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「当初の作戦とは多少変更があったものの、無事にレイシーを駆除。灰の採集にも成功。あとは報告書と灰の提出で、一旦終了、と」


 翌日の『和心茶房ありす』。土曜日の朝早くから、シロはチェシャ猫を迎えていた。

 暖かな日が窓から差し込む店内、シロは白地に黒猫の専用湯のみに和紅茶を注ぎ、チェシャ猫へと差し出す。


「お疲れ様でした」


「どうも」


 チェシャ猫が欠伸をしつつ、和紅茶に手を伸ばす。シロは盆を胸に抱き、彼を見下ろしていた。


「それで。ここからは反省会ね」


「ん」


 茶に伸びていたチェシャ猫の手が強張る。シロはにっこり笑ったまま、続けた。


「君、まーた愛莉ちゃんを危険に晒したね?」


「不可抗力だ。あいつがたまたま俺の仕事の邪魔をして、たまたまレイシーを廃屋に追い込んだ。で、たまたま残った灰を片付けた。俺が呼んだわけじゃない」


 あくまで淡々と言い訳をするチェシャ猫に、シロは大きくため息をついた。


「けど、愛莉ちゃんを建物の外にひとりぼっちで残したでしょ」


「それは……」


 レイシーが外へ出ないよう、愛莉で蓋をした。それはたしかに、チェシャ猫の裁量である。


「でも、連れて入ってもそれはそれで危ないだろ」


「そうじゃない! レイシーを諦めて、先に愛莉ちゃんを安全な場所へ送り届けるのが正解!」


 シロに叱られ、チェシャ猫は身じろぎした。なにか言い返そうとしたが、全く言い返せない。

 彼の思考より先に、シロが状況を言い当てる。


「さしずめその場を離れたら、またレイシーを見失ってコースを調べるところからやり直しになると思ったんでしょうね。またはレイシーと目が合って、警戒されたとか。その場にいなかった僕には、君の判断材料までは分からないけど……」


 きれいに整ったシロの顔に、静かな怒りが滲む。


「なにより最優先するのは、一般人の保護。これ鉄則。事情を知ってる愛莉ちゃんとはいえ、あの子は一般人」


「……っす」


 チェシャ猫はうだつの上がらない返事をして、和紅茶の湯のみを手に取った。

 シロは盆を抱えたまま、チェシャ猫に向かい合って椅子に腰を下ろした。


「それにしても。愛莉ちゃんの出現で、レイシーがルーティン行動を変えたんだね。愛莉ちゃんの明るさって、そんな能力もあるんだ」


「能力かもしんねえけど、少なくとも今回はマイナスに作用してるぞ。動きの読める相手だったのに、本番に限って違う動きしたんだからな」


「ははは。君も災難だったね」


 雑に同情してから、シロはテーブルに頬杖をついた。


「レイシー、建物に入ったんだったよね。レイシーって、廃屋だったら入れるんだ」


「そりゃあ、扉が開いていれば入れるだろ」


「あれ、話してなかったっけ。レイシーは基本的に、人の保有する建物には入れないんだよ」


 シロが話し出す情報に、チェシャ猫は口元で湯のみを止めた。


「なんだそれ、知らねえぞ」


「本当? じゃあ今覚えて。個人の住居、それから個人の持ち物は、外と内側が物理的に区切られて、内側は持ち主のフィールドになる。それはある種の結界になるから、レイシーは入ってこられないの」


 シロはちらりと、店を見回した。


「一戸建てでも集合住宅でも、住居という『人が住む場所』であれば結界になる。だからこういう人の行き交うお店は、レイシー入ってくる」


「住居が結界になるのはイメージしやすいが、持ち物ってどういうことだ」


「物に取り憑くってこと。よくある例がぬいぐるみだね。持ち主が大切にしているうちは普通のぬいぐるみなんだけど、捨てられて誰のものでもなくなると、レイシーが住み着いて怪奇現象を起こす」


 シロの話を聞きつつ、チェシャ猫は和紅茶をひと口飲んだ。シロはひょいと人差し指を立てた。


「ただし、例外もあるよ。住居なり物なりの持ち主が、レイシーを招き入れた場合。家主がレイシーを家に連れてきて、『入ってもいいか』と聞いてくるレイシーに『どうぞ』と答えるような、そういう応酬があれば、レイシーは結界を破る。物も同じ。レイシーに物を手渡してしまえば、それはレイシーのフィールドになってしまう」


「ふうん……じゃ、今回のレイシーが廃屋に入ったのは、廃屋が家主を失っていて、結界がない状態だった、というわけか」


 チェシャ猫が今回の件を思い浮かべると、シロは頷いた。


「レイシーに法律なんか関係ないんだもんね。保有してる権利者がいたとしても、人が暮らしていなければ結界にならないんだろうね」


 それからシロは、盆で腹を押さえて唸る。


「もしもその廃屋にいたのがレイシーだけじゃなくて、犯罪者が潜んでいたら……いや、レイシーと見間違えて、チェシャくんが愛莉ちゃんを撃ち殺してしまったら……」


 愛莉は過去に、レイシーに関わったために行方不明になった。それを反芻したシロは、思い出すだけで胃が痛む。和紅茶を啜り、チェシャ猫が呆れ顔をする。


「そんなミスするかよ。あんた、最悪な想定するの得意だよな」


 心配なのは分からなくもないが、シロは過剰なほどネガティブである。

 シロは盆を抱きしめ、チェシャ猫を上目遣いに見つめた。


「だって怖いじゃないか。こんなことでチェシャくんも愛莉ちゃんも失ってしまったら……。今回は怪我がなかったからよかったけどさ。心配で心配で仕方ないんだよ。愛莉ちゃんは他所のうちの大事な娘さん。僕らのせいで事件に巻き込まれでもしたら……」


 シロは心配性でネガティブで、臆病だ。

 その面倒くさい性格は、本人も自覚しているし、ビジネスパートナーのチェシャ猫も理解している。


「なら、あんたからもあいつに言っておいてくれ。俺にちょっかい出してくるなと」


 チェシャ猫がそう言った矢先、店の扉が元気よく開き、鈴がチリンチリンと鳴り響いた。


「おっはよー! よし、やっぱりチェシャ猫くんいる。昨晩はお疲れ様!」


 明るい声の主は、愛莉だ。強制的に照らすような元気のよさに、不安げな顔をしていたシロがハッとする。


「いらっしゃい、愛莉ちゃん。今日はシフト入ってないよね?」


「うん、お泊り会の翌日だから休もうと思ってたんだけど、全然眠くないし元気だから、お客さんとして来ちゃった」


 愛莉がパタパタと駆けつけてきて、チェシャ猫の肩にぎゅっと抱きつく。


「それにそれに、昨晩までチェシャくんお仕事してたから、今日はシロちゃんに報告に来てるかなーって。予想的中。会えてハッピー。愛の力だね」


 無邪気にくっついてくる愛莉に辟易して、チェシャ猫はがくりと項垂れた。


「シロさん、今だ。あんたからも言ってくれ。俺にちょっかい出すなと」


「楽しそうでなによりだよ。愛莉ちゃん、なに飲む?」


 チェシャ猫の嘆きを聞き流し、シロはカウンターへと入った。

 彼の手には、白地にハートの湯のみ。愛莉の目が輝く。


「えへへ、今日はね――」


『和心茶房ありす』。そこはビジネスライクな霊障退治屋、狩人たちと、彼らに懐いたひとりの少女の、騒動と安らぎの場所。

 これはそんな彼らの、非日常的な日常の物語である。

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