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主人公は悪役令嬢と仲良くなりたい  作者: SST
10万pv記念 二部五章 愛してる
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『最高』

ぷしゅっ。とっとっとっとっとっ…そんなテレビで聞いたことのあるような音でコップは黄金色の液体で満たされる。

私は焼き鳥の皿とコップを持って風呂上がりビーズソファでダメになっているお姉さまのいる部屋へ向かう。

先ほどまでトレーニングをしており、風呂に入ってあがってきたところだ。


「お姉さま、用意できましたよ。」

「ああ、今テーブルへ…」

「いえ、そちらでいいですよ。」


折角、傷の治りに障ると今まで絶ってきたビールだ。

ひさびさに飲むならより美味しく飲んで欲しい。

そこで思いついた方法がある。

そんなことで美味しくなるか?と疑問ではあったが、たぶんお姉さまは大喜びする。

最近少しそれが解るようになった。


「ここで飲むのか?」


お姉さまはビーズソファにもたれながら私の顔を見る。

私はその横に正座してビールと焼き鳥の皿を床におく。


「どうぞ。」

「え?」


私は己の膝をぽんとたたいてお姉さまを誘うが、向こうは間の抜けた顔をする。

伝わってないようだ。


「…どうぞ!」


私は再度膝をぽんぽん叩く。

恥ずかしいことを何度もさせないで欲しい。


「えっと…?膝枕してくれるってことか…?」

「言わせないでくださいよ、もう。」


お姉さまはガバリと起き上がり、キビキビとした動作で膝に頭を乗せる。


「天国だ…」

「ビール、こぼさないでくださいね。」


その言葉にお姉さまはビールの存在を思い出したのか、手を伸ばしこぼさないよう慎重に口にする。


「……天国以上の何かだ。」

「焼き鳥、食べられますか?」


私はお姉さまに焼き鳥を取ってやる。

本当はただ手渡しするつもりだったのだが…

お姉さまは顔を少しあげてそのまま串にかぶりつく。

私が手づから食べさせたみたいな形になってしまった。

お姉さまは幸せそうに焼き鳥をもぐもぐと咀嚼し、ビールで流し込む。

その後また私の膝に頭を乗せる。


「……最高だ。」

「そうですか。」


本当に満足したかのようにお姉さまがそう呟くので、私もそう返すしかない。

だが、先ほどからもう大変照れくさい。


「リシアの膝枕で酒を飲み、つまみを食べさせて貰う!私は今世界一幸せと断言出来る。」

「はぁ。」

「今にギネス記録員が世界一幸せな人間の記録をつけにやってくるぞ、見ていろ。」

「何を訳の解らないことを…」


上機嫌も上機嫌。

上がりきったテンションに任せお姉さまの口は回る。


「惜しむらくは…リシアが部屋着ということだ…膝が出るようなミニスカートなら…へぶっ!」

「…お姉さまの馬鹿。」


私はお姉さまの顔面に焼き鳥の皿を置いて一本いただいた。


◆ ◇ ◆ ◇


お姉さまの晩酌はその後も上機嫌のまま続いた。


「ビール、お注ぎしましょうか。」

「ああ。リシアが注いでくれたら飲み物として完成される。」

「そうですか…」


まぁ、喜んでくれているなら何よりだ。

私なんかの膝枕で、とは昔なら言っていたかもしれないが…。


「少し、お手洗いに。」

「ああ。」


お姉さまは頭を膝から退ける。

そこにビーズソファを挟んでやる。


「やはりビーズソファよりリシアの膝の方が駄目になれるな…」

「はいはい、そうですね。」


私はじっとこちらを見つめるお姉さまを横目にお手洗いに向かう。


「……」


お手洗いから出た私は、自分のクローゼットの方を見て少し逡巡する。

「膝が出るようなミニスカートなら…」そんなお姉さまの言葉が脳裏をよぎる。

どうやら、飲んでない私まで酔ってしまったようだ。

ええい、どうにでもなれ。

私はクローゼットからミニスカートを探す。

とはいえ、あまりミニスカートは履かないのであったかな…あ。


私が取り出したのはセールで買ったはいいものの、あまりに短く、一度も履かずに居た黒のタイトスカート。

………………………私も、馬鹿だなあ。


「…お待たせしました。」

「ああ…ぶっ!?リシア、その格好は…」

「何か文句ありますか!?お姉さまがそう言ったんでしょう!?」


履いてみたタイトスカートはやっぱり短くて。

