一人と一匹
夏です!
私たちは当初の予定通り、学園の避暑地にやってきました。
左を見れば広大で美しいエメラルドグリーンの海に、真っ白でキメの細やかな砂浜。
右を見れば雄大で豊かな深緑眩しい山々に、生き物の溢れる野原。
とっても良いところです。
やはり、こう言うところにくればまずは泳ぐ…
「釣りだな。」
やはり、こう言うところにくればまずは釣りですね!
こうして私たちは人気のまばらな釣りスポットで二人釣り竿を垂らしているのでした。
「うむ、やはり釣りは良いな。心が洗われるようだ。」
そんな気はしてたんですよ、ええ。
狩りが好きなハイパーアウトドア系お姉さまですよ。釣りをしないわけがありませんよね。
「しかし、釣り餌に虫を使うからリシアに触れるか不安だったのだが、意外と平気なのだな?」
「経験がないわけじゃないですからね。積極的に触りたくはないですが、やーん私無理ぃ…ってほど弱くもありません。」
「妙に上手い貴族女性の小真似はやめなさい。次見かけたら思い出して笑いそうだ。」
そんなやり取りをしながらも私は準備に取りかかる。
一度はやってみたかったアレをやろうと持ってきたのだ。
「ん、その丸い植木鉢に炭の入ったものはなんだ?」
そう!釣ったそばから七輪で焼いて食べる超贅沢バーベキューだ!
「ふふふ、これに火を点けて網を被せると簡易グリルになるんですよ。釣ったら焼こうと思いまして。」
「はぁ、良いかリシア。釣りとは一種の鍛錬だ。心を研ぎ澄まして竿を持ち、魚と向き合う。そんな片手間に火の用意などしていては…」
「あっ、お姉さま!私の竿が引いてます!!手伝ってください!!」
◆ ◇ ◆ ◇
「もう、いい加減機嫌を直してくださいってばお姉さま。」
「…私は拗ねてなどいない。」
「誰も拗ねてるとは言ってませんよ。運なのですから片方が良く釣れて片方がボウズとか良くあることでしょう?」
「…私は拗ねてなどいない。」
「完全に拗ねてる奴じゃないですか…ほら、こっちのお魚もう行けそうですからお姉さまどうぞ。」
「これはどうやって食べればいいんだ?」
「どうせ私たちしか居ませんから。そのままかぶりついちゃいましょう!二人の秘密ですよ?」
「あむっ…んっ…これは美味しいな!調味料は塩だけだろう?」
「そうですよ。ここまで新鮮ならお塩だけでも美味しいですよね。」
良かった。お姉さまの機嫌は直ったようだ。一心不乱に手元の魚と格闘している。
「私もいただき…あら、猫ちゃん。」
気がつくとすぐそばに黒くてツンとした一匹の猫が座っている。
お魚の焼ける匂いに誘われて来たのかしら。
「今バラして分けますからね、ちょっと待ってて下さいね?」
焼けた魚の一尾を取って、身をほぐし毟ってゆく。
目線がもうすでに魚に一直線だ。
「はいどうぞ。たんとお食べ?」
そうして差し出した魚の身を猫は一心不乱に食べる。
どこかで見たような…
「ああ、なるほど…」
同じような無表情で、ひたすらに魚を食べる一人と一匹のために、私は次の魚を焼き始めるのだった。




