浮ついた足取り
「今日は世話になったな。」
「なぁに、うちの紫杏も□□にゃ世話になったみてえだからな。」
「龍ちゃんもね。」
新鮮な刺身をこれほどかというほど堪能し、洗い物をお姉さまに任せのんびりさせていただき、その後も紫杏さんの淹れた紅茶とケーキを楽しんだ。
とても贅沢で楽しい時間だった。
「お世話になりました。…あの、また来ます。」
私はそう言って頭を下げる。
言ってて、少し昔の自分なら考えられなかったな、なんて思う。
そもそも、楽しいなんて余裕すらなかったかもしれない。
「…ねぇ、麗ちゃん。」
紫杏さんが静かにお姉さまに声をかける。
私、何か間違えてしまっただろうか?
「なんだ?」
「この子、うちに貰って良い?」
「やらん。」
どうやらお姉さまと紫杏さんの会話的に悪い印象ではないらしい。
私は少し安堵する。
「まぁ、何時でも来いよ。メッセージ一言くれりゃいい。麗香が鬱陶しくなったときとか、逃げ込むのに使ってくれても良いぞ?」
「そんなこと、あるはずないだろう。」
「ありがとうございます。そうしたい日もあるんですよねぇ…。」
「リシア!?」
お姉さまが絶望した顔でこちらを見る。
まぁ、もちろん冗談なのだが、その顔がとても素敵なので黙っておく。
「私たちでも施設に居た頃からそうだったもの。そりゃそうよねぇ。」
「そうなんですよ。わかっていただけますか…。」
紫杏さんが冗談に乗っかってくる。
目が笑っているので、本気ではないことを理解して私も返す。
「そんな…紫杏…リシア…。」
お姉さまはこの世の終わりの様な雰囲気でしょんぼりしている。
ああ、素敵です。
でもこれ以上はさすがに可哀想なので切り上げるとする。
「まぁ、冗談はさておき。そろそろ失礼しますね。」
「ええ、また来てね。」
「またな。」
「冗談、冗談なのか?」
「…」
「何か返事してくれ、なぁ?」
「ほら、帰りますよ。」
私はお姉さまの手を引き、名残惜しくもお二人の家を後にした。
◆ ◇ ◆ ◇
夜の街。
少し浮ついた雰囲気が、いつもより夜を深く感じさせない。
新年ももう目の前に訪れて、残すイベントももうない。
寒さは私たちのすぐそばをさまよっているけれど、握る手の暖かさがそれを近寄らせない。
「楽しかったですね。」
「ああ。楽しんでもらえたなら何よりだ。」
「ふふ、これがお姉さまたち流の聖夜の過ごし方、なんですね。」
そう。
今日は12月24日、クリスマスイブだ。
毎年施設のみんなでクリスマスイブを祝うのが習慣だったというお姉さまたちの集まりに混ぜてもらった形だ。
最初はお二人とも遠慮して今年はお姉さまに声をかけなかった様だが、お土産を渡しに行く話を皮切りに数日の予定となり、クリスマスイブの話に繋がり。
去年も三人で集まったとお姉さまから聞いた私は勇気を出して混ぜてもらうことにしたのだ。
当初は夕方くらいまでめいめい好きなことをして解散の予定だったが、結局夜まで居てパーティーにまで混ぜてもらってしまった。
何人かでイベントを楽しむというのは不慣れだったけれど、貴重で楽しい経験だった。
「ああ、この時期は毎年こうして集まって団らんするのが私たちの習慣となっているが…別に、合わせなくても良かったんだぞ?」
「お姉さまは私と二人きり…が良かったですか?」
「リシアが楽しんでくれるなら何でも。」
「私もです。それに、ここからは二人きりですから。」
私は繋いでいた手を強く絡める。
お姉さまも絡め返してくる。
「そうだ。忘れないうちに。お姉さまに。」
「私からも、リシアに。」
私は片手でプレゼントを取り出しお姉さまに差し出すと、お姉さまもプレゼントを片手で差し出してくる。
手を繋いだままでは受け取れない。
でも、離したくはない。
同じ事を思ったのか二人少しの間考え込むと、同じタイミングで吹き出す。
別にどちらかから先に渡してもいいのだが、ここはそういう雰囲気でもないだろう。
「帰ってから渡すことにしようか。」
「ですね。」
そういうと私たちはプレゼントをしまい、再び歩き出す。
「お姉さま。」
「なに?」
「去年までより、ずーっと幸せですよ。今。」
「私も今年はいつもよりもっと幸せだった。」
お姉さまはくっつくようにしてそう返す。
私も負けじとくっつく。
「…見つけてもらえて、本当に良かったです。ありがとうございます。」
「ん、何を?」
「内緒でーす。」
お姉さまが私を探していたとしたら、私はあなたに見つけてもらえて本当に良かった。
私ははぐれないように手を繋いでいることしか出来ないけれど。
それでも、その手だけは離さないようにしたい。
「ねぇ、お姉さま。何かして欲しいことはありませんか?今なら何でもしちゃいますよ?」
明日はカツサンドにして欲しいとか、新しい筋トレグッズを置かせて欲しいとか、みかんを剥いて欲しいとか。
今なら何でも聞いちゃうかもしれない。
「…そうだな。」
「はい。」
「今晩はキスをたくさんして欲しい。名前を呼ばれながらキスされるの、本当に幸せで好きなんだ。」
思っていなかった方向からのお願いで、少し頭がフリーズする。
お姉さまがどういうものを求めているのかが想像され、体が熱くなるのがわかる。
この人はもう。
「今、男に産まれなくて良かったなってとても思いました。」
「どうして?」
「私が男なら、今頃学生時分でできちゃった結婚しかねないので。」
雰囲気を少し冷ますためにそう冗談を告げると、お姉さまはぷっと吹き出す。
「私、産む側なんだな?」
「違いました?」
「いや、私もリシアとの子なら産ませるより産みたいかな?」
お姉さまは悪戯っぽくそう笑いかけてくる。
冷めかけた雰囲気がまた熱くなってくる。
まだ家までそこそこあるというに。
「帰りましょうか。」
「ああ。」
私たちは浮ついた街並みを、誰よりも浮ついた足取りで帰途についた。