膝どころか太腿もでていて、パンツが見えそうで私は落ち着かず裾を引っ張る。


「…やっぱり着替えて来ます!」

「待て待て待て待て!頼む!待ってくれ!お願いだから!」


そんなやり取りの末に結局お姉さまに捕まって、私は座らされる。

落ち着かない。裾をもう一度引っ張る。

お姉さまは先ほどまで仰向けか横になって膝枕を楽しんでいたが、今は無言でうつ伏せになり、顔を膝間につっこんで深呼吸している。

めちゃくちゃ恥ずかしい。

しばらくそんな辱めを受けた後、お姉さまは口を開く。


「年老いて、死にゆくときもこれでお願いしたい…」

「はい?」


お姉さまの予想外の呟きに私は呆気にとられる。


「死ぬときはリシアの膝で…」

「死ぬまで私と一緒の前提なんですね。」

「…ん?そりゃそうだろう?」


何を当たり前のことを、といった感じでお姉さまは答える。

…嬉しい。


「こうして、リシアの膝に包まれながら看取られたい…」

「せめて、そのときは仰向けでお願いします…」


さすがに膝に顔を埋めながら看取られるは格好がつかなすぎる。


「なぁ、リシア?嫌なら断ってくれて良いんだが…」

「はぁ、嫌です。」

「…せめて最後まで聞いてくれないか?」


お姉さまがそんなこと言うときは嫌な予感しかしないんだがなあ。


「…手で触っても、良いか?」

「…もう、お好きにされたらどうですか?」

「そうか…。え!?」

「お好きにしたらどうですか!!」


恥ずかしい。聞き返すのをやめろ。

お姉さまなら良いと、せっかく勇気を出して言ったのだから。


「…その、触るぞ?太腿だぞ?」

「……好きになさって。」

「それじゃあ…失礼する。」


お姉さまはゆっくり優しくさするように太腿を触り始める。


「ああ…最高の太腿だ…」


そう呟きながらお姉さまは少しずつ手触りを感じるように揉み始める。

お姉さまの吐息と、触られる感じに徐々に背中がぴりぴりし始める。


「リシア?」

「何ですか?」

「私のだからな。他の人に膝枕したり触らせちゃいけないよ。」

「…させませんって。」

「偉いな。」


触るだけと言っていたはずなのに、お姉さまはそのまま私の太腿に唇を落とす。

瞬間、ゾクッとなって思わず膝も少し跳ねる。


「ふふ、これ以上は私も止まらなくなっちゃうから。後はゆっくり膝枕とビールを楽しもう。」

「そうですか…」


なんだか、残念と思ってしまった。

ダメだ、お姉さまに毒されすぎだな。


「ところでリシア?」

「なんです?」

「スカート覗いて良い?」

「その時は肘を脳天に入れますからね?」



◆ ◇ ◆ ◇



あれから何十年の後の話。


「□□…居るか…?」

「はい、ここに居ますよ。」


私はベッドに横たわるその人を見守りながら、そう答える。

私もその人も、もう随分歳を取ってしまった。


「……そろそろらしい。最後は…」

「あんなしょうもないこと、覚えてらしたんですねぇ。」

「忘れるものか。全て君との大事な思いでだからな。」

「そうですか。」


まだ少し元気のある私は、ベッドに上がり、その人の枕元で正座する。

そして、頭をそこに乗せてやる。


「ああ…最高だな?」

「もう節くれだったおばあちゃんの足ですよ?堅いだけでは?」

「いつだって、私にはこれが最高だったよ。」

「変わりませんねえ。」


私は愛おしいその人の頭を軽く撫でてやる。


「すまないな。私は先に行ってしまうが…来世でも君に恋して良いかな?」

「ええ、お待ちしていますよ。」

「ふふ、そうか。来世分のプロポーズも受けてもらったし…思い残すことは…もうない…な。」


その人はそう言って目をつむり、口を開かなくなる。

そこにもう魂がないことが、なんとなくわかる。


「お姉さま。もう少し待っててくださいね。あなたより一年遅く死んで、生まれ変わるので。…また、あなたをお姉さまと呼べるように。」


私は愛おしい人の口にキスを落とした。





「リシア?」

「あっ、はい、何でしょう?」

「眠たいならもう寝てしまうか?」

「うーん、今ので何だか眠気が飛んじゃいました。」

「そうか。…じゃあ、もう少し膝枕していてもらってもいいか?」

「…ええ、いつだってここがお姉さまの『最高』でしょうから。」



ということで後編は夢オチ。正夢になるか、はたまた。

膝枕はもうちょっと続きます。


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