線香花火、落ちて
お風呂上がり私は飲み物を買いに歩く。
「負けたらおごりな!じゃんけんぽん!」
「えっ!?はい!」
後ろから唐突にじゃんけんを挑まれ慌てて私はパーを出す。
「だーっ、負けた!仕方ねえ、俺のおごりだ!何が良い?」
「え、えーっと、では牛乳で…?」
「解った!お姉さん、牛乳とコーヒー牛乳一つずつ!」
「ありがとうございます…?」
「やー、小銭握ってる手ならパーは出せまいからグー出しとけば負けねえと思ったのになあ。」
そこで私は思い出す。
これ、攻略キャラのカイト・ハミルトンのランダムイベントだ。
廊下でぶつかって出会う予定が、お姉さまが私を庇ったことで壁にぶつかった彼だ。
一定確率で避暑地のお風呂上がりに発生して、選択肢でパーを選ぶと勝っておごってもらえ、チョキを出すと負けておごらされる。
何故パーなのかはカイトの言った通りだ。
このイベントはランダムの代わりに勝っても負けてもそこそこ好感度が上がる良イベだったりする。
「ふふ、目論見が甘いですね。カイト様?」
「お、名前覚えててくれたのか?リシア嬢。」
「クラスメイトだし当然では?」
「リシア嬢はレベッカお姉さま一筋なのは周知の事実だからな?」
「ま、まぁそうですけど…。」
それを言われると弱い。このゲームの攻略キャラのほとんどと結局ルート開拓出来てないし。
「レベッカ嬢の作ったあの流しそうめん?っての?凄いな!あれ!まさかあそこでそうめんが一回転するとは!」
「ですよね!?竹で一回転ループ作るとか頭おかしいですよね!?」
「本当にな!その後の滝登りもヤベえし!」
「どうやったらそうめんが滝登ってくんですかね!?あれ原理わかります!?」
「解るわけねえだろ!人間じゃ無理だ!」
お姉さまの作った流しそうめんスライダーについて盛り上がる。
ここにもお姉さまのすごさを解っている人がいるとは。カイト、良い人ですね!
そうやっていただいた牛乳を飲みながら話していると、お風呂の入り口付近に出てきたお姉さまが立っているのを見つける。
やっとサウナから出てきたのか。目があった、きっとこっちに…あれ、行っちゃった。
「ごめんなさい、お姉さまがお風呂から上がったみたいなので行きますね!牛乳、ごちそうさまでした!」
「おう、次は勝っておごってもらうから気にすんな!」
このイベント、避暑地にいる間は何度でも発生するから場合によっては何度も何度も見ることになるからな。
それまであげてたほかの攻略キャラの好感度をこのイベント連打で上回ってしまって泣く泣くカイトルートに行くこともままあった。
ゲームだと毎回彼はグーを出すのだが、ここではどうなんだろう?
まぁそんなことよりお姉さまだ。
先に部屋に帰ったのかな?
「お姉さま、いらっしゃいます?」
「リシアか、今開ける。」
「体調はいかがですか?」
「ん、どうしてだ?」
「いえ、私をおいて先に帰ったように見えたので…」
「ああ、カイトとの話の邪魔になるかと思ってな。」
「そんなのお姉さまが気にする必要ないですよ~。それよりお姉さま、花火しにいきましょう!」
今晩は花火をしてから屋上で天体観測をする欲張りセットだ。
お風呂に入っているときからすごく楽しみにしていたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「まずは基本の手持ち花火ですね~」
「こういうものもあるのだな。」
「あれ、お姉さまは花火ご存知ないのですか?」
「知っているが、私の知ってる花火は空に打ち上がる奴だな。」
「ああ、あれは個人で大規模には難しいですねえ。」
「そうなのか?領地では夏場によく見たものだ。」
さすが公爵家。花火をしようとなると花火大会になるのか。規模が違う。
「とはいえ、この手持ち花火というのも良いな。風情がある。」
「ですよねえ。私もどちらも好きです。」
「これは噴き出し花火ですね。火をつけるとこの筒から勢いよく花火が噴き出ます。」
「おお…これは持って戦えそうだな!」
「やめてくださいね?」
小学生男子か。
「次はロケット花火です。遮るものがないからよく飛びそうです。」
「見ろリシア!あんなに飛んだぞ!これだけ飛ぶなら遠くからエドワードを狙撃出来そうだな!」
「やめ…それいいですね?」
エドワードがうろついてないか探して見たが見あたらなかった。ちっ。
「これはネズミ花火といって、火をつけて投げると…このようにうろうろします!」
「お、おお?まるで本物のネズミのようだな!」
「ちょっと、どうしてこっちばっかり来るんですか!!」
ネズミ花火にひたすら追いかけられ酷い目にあった。
お姉さまはそれを見て笑うばっかりで助けてくれやしない。酷い人だ。
「最後はやはり、線香花火ですよね。」
「なんというか、綺麗だが儚いな…」
「どっちが長持ちさせるか勝負しましょう!負けた方は恥ずかしいことを一つ発表です!」
「恥ずかしいこと!?それは負けられんな」
二人線香花火を見つめる。
夜もすっかり静まりかえり、闇に包まれて、まるで世界に私たち二人しかいないような、そんな。
「…なぁ、リシア」
「はい?」
「リシアは…好きな人とか居るのか?」
「私の好きな人はお姉さまですよ?」
「そういうのじゃなくて…なんというか、こう、恋愛的なものだな。」
「どうしてまた急に?」
「いや、その、気になってな?」
「…ああ、さてはさっきのカイト様と盛り上がってたの、ヤキモチ妬いてますか?」
「なっ、いや…!」
何と可愛いのか。ヤキモチも妬かれる人によると言うけど、お姉さまに妬かれるならいくらでも歓迎だなあ。
「あれは、お姉さまの作った流しそうめんスライダーがすごいねってお話してたんですよ。お姉さま愛好会の同志がここにいたのかと思うと嬉しくなっちゃって。」
「なんだその会は…。しかし、ならリシアはカイトが好きなわけでは…」
「全くないですね。」
そういうと露骨にホッとした顔をする。
そんな顔されると、言いたくなるじゃないですか。
すると、私の線香花火が先に落ちる。私の負けだ。線香花火も私の後押しをしてくれている。
「あら、私の負けですね。ならば少し言うのが恥ずかしい秘密を一つ。」
「ああ、誰にも言わないから心配しなくていい。」
多分、誰にも言わないんじゃなくて言えないの間違いだと思いますよ。
「私はお姉さまのこと、恋愛的な意味で好きですよ。」