吊り橋」といった外観で、実際にドラマ撮影などで使われることも多いという。
「じゃあさっそく渡ろう!」
「うん!」
二人は一斉に足を踏み出した。
一歩目を踏み出すと、予想以上に揺れる。橋自体は頑強で安全なのだが、なかなかスリルがある。
せっかくの吊り橋である。怖がりながらも楽しもうとするひとみ。
「こわ~い!」
「……」
錬司からの返事はない。
「抱きついちゃったりして……」
「……」
わざとらしく体を寄せてみるも、やはり錬司からは返事がない。
錬司が求めてるのはこういう反応ではないのかな、と反省する。
二人が橋のちょうど中間地点に差し掛かったところでそれは起こった。
錬司が突然こんなことを言った。
「ごめん……もう歩けない」
ひとみは錬司に振り返る。
「ど、どうしたの?」
よく見ると錬司の足が震えている。汗の量も尋常ではない。
「え、どこか怪我したの?」
「違うんだ……」
「じゃあ、どうしたの?」
「どうやら俺、高所恐怖症だったみたいで……」
「ええっ!?」
幸か不幸か、錬司は今までの人生で高いところから絶景を見るような経験がなかったらしい。家族や学校での旅行も高い山や建物に行くことがなかったのである。
だが、吊り橋を渡って初めて気づいた。高いところが恐ろしいと。
ひとみはすぐに事情を察する。
「分かった。引き返そう!」
「いや……ダメなんだ。ここまで来れたのも奇跡だった。もう一歩も動けない……」
「動けないって……じゃあどうするの!」
「俺……ここで暮らすよ」
とんでもないことを言い出した。しかし、目は本気であった。錬司は本当に一歩も動けず、吊り橋で一生を過ごす覚悟をしたようだ。
「なにを言ってるのよ!」
「本当にダメなんだ、ごめん……」
青ざめた錬司を見ると、責める気もなくなってしまう。泣きそうな顔で、錬司が言う。
「西条さん、一緒にデート出来て楽しかった……。俺のお父さんとお母さんによろしく……」
すると、ひとみは錬司の手を握った。
「え……」
「諦めないで。こうして手を握っててあげるから、何とか引き返しましょう」
「う、うん……」
ひとみの手のぬくもりを感じ、錬司がゆっくりと歩き出す。
「そうよ、その調子」
「ううっ……」
しかし、やはり無理だった。数メートルも歩かないうちに、錬司が止まってしまう。足が先ほどとは比べ物にならないほど震えている。時間経過とともに、どんどん恐怖が増幅しているのだろう。これはこれで「吊り橋効果」を堪能してしまっている。この足で残り20数メートルを歩くのは不可能だ。
ならばとひとみは決断する。
「私におぶさって!」
「ええっ!?」
「私があなたを背負って歩くわ! それならいいでしょ!」
「でも俺、60kgはあるよ? ただでさえ荷物があるのに……」
「いいから! ここは甘えてよ! 私たち付き合ってるんでしょ!? 恋人同士ってのはこんな時に愛が試されるのよ!」
やたら熱いひとみの言葉に、錬司も承諾する。
「分かった……!」
ひとみはリュックを前に背負い、背中に錬司をおんぶする。
「う……!」
確かに重い。
しかし、全く歩けないほどではない。
「蓮見君、行くよ! 目をつぶってて!」
「ごめん……!」
「私だってやりたくてやってるの。謝らないで」
ニコリと笑うと、ひとみは男子一人を背負って、吊り橋を引き返し始めた。
よく揺れる中、復路はなかなかはかどらない。
だが、ひとみは懸命に一歩一歩、吊り橋を引き返していく。
風が吹く。吊り橋が大きく揺れた。錬司が両腕の力を込める。
「あっ……!」
ああ、蓮見君の胸板の感触が私の背中に伝わる……ってこれ普通逆だよね。妙なことになっちゃったな。こんなことを考えながら、ひとみは歩く。
しかし、女子高生が男子高校生一人を背負うのは重労働である。5メートルほど引き返したところでひとみの足が止まってしまった。
「大丈夫!?」
「平気! 蓮見君はちゃんとおぶさっててね!」
再び歩こうとするひとみ。その姿に、錬司は勇気をもらった。
「待って! ひとみちゃん!」
自然と名前を呼んでいた。
「え……」
「俺、歩くよ! 歩けるよ!」
ひとみの背中から下りた錬司が、自分の足で歩き出した。小刻みに震えてはいるが、足取りは確かだ。
「いいよ、その調子! 錬司君!」
「ありがとう……!」
ひとみもまた、錬司を名前で呼んでいた。恐怖を克服しようとする錬司に強い感動を覚えていた。
「ゆっくりね! 一歩ずつでいいからね! 下見ちゃダメだよ!」
ひとみのアドバイスで、錬司の足も軽くなる。前を向いて、吊り橋を引き返す。
「あと少し!」
「うん!」
残り5メートル……4メートル……3メートル……。
やがて、ついに――
地面にたどり着いた。
「やったね! 錬司君! 偉い! 感動しちゃった!」
拳を握り締め、無邪気に喜ぶひとみ。
「ひとみちゃん……」
「ん? どしたの?」
「俺、君は可憐で清楚な子だと思ってた。だけどこんなに頼もしい一面もあったんだね……俺、惚れ直したよ……!」
惚れ直したと言われ、ひとみも照れてしまう。
ひとみに抱きつく錬司。
「ああ、錬司君……!」
ひとみもまた、吊り橋で怖がる錬司に母性本能をくすぐられてしまったのは事実だった。それに、吊り橋効果のことを自分からバラす愚直ともいえる正直さやフェアプレー精神も気に入っていた。そしてなにより、吊り橋を懸命に歩いた今の錬司は輝いていた。
「私も錬司君のこと、ほっとけなくなっちゃった。これからもよろしくね」
「うん……!」
ひとみをさらに惚れさせるため吊り橋効果を狙った錬司だったが、自分がさらにひとみに惚れてしまう結果となった。
***
休みが明け、しばらくして二人はすっかりクラス公認のカップルとなっていた。
ひとみが錬司に弁当箱を手渡す。
「錬司君、今日は約束通りお弁当作ってきたよ! 一緒に食べよ!」
「うん!」
中身は卵焼きやウインナー、サラダなどであった。どれも美味しそうだ。
これを見た一人の級友が言う。
「お前らすげえラブラブだなー、どうしてそこまで仲良くなったんだ?」
錬司が得意げに答える。
「これも吊り橋効果のおかげかな。ねえ、ひとみちゃん?」
「うん、そうだね!」
ひとみもまんざらでもない様子であった。
~おわり~
何かありましたら感想等頂けると嬉しいです。