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主人公は悪役令嬢と仲良くなりたい  作者: SST
第五章 そばにいて
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紋章の刺繍

私はちょうど声をかけてくれたカイト様に事情を説明する。


「こう言うわけで、今日大事な話があるってお姉さまに…。」

「なるほど。んなもん勘違いするだろうよ。あのレベッカ嬢だぞ?」

「いやー…ここまで嫉妬しいの不安がりだと思わなくて…」

「とにかく、それはリシア嬢が悪い。とりあえず場は用意してやるから、今日あるのは誕生日パーティーだと伝えて誤解を解け。いいな?」

「はい、すいません…」

「おい、シンシア!見てるんだろ?レベッカ嬢の場所はわかるか?」


えっ、シンシア様が近くにいらっしゃるんですか??


「はい、今は御手洗いで一人涙を堪えてますね。」


本当に居た。びっくりなんですけど。どうしてここに?というか、何故居場所を?


「大事故じゃねえか。シンシア、とりあえずレベッカ嬢を呼んでくれるか?」

「わかりました。この場でお待ちください。」


そう言うとシンシア様がお姉さまを呼びにいく。


「いつの間にシンシア様と仲良く?」

「おまえ等二人のせいだよ。応援するもの同士、手が掛かる二人を支えるには仲良くしておいた方が都合がいい。」

「へぇ…」


なにやらフラグの起こりを察知したような気がするけど、特に触れることはない。

周囲は手を出さず、二人で暖めるべき仲だろう。


「レベッカ様をお呼びしました。」


早っ。予想以上に早くてなんの心の用意もしていない。

お姉さまを見ると目が赤い。涙も爆発寸前のようだ。


「リシア、捨てないでくれ…!私、何でもするから…気に入らないところがあったら変えるから…!」


そう言った瞬間堰を切ったように涙を流し、私にすがりつく。


「わー!待って!待ってください!お誕生日パーティーをやるんです!お姉さまの!!別れ話なんかじゃないです!!だから落ち着いて!!」

「誕生日パーティー…?」

「そうです!お姉さまの!今日ですよね?」

「…そういえばそうだったな…」

「忘れていたんですか?」

「…ああ、ここ数年は祝っていないからな。」


どうやら婚約者のエドワードも一度も祝っていないらしい。姿を消した今年はともかく、あいつめ。


「とにかく!その用意でここ数日頑張ってたんです!!別れ話で悩んでたとか、そう言う話では全くないです!!」

「…………良かったぁ……」


また大粒の涙をぽろぽろと流し始めたお姉さまをなだめる。すごく申し訳ないな。


「ごめんなさい。変に溜めず素直に言えば良かったですね。ただただごめんなさい。」

「私こそ…でもリシアに捨てられたらと思うと不安が募って…」


家族を失ったお姉さまにとって、私は唯一の家族のようなものでもあるのだ。それをすっかり失念していた。

大事な物を二度失うなんてこと、したくないよね。


「これがあのレベッカ嬢か…」

「変わりましたよね。」

「弱くなったと、自分でも思う…」

「俺は良いと思うぜ?人間らしくてな。」

「今までのお姉さまレベッカ様がストイックすぎた節はあります。」


周囲もお姉さまのフォローに入ってくれる。私の考えが甘いがためにご迷惑をおかけしたなあ。


「その、数日頑張って作った手作りの料理やプレゼントもあるんです。来ていただけますか…?」

「もちろん。…嬉しい。」

「はい!」


◆ ◇ ◆ ◇


「ハッピーバースデーお姉さまー!」


お家にやってきてくれたお姉さまに向けてクラッカーを鳴らす。


「飾り付けは私もしましたし、お料理もカツサンドとちょっともろもろを自分で作ったんですよ!ケーキは、お店で一番甘いくらいにしてくださいとお願いしました!」

「私のためにここまで…。」

「ケーキ、最初のひとかけらは私の手から!お姉さま、はい、あーん。」

「あーん。うん、とっても甘くて美味しいな…」


お姉さまの雰囲気が綻ぶ。これが見たかった。


「ふふ、良かったです。その、今朝はごめんなさい。」

「私こそ申し訳ない。リシアは大丈夫と言ってくれるが、やはり、不安なんだ。」 

「それほど大切ってことなんだなと。私もお姉さまを不安にさせるようなことは気をつけます。」

「ありがとう。…本当に、私は弱くなった。でも幸せだ。」


私の肩にかかる人の重さがただ心地よかった。


◆ ◇ ◆ ◇


「本当においしかった。リシアの手料理は最高だ。」

「お粗末さまでした。喜んでくれて良かったです。」


元々食が細かったお姉さまは、この頃よく食べるようになった。

今日も二人では多いくらいの量を用意したのだが、ペロッと平らげてしまい、結構驚いたのだ。

実は昔は健啖家だったりしたのだろうか。それとも、私の料理だからか。

後者だったら良いなと思う。自惚れ過ぎかな。


「えーっと、その。」

「うん?どうした?」

「完徹テンションで仕上げたので、冷静になって見返すと無様というか…お目汚しというか…」

「ああ。手作りで作ってくれたというプレゼントか。」


