全てを捨てられる、覚悟
朝、目が覚める。この天井を見るのも慣れてきた。
お姉さまの実家で冬期休暇を過ごさせて貰うことになってしばらくの時が経った。
それまでは漠然とお姉さまとこのままお付き合いを続けて行くイメージしかなかったが、実際お姉さまの実家で過ごすようになり、イメージが鮮明になっていくのがわかる。
ここの人たちはみんな良い人たちで、私にも親切にしてくれるし私の行動にも受け入れてくれる。
いつしか、私は将来ここに住むのだという意識を持つようになり、その先にある幸福を思い描きながら、少しずつ様々な家の運営に携わらせて貰うようになった。
お姉さまの両親代わりでもあるアランさんとは、私の護衛ということもあり良くお話するのだが、いまいちご納得をいただけていないのはわかる。
アランさんにもご納得いただいた上で、私はこの家に受け入れられたいなと、切に思う。
私は身繕いをして、外にでる。
アランさんはもう部屋の前で待機していてくれたようだ。
「アランさん、その顔の傷はどうしたんですか!?」
彼の額を見ると、見事なたんこぶが出来ている。
「昨晩、久し振りにお嬢様と乱取りをしたところ、見事にやられてしまいまして…。」
「乱取りといえど限度があります!お姉さまを叱っておかねばなりませんね!」
「それは勘弁してやってもらえませんか。悪いのはお嬢様を舐めてかかった私なので…。」
「アランさんもですよ!?そこまでやる馬鹿がどこにいるんですか!」
全く、二人ともなにをすればそんな怪我をするのか。
もう少しおとなしくしていただきたいものだ。
「とりあえず氷をいただいて参りますから、今からでもお冷やしになってください。よろしいですね?」
「え、ええ。わかりました…。」
私は氷をすぐさま持ってきてもらうと、アランさんに額を冷やして貰う。
「ありがとうございます。リシア様。」
「感謝より反省です。良いですね?」
「はい…。申し訳ありません。」
私がそうたしなめると、申し訳なさそうに謝る。
この程度にしてあげよう。
「リシア様。お嬢様のところへ行かれる前に少しお話しさせていただいてもよろしいですか?」
「かまいませんよ。何でしょう?」
「リシア様は、もしお嬢様が他の人と結ばれた方が幸せになるとしたら如何しますか?」
「あのお姉さまがそんなことになるとかあり得ます?」
「万が一ですよ。万が一。」
「んー、そもそも勘違いされてると思うんですけど、私お姉さまの為に何かしたことってないんですよ。」
「ほう?いつもお嬢様のためにいろいろな行動をされているように見えますが?」
「それは、恋人のお姉さまが幸せだと、私も幸せだから、そうしているのであって、私はお姉さまの為にやっているわけではありません。」
同じように聞こえるかもしれないが、私からすると二つは大きく違う。
私がお姉さまにしていることは、いつだって私のエゴだ。
「だから、お姉さまに幸せになって欲しい、じゃないんですよ。私がお姉さまを、幸せにしたいんです。」
「ははぁ。なるほど。」
「お分かりいただけますか。ですから、私から身を引くことはないかと。ただ、必ずお姉さまを幸せにするつもりですけどね。」
「リシア様のお考えは良くわかりました。」
アランさんは一つ、満足げにうなずく。
いつかこういった話になるとは思っていたので、いい機会だ。
「ですが、もちろんお分かりのことと思いますが、リシア様とお嬢様ではお子を成すことは出来ません。その事について考えられたことは?」
「偶然、私とお姉さまの性が同じだったが為に出来ないことがあった。少なくとも、私はそう捉えております。」
何に軽重を置くか、それは人次第で。
多くの人が重きを置くことより、私はお姉さまの方に重きを置いた。
ただそれだけのことだ。
「そんなことは大したことではないと?」
「仮に、私たちが異性同士の組み合わせであっても、私はお姉さまに恋したでしょう。それはきっと、変わらないことです。」
「その結果、絶えてしまう血筋があったとしても?」
「私が恋したのはお姉さまであって、ローエンリンデの血ではありませんから。ローエンリンデの家を愛している方々には申し訳なく思いますが。」
もちろん、すべてが幸せになれる様な選択肢があるなら、それが一番だと思う。
でも、少なくともこの案件に関してはそんなものはないのだ。
ならば、私は何事よりもお姉さまと結ばれることを一番にする他ないだろう。
「…実は、この怪我は昨晩、お嬢様と果たし合いをしたときに出来た物でして。」
「果たし合い、ですか?」
「ええ、私はお嬢様とリシア様の婚約について納得出来ないと、面と向かってお伝えしました。そしてお嬢様はお嬢様で譲ることは出来ないと。ならば果たし合いにて話をつけるのみ、ということになりました。」
「何やってるんですか!?」
ローエンリンデの武の気風だかなんだか知らないが、そういうのはしっかり話し合いで解決して欲しい。
「お恥ずかしながら、私は油断しておりました。確かにお嬢様は剣については稀代の天才でありますが、それは過去の物。今の体調なら時間さえ稼げば勝てるだろうと。」
「そうではなかったと?」
「お嬢様は、愛し磨いてきた剣で、向かってくるだろうと、勝手に考えておりました。…いえ、昔のお嬢様であればそうだったと思います。」
「剣を使われなかったのですか?」
「いえ。ですが、数度切り結び、お嬢様の予想以上のキレのなさに、私が切り込もうと一歩前に出た瞬間、片足がずっぽりと落とし穴にハマりまして。それで体勢を崩した私にゲンコツ一発、ごつんと加えられてしまいました。あれは愉快だった。」
アランさんは愉快そうにお腹を抱えて笑う。
痛い目にあって笑うのも変な感じだけどな。
「聞けば、こうなると思って数日前から用意していた穴ということ。私はすっかり誘導されておりまして。」
「それは、ありなんですか?」
「私も剣を持つもの、またローエンリンデの人間としての矜持はないのですか?と聞いたところ、『それすらリシアの為なら捨てられるという、私の覚悟だ』と一蹴されてしまいました。」
「お姉さま、そういうところありますよね…。」
私の為なら何でもやりかねない。困った人だ。
「そして今日、リシア様からも同じ様なことを言われてしまいました。こうなると私の勝ちはどこにもありません。」
「ということは…」
「少なくとも、この家にお嬢様とリシア様の婚約について反対するものはもうおりませんよ。」
「本当ですか!?」
いつかそうなれば良いと思っていた。
そのために何が出来るか、いつも考えていた。
でも、こんなに早くその時が来るなんて思ってもみなかった。
なんだか、夢みたいだ。
「ありがとうございます!これからもローエンリンデの人たちに認め続けていただけるよう、頑張ります!」
「ええ。これからもよろしくお願いします。」
アランさんが笑う。
彼が私に心からの笑顔を向けてくれたのは初めてかもしれない。
「こうなれば、一刻も早くお姉さまの元へいかねばなりませんね!」
「ええ、喜びを分かち合いになればよろしいかと。」
「いえ、果たし合いについてお説教しないと…」
「え、そういう流れなんですか?」
何の理由あれど、話し合いで済むものを勝手に無茶して暴力で解決したのは許されないことだ。
喜びを分かち合うのは、その後かな。