ただいま
麗香視点です。
「リシア。」
「ええ、お姉さま。」
部屋の端に佇むリシアに目をやると、リシアは神妙に頷いて返す。
私は今まで掴まっていた棒を離し、独りで歩き出す。
右足は、まだ全然感覚は戻りきっていない。
それでも意識して動かそうと思えば想像の一割程度は動いてくれるし、左足に力をかければ立つ補助くらいはしてくれる。
一歩。一歩。
慎重に。
右足は引きずりながらも。
「頑張って。」
一歩。また一歩。
後どれくらい歩けば。
「こっちですよ。お姉さま。」
一歩。ただの一歩。
右足が上がりきらず床に引っかかり、転びそうになるのを何とかこらえて。
「後もう少しです。」
一歩。遠かった一歩。
そしてついに、リシアを眼前にとらえる。
私が倒れ込むようにリシアに抱きつくと、彼女はその小さな体でしっかりと抱き留めてくれる。
ずっとたどり着きたかった腕の中。
「やっと、君のところまで。」
「ええ。よく頑張りましたね。」
リシアは私の背をぽんぽんと叩くと、そのまま横に用意していた椅子に誘う。
リハビリの先生がニコニコとすごいと褒めてくれるのを、二人笑って聞いていた。
◆ ◇ ◆ ◇
「ついに、明日だな。」
入院から約二ヶ月。
ついに医者から退院の許可がでた。
リハビリでまだまだしばらく定期的に通わなければならないが、それでも退院は退院だ。
「紫杏、龍斗。世話になった。」
「麗香から礼言われるとか、むずがゆいんだよ。」
「そうか、じゃあ二度と言いまい。紫杏、ありがとう。」
「おい、麗香!それはそれで感謝の気持ちを疑うぞ!?」
「家族だもの。そのうち、今度は龍ちゃんがやらかすと思うから、その時は私たちで。」
「ああ、確かに。」
「なぁ、□□…最近紫杏が冷てえんだけどよ…」
「龍斗さんが悪いです。」
「さすがの俺もそろそろいじけるぞ?」
龍斗とじゃれあっているリシアの方にも顔を向ける。
「□□。」
「はい?」
「…本当に、たくさん、迷惑をかけた。これからもかける。ありがとう。」
「ふふ、迷惑はいっぱいかけてもらっていいんですよ。」
リシアはニヤっと笑む。
悪そうな顔だな。
「しかし、□□。本当に良いのか?」
「むしろ私以外のところのが嫌です。」
退院してからしばらくの間、実生活に慣れるまでは誰かの目のあるところに暮らすことにした。
最初は紫杏と龍斗の家に世話になる予定だったが、そこでリシアが全力で手を挙げた。
明日からリシアが私は独りで生活出来ると見極めるまで--リシアが手放してくれるかはさておいて-ー共同生活の始まりである。
◆ ◇ ◆ ◇
「降りられますか、お姉さま。」
「ああ、ありがとう。」
リシアはタクシーから降りると、私の側に回り手を差し伸べてくれる。
私はそれに掴まりタクシーを降りて立ち上がると、リシアはそのまま腕を組み、歩くのを手助けしてくれる。
前までは私がエスコートする側だったのにな。
入れ替わった立場に少しの違和感がある。
そうして支えられながら、とある部屋の前に立つ。
ああ。久しぶりの。
リシアが鍵を開けると、ドアを開いて先に入れてくれる。
あれ?
「手すり、作ったのか?」
「ええ。うちの玄関ちょっと段差があるでしょう?」
玄関のすぐ横には手すりに小さな足踏み。
どうやら私が上りやすいようにわざわざつけてくれたらしい。
「まぁ、今の治り具合ならすぐに要らなくなると思いますけど。」
「それでも嬉しい。ありがとう。」
予想外の配慮に、心が温かくなる。
「お姉さま。」
「なんだ?」
「ちょっとそちらに座ってもらえますか。」
「ん?」
指された玄関の上がりがまちに座り込む。
「お姉さま。」
高さがあるので、座るとリシアの目線と少ししか変わらない。
そのままリシアは私を抱き締めると--キスをする。
求めるように、二ヶ月の期間を埋めるように。
長く、長く。
ようやっと唇を離してくれたと思うと、鼻で息をするのも限界だったのか、ぷはっと息をする。
「おかえりなさい。お姉さま。」
「ただいま。」
こうして、私はまたリシアの元へ帰ってきたのである。
「お昼ご飯、ハンバーグにしようと思うんですが…」
「うん。」
「その前にもう一度。」




