思い出
「明日は山の展望台に行こうか。」
夕方、お姉さまはお茶を飲みながら読んでいた観光案内を見て言う。
「展望台ですか?」
「ああ、そこの山の頂上が見えるか?」
お姉さまは部屋の窓から見える山を指差す。
「確かによく見ると展望台がありますね。」
「この本によると、あの展望台は非常に景色が良いらしい。どうだろうか?」
そうは言うが、一抹の不安が残る。
「その、お言葉ですが、お体は大丈夫ですか?あの山、そこそこ高さがありますよ…?」
そう言うとお姉さまはムッとしながら反論する。
「体のことは心配しないでくれ。ある程度は自身で管理できているし、気遣われるよりはいつも通りで居てほしいんだ。」
「そうは言っても、やはり心配なものは心配ですよ。」
「解った。もし異変が起きたときにはすぐさま相談するし、山を登るときはしっかりと休憩を取りながら向かおう。」
「約束ですからね?」
確かに、ずっと病人扱いも辛いものがあるのは解るし、今までも自分の体には気遣いながら私と過ごしてきたことも理解している。
それでも心配ではあるのだが、口うるさく言うのも違うのかもしれない。
「それでは明日は展望台へ行きましょうか。」
「わがままを聞いてくれてありがとう。」
「…ああ、ついでですから時間ですし、お夕飯を食堂に取りに行って参りますね?」
「使用人を呼んで持って来てもらってもいいんだぞ?」
「せっかくですから。」
お姉さまのご厚意を突っぱねて私は食堂へ向かう。
食堂で料理人の方にご相談して、可能であれば明日はカツサンドのお弁当を作って行きたいなと思ったのだ。
「あの、ご相談なのですけど。厨房をお借りできないかと、はい、はい、大丈夫です。料理の経験は多少ありますので。はい、ありがとうございます!今晩か明朝お邪魔にならない時間などは…なるほど、でしたら朝食後に…はい。食材なんですけどここらへんの在庫などは…ある。あの、対価はお払いするので分けてもらうことは…いやでも悪いです。はい、はい、はい。ありがとうございます!本当に嬉しいです!」
明日の朝食後、厨房を借りることが出来た。食材も王家から一切の金は出ているとのことで、タダで譲ってもらえることになった。
本当にありがたいことだ。早起きしないとな。
「夕食をいただいて参りました~!」
「おお、ありがとう。ご機嫌だな?」
「わかります?聞けばお姉さまもご機嫌になりますよ~!明日の朝、厨房をお借りできるそうです!カツサンドのお弁当ご用意しますね!」
「カツサンドだと?それは良いな!」
「やっぱりお姉さまも頬が弛んでます~!」
「いつも表情がないと言われる私の表情がよくわかるな?」
「ずっと見てますから!」
わいわいとはしゃぎながら夕食を食べる。
そして二人で共にお風呂に入り、共にベッドで寝る…と思ったら今日は早く寝なければいけないからと追い出されてしまった。納得がいかない。
◆ ◇ ◆ ◇
「それでは参りましょうか!」
「ああ、しっかりと休みを取りながら向かおう。」
片手にはカツサンドの入ったバスケット。お姉さまも朝食後厨房についてきてくれて、様々な手伝いをしてくれた。
私たちは順調に登山道を進み、小川へとたどり着く。ここで小休止だ。
「お姉さまは植物や動物に詳しいのですね?」
ここまでの道中、お姉さまは目に入るさまざまな動植物について事細かに説明してくれた。
知らないことも多く、非常に楽しい道のりになったのだ。
「昔はよく家族と山に入って狩りをしていたからな。たくさんのことを親から教わった…。」
「…これからは私とこうして共に来ましょうね。」
「ああ。」
お姉さまがそっと私の手を握る。私は黙ってそれを握り返した。
◆ ◇ ◆ ◇
山の頂上。展望台。
「わぁ、本当に景色が良いですね!」
「来て良かった。良い景色だ。」
見渡す限りの地平。高い建物がないこの時代はどこまでも遮るものがない。
「ああ、方角的にあっちがローエンリンデ公爵家の領地だな。あのあたりか?」
「あそこの辺りが…お姉さまはそこで育ったんですよね?」
「そうだ。あんなことはあったが…本当にいい場所だ。素朴で公爵家の気風がしっかりと伝わっている。」
「そうなんですね。私もいつか一緒に行きたいです。」
「次の休暇は一緒に帰るというのはどうだ?」
「連れてっていただけるんですか!?」
「リシアが望むだけ居てくれたらいい。私の妹ということは実家みたいなものだ。」
「なんだか嫁入り先の実家みたいですね?」
「なっ…」
そう言うとお姉さまは絶句する。
少し調子に乗りすぎたかもしれない。
「えへへ、冗談です!それよりカツサンド、食べましょう!これだけ壮観な景色を見ながら食べるカツサンドはきっと美味しいですよ~!」
「あ、ああ。」
これからは、こうして私が家族の思い出を引き継いでいければいいな。