温泉へ行こう その6
麗香視点です。
「さて、まだ浸かっていたいですが…そろそろ上がりましょうか。」
「そうだな。そうしよう。」
私たちは湯から足を上げると、浸かっていた箇所をタオルで拭いてゆく。
軽くたくし上げた浴衣から覗くリシアの足はとてもなまめかしい--ん?
「ちょっと見せてくれ。」
「きゃっ!?なんですか?」
私はリシアの足にちらりと見えたとあるものをしっかり見たくて足に触る。
リシアは急に足を掴まれて驚いたようだが、今はそれ以上に気になるものがある。
「この傷跡…まだ綺麗にならないのか?」
足首より少し上、普段は服で隠れているところ。
そこには傷跡があって。
これは過去に私と出かけた時に負ったものだ。
「あはは、ちょっと治りが悪いみたいで…。」
リシアは軽く誤魔化すように笑う。
病院に連れて行った時には綺麗に治ると言っていたし、もう半年以上なる。
さすがに心配だ。
「近い内、病院に行こうか。しっかり診て貰おう。」
「いやぁ、別に良いんじゃないですかね…?」
リシアはいまいち気乗りしないようだ。
でも、医者の見立て通りに行っていないと言うことは、もしかしてがあるということだ。
ましてや年頃の女性の体に残った傷跡だ。慎重に対応すべきだろう。
「良くない。嫌がるなら、お姫さま抱っこで連れて行くぞ?」
「何ですか、その脅し文句…。」
リシアは軽く笑った後、少し悩むそぶりを見せる。
何か話そうとしているようだ。
私は素直に待ってみる。
そのうちに決心がついたのか、おずおずと話し始める。
「実は…その。元々傷跡は残るかも、って話だったんです…。」
「何だって?」
「治療が少し遅れたのと、設備が揃った病院ではないから、と。綺麗に治したければ大きな病院を訪ねた方がいいって言われまして…。」
「どうして綺麗に治ると誤魔化すようなことを?」
「…だってお姉さま、気にするでしょう?それを知ったら。」
リシアは私の顔色を伺うようにこちらを見る。
その両手は所在なげにいじいじと手遊びしている。
「まぁ、気にするだろうな…。」
「そう思うと、何だか咄嗟にそう嘘を吐いてしまって。そのままずるずる、病院にも行かず…。」
悪いいたずらがバレた子供のような、不安げな顔を見せる。
私は残った傷跡を親指でなぞる。
ここで私が責任を被ろうとするのは違うだろう。
きっとそれが嫌でリシアは誤魔化したのだろうから。
どうするのが良いのだろうか。
私は少し逡巡した後、顔を上げる。
「次は、ガイドブックにあった神社に行かないか?」
「え?ああ、はい。良いですよ?」
それ以上何か言わなかったことにリシアは不思議そうな顔をするが、すぐに気を取り直し返事する。
「立てるか?」
「ありがとうございます。」
靴下と草履を履き直すと手を差しだし、リシアを立たせる。
私たちはいつもよりちょっと静かに歩き始めた。
◆ ◇ ◆ ◇
「聞きしに勝る大きさですねえ。」
「見事なものだ。」
目的とした神社にたどり着く。
鳥居をくぐるまでもなく外から結構な敷地があることがわかる。
街中にどんとそびえるその様はまるでこの街の繁栄を見守っているかのようだ。
「行きましょうか。」
「ああ。」
リシアは鳥居の前に立つとすっと一礼する。
その所作がとても自然で美しい。
私も真似をして一礼する。
「わっ、御神木、ですかね…?」
入る前から見えていた大きな緑は、木々かと思えば一本の大木のものだったらしい。
思わず見上げてしまうほどの立派さだ。
「樹齢1000年を越えるそうです。さすがにお姉さまよりおっきいですね?」
「私を何だと思ってるんだ…。」
「私からしたらお姉さまも大木みたいなものですから。」
リシアはからっと笑う。
「奥にもっと古いものもあるそうです。お姉さまの親玉ですね?」
「いつの間にか木と同列に分類されている…。」
そんなことをわちゃわちゃと言ってる間に手水舎に到着する。
左手、右手、口、左手。
一つ一つの動作が滑らかでかつ迷いがない。
結果リシアという像を凛としたものとさせている。
「何かお願いごとするんですか?」
「ああ、どうしても願いたいことがあってな。」
「良いですね。私はどうしようかなあ。」
そうして本殿にたどり着いた私たちは賽銭を投げ込む。
…あ、リシアの賽銭が妙な跳ね方をして入らず飛んでいった。
慌ててとことこ走って追いかける様がとても可愛くてついにやけてしまう。
「私のミスを笑ってましたね?」
「いや、可愛いなと思ってただけだよ?」
リシアは一瞬じとっとこちらを見たがすぐに気を取り直して賽銭を投げ入れる。
二拝二拍手一拝。
まるで今まで何度も積み重ねてきたかのように動きに無駄がない。
美しい、以外の言葉が見つからない。
私も少し見とれた後、同じようにする。
二拝、二拍手。
さて、願い事だ。
私は腹に力を篭める。
「隣の素敵な人が生涯共に居てくれますように!」
私は有らん限りの大声でそう唱えると、一拝する間もなく横から思いっきりひっぱたかれた。




