帰りたい
麗香視点です。
『今から帰ります。一時間と少しで帰れると思います。』
撮影が全て終わり、帰途につく私。
ああ、やっと会えるのだ。また。
『気をつけて帰ってきて下さいね。』
こねている最中のハンバーグの写真を送ってくる。
ふふ、自分のご飯はいつもうどんの癖に、私と一緒となるとしっかりメニューを考えてくれるのだ。
本当は普段からもっとしっかり食べて欲しいのだけど。
でも、ハンバーグから透けて見える私に思うままにご飯を食べて欲しいと言う気持ちが今日は素直に嬉しい。
早く会いたいという気持ちをグッと抑えて、私はゆっくりバイクのエンジンを入れる。
気をつけて帰ってこいと言われたからな。
細心の注意を払って帰ろう。
◆ ◇ ◆ ◇
曲がりくねった山道をゆっくりと帰る。
途中いろんな車やバイクから追い抜かれるがとりたてて気にしない。
付近は見通しが悪く、事故が多い区間だ。
ここを通り過ぎるまでは慎重に低速で、だ。
前の車と同じ距離を保ちつつ、すり抜けなどはせず走る。
後ろから一台のワンボックスカーが猛スピードで抜いていく。
危なっかしいなと思ったも束の間、カーブにも関わらず大きく対向車線に膨らんで前の車を抜かす。
そのまま車間距離ギリギリで元の車線側に少し戻ると、そこの車の前にいた対向車線のバイクが必死に避けようとしていたのか、端に寄り変な動きをした後、転ぶ。
その転んだ後ろのトラックは――減速する気配がない。どうやら今の危険な追い越し車を回避するのに必死だったようだ。
さて。困った。
私は、聖者でも騎士でもヒーローでもない。
リシア以外の何者かがどこぞで死のうが構わない。
公爵の身分を捨てた今の私にとって、民草とは守るべきものでもない。
私はバイクのスロットルを全開に入れる。
それでも。帰ってリシアとキスするとき、あそこで転んだバイクの運転手がちらりとでも脳内に出てくるのが嫌だった。
何の気兼ねもなく、リシアに会いたかった。
――怒られるかな。ごめんね。
そのまま全速力で転んだバイクの運転手の元に私は走ってゆくと、片手で首のあたりの服をひっつかむ。
私の後ろは現状なにも居なかったはずだ。
「っっっっっ!せいっ!」
私は運転手をもてる限りの腕の力だけで後ろに放り投げる。
手応え的に何とか向こうの車線側まで行ったように思う。
――うむ。さて、どうしたものか。
目の前にはガードレールに崖。
よしんば止まったとしても、対向車のトラックにひかれることは間違い無いだろう。
……もう一度、私はリシアに会わねばならないのだ。
覚悟を決めた私は、頭を抱えて守るようにして、そのまま脚力で前に向かって飛ぶ。
体が宙に浮く。
ガードレールに愛車が衝突する音が背後から聞こえる。すまない。
さて、どこぞの木の枝に引っかかれば良いのだが、それは中々難しいようだ。
しばらく体は宙を浮き続けた後、わき腹から何かに激突する。
思わず声と息が出そうになるが、その間も無くどんどん様々なところが何かに激突し、凄まじい痛みが走る。
――これでも、あの元日の日の痛みに比べればマシなものだ。
そんなことを冷静に考えながらも、ただ頭を抱えるようにして私は永い時間を崖から転がり落ちていった。
なにを、していたのだったか。
――かんがえてみるも、なにもおもいだせない。
――ああ、そうだ。
わたしはりしあにあいに、かえりにいっていたのだった。
さて、あるいてかえろう。
そうたちあがろうとするも、からだはたってくれない。
どうしたものか。そうか、はってかえろう。
わたしはからだをはわせてみちをすすんでゆく。
「りしあ…りしあ。」
あいすべきひとのなをよびながら、ただすすむ。
どれくらいすすんだものか、そろそろきみのもとにかえれるのか。
「……!…………!」
ひとのこえがきこえる。
なんといっているか、りかいできない。
「りしあ。りしあ。」
いま、かえるから。まってて。