こんな出来ではお姉さまに見せられない、といった仕上がりだった。

これを渡すわけにはいかないよなあ。


「そうなんですけど、出来がよくないな、と。後日、またお店に頼んで…」

「私は、それが欲しいな。リシアが一生懸命作ってくれたプレゼントが欲しい。」

「本当に、本当に見た目が良くないんです。見せるわけには…」


お姉さまは何も言わず、ただ私の目を見つめる。

目は口ほどにもものを言うという言葉があるが、私は今まさしくそれを感じている。


「その、じゃあ私がしっかり練習して…」


ダメだ。ただ目から伝わってくる。ただそれが欲しいと。


「…後悔しても知りませんよ?その、これなんですけど…」


あきらめて私は刺繍入りのハンカチを差し出す。

お姉さまの家の紋章というより、謎の前衛芸術だ。


「刺繍入りの、ハンカチ。…これは本当にリシアが?」

「え、ええ。お恥ずかしながら…」

「これは私の名前だよな。こっちは家の紋章か。」

「よくわかりましたね、ひどい出来でしょう?」

「リシア、ありがとう。」


お姉さまが痛いくらいに力強く私を抱きしめる。逃れられない。


「家の紋の刺繍入りのハンカチを恋人に贈る意味合いは、わかっているよな。」 

「…はい。」 

「私の家の紋をハンカチにずっと刺繍してくれるって意味で良いんだよな。」

「はい。」

「…私、正式にエドワードとは婚約破棄することを決めたよ。」

「それは、その。」


つまり、それはたぶん。


「日々、体調が良くなっていくのがわかるんだ。近いうちに、ちゃんと剣を持って戦える日が、来ると思う。…そうしたら、私は改めて当主となれるよう動く。」

「それって。」

「正式に婚約破棄を申し入れて、しっかり学園を卒業して。その後もし、当主になれたら。いや、当主になる。そのときは、また私のハンカチを刺繍してくれないか?」


それは、プロポーズという奴で。体がまるで、気球のように浮かぶような。気持ちは最早空に浮いていて。


「わたしが、言うのもなんですけど、あ、跡継ぎとか…」

「そんなものは養子でも取ろう。元々私が当主にならねばそう言うつもりだったしな。」


そんな。


「出来の悪い刺繍のハンカチのお返しにしては随分大層だと思いますよ?」

「私がリシアを欲しいと思ったから呉れと言っているだけだ。」


胸がドキドキして。


「当主になるのは大変じゃないんですか?」

「一度却下された身だ。至難の道だろうな。でも、リシアがともに歩んでくれるなら、私も歩める。」


頭が真っ白になって。


「私で、良いんですか?」

「星を二人で見た日の私と同じことを言っているな?なら、わかるだろ?」


でも、体は勝手に返事をする。


「リシア、愛している。私の物になって欲しい。」

「…はい。」


その返事を返したとき、初めてお姉さまの自然な満面の笑みを見た。



◆ ◇ ◆ ◇


夜、二人ただ仲良く誕生日パーティーを過ごした後の終わりの時間。

ただ幸せで、何があったのか、あまりわからない。

お姉さまも同じだと思う。


「リシア、ハンカチありがとう。大切に使わせて貰う。」

「あんまり人前で使わないでください。その、出来がよくなるよう練習しておくので。不出来なのは隠れて使ってもらえると…」

「それは無理だな!明日には自慢している自信がある。」

「もう。やめてくれないなら二度としませんよ?」

「頼む!そこをなんとか!絶対我慢できず自慢してしまう!」

「そこは強くなってくださいね。お姉さま?」


そこの意志が弱いのは私、許しませんからね?


「…そろそろ帰る時間だ。」

「ええ。名残惜しいですね。」

「私の誕生日はまだ少しだけあると思わないか?」

「そうですね。日が変わるまでは誕生日ですから。」

「………日が変わるまで、そばで祝って欲しいなと。」

「今日、とっても寝不足なので、しんどいんですけど。」


さすがに夜までは付き合いきれない。もうすでにかなり眠い。


「その、それなら寝てくれてていい。そばで寝てくれていれば。」

「いや、たぶん寝たら起きませんよ…?誕生日終わりまで祝えませんって。」


何が言いたいんだこの人は。今は余りに歯切れが悪すぎて言いたいことがわからない。

私も頭が回ってないし。


「…わかりにくい言い回しは良くないと、今日二人学んだばかりだったな。あー、その、うちで一緒のベッドで寝ないか。今日は。」

「ああ、そういう。お姉さまは寝れるんですか?私はたぶんふつうに寝落ちちゃいますけど。」

「まぁ、寝れないだろうけどな。でも離れたくない。」


まあ、良いか。お姉さまのおねだりだし、眠くても誕生日くらいお願いを聞いてやろう。


「良いですよ。ちょっと支度しますね。」


かくして私は、お姉さまと共に向かい、共に夜を過ごす。

借り物の部屋で、恋人未満の時に二人で寝たベッドより、恋人の部屋で共に寝るベッドのが何倍も大事件じゃないかと気付き、頭を抱えたのはお姉さまのベッドの中ですぐに寝落ちて目覚めた翌朝のことだった。






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