3人、寄り添いあって
紫杏視点です。
初めての二部になってから主人公二人以外の視点ですね。
トーストとコーヒーの香りで目覚める。
…8時か。起きあがりたくないが起きなければならない時間だ。
生来低血圧なのか、朝は苦手。
「おう、おはよう、しぃ。朝食出来てんぞ?」
「ありがとう、龍ちゃん。助かるぅ…。」
いつものトーストをいつものように食べる。
まだ起きていない頭をあまり使わなくて済むのでありがたい。
「悪いが、時間はあんまねえぞ?さっくり食えよ?」
「わかってる…わかってますー。」
あんまりのんびり食べていると一時間目の授業に遅れてしまう。
私はコーヒーでトーストを流し込む。
「ほい、ごっそさん。しぃ、食い終わったら水に浸けといてくれ。」
「はーい…。」
普段、合わせて食べてくれるので気づきにくいが龍ちゃんは元々食べるのが速い。
急いでいるときは私が席に着くくらいには食べ終わっている。
「龍ちゃーん、ごめーん。私のバッグに今日のテキスト入れといてー。」
「あ?昨日のうちに入れてねえのかよ?」
「疲れてたからー。よろしくー。」
「仕方ねえな、わーったよ。」
口では乱暴な言い方をしても、絶対にこう言うとき断らない。
そういう優しい人だ。彼は。
私はそんな彼に甘えながらも急いでトーストを詰めていく。
◆ ◇ ◆ ◇
私は化粧台の引き出しを閉じると、立ち上がり、座り込んでいる龍ちゃんに声をかける。
「お待たせ~。じゃあ行きましょ?」
「ああ、ちょっと急ぐぞ?」
私のせいでほとんどギリギリなのだが、そんなことは絶対に言わない。
むしろこれで遅れることになっても素直に後ろで座って待っているくらいだ。
そんな彼の腕に私はしっかりと抱きつく。
「しぃ?」
「ほらほら、行くわよ?龍ちゃん?」
朝の気だるい時間を過ぎれば、選手交代。
次は私が龍ちゃんの面倒を見る番だ。
◆ ◇ ◆ ◇
授業五分前。何とか間に合わせた私たちは講堂に滑り込む。
「麗ちゃんはどこかしら?」
「あの一際でけえのに決まってるだろ。」
龍ちゃんが指さした先には麗ちゃんが呆けたように座っている。
麗ちゃん。私たちの家族で、一番星みたいな人。
常に私たちの指標になって、先導してくれる。
いつも不敵に笑っていて、自信満々で、困ったときは手を貸してくれて…ちょっぴり、おバカ。
「おう、麗香!何だよ、大口開けて。ファンが見たら泣くぞ?」
「…ああ、紫杏と龍斗か。おはよう。」
だが、今日はそんな麗ちゃんもこの世の終わりのような顔で塞ぎ込んでいる。
らしくない。
「麗ちゃん、どうしたの?」
「…□□に嫌われてしまった。私はもうお終いだ…。」
□□ちゃん。麗ちゃんが最近お熱の女の子。
実際に会ったことはないのだけど、まぁ良い子みたいだ。
「ついこないだ遊園地に行ってイチャイチャしたって言ってたばかりだろうよ?何があった?」
そう。
二人とも恋愛初心者で、特に麗ちゃんは本当に恋愛だけはポンコツなのでなかなか進展しないが、聞いてる感じ相思相愛なのだ。
つい先日も遊園地であったことを聞き、素直にキスしてればそこで結ばれてたのにバカだなぁと思ったものだ。
そういう生真面目なところも、らしいのだが。
「□□と昨日の夜通話してて、□□が不定期じゃなく一個しっかりしたバイト先を探したいって言い出して…」
「へぇ、それはなんで?」
私の推測が正しければ、麗ちゃんがあれこれ連れ回すものだから、純粋にお金がないのだろう。
でも、一緒に遊びたい□□ちゃんはしっかりバイトして麗ちゃんとの交遊費を増やそうってところかな。
「…聞いてない。」
「あら、そうなの?」
そういうところよ、麗ちゃん。
まぁたぶん推測通りだとは思うのだけど。
「でだ。どんなバイトをするか悩んでると言うものだから、条件を挙げて見てもらったんだ。そしたら夜で時給が良いと…それで、つい反対してしまって…」
「あ?何でだよ?」
私は何となく想像がついたわよ、龍ちゃん。
己の恋愛に関してはポンコツ麗ちゃんだもの、たぶんね?
「だって、あんな可愛い□□が夜の時給が良いバイトだなんて、良くないところから引く手あまたじゃないか!そんなの、私は嫌だ!」
「…紫杏。」
「龍ちゃん、気持ちは解るけど抑えて。」
やっぱりかと言った感じだ。
想像を越えてこないな。
龍ちゃんはおそらくバカかお前とでも言いたいところなのだろうが、よく抑えたものだ。
「それで、強く反対してるうちに口論になってしまって…最後には『もう、知りません!』って通話を切られて、そこから連絡がつかないんだ…。」
「紫杏、これ、俺たちが何かアドバイスしなくても適当に解決すんじゃねえか?」
「龍ちゃん、麗ちゃんからしたら深刻な問題なんだから…一応、ね?」
そうこう話しているうちに授業開始のチャイムが鳴る。
直に講師が講堂に来るだろう。
「とりあえず、後でゆっくり聞くから、ほら、麗ちゃんしっかりして?」
「もうダメだ…うう…」
麗ちゃんは目にいっぱいに涙を溜めて嘆く。
これは今すぐ対処するしかない奴かな。
「おい、紫杏。」
「そうね、そうしましょ?」
私と龍ちゃんは目配せしあうと、そのまま麗ちゃんの両脇を抱えて引きずってゆく。
「ああもう、今からゆっくりどっかで聞いてやるから動け麗香。」
「麗ちゃん、さすがに重い…。」
「うう…ありがとう…。」
どうせ、すぐに仲直りするんだろうけど。
まぁ、恋愛初心者の麗ちゃんだ、仕方ないよね。
私たちはいつもこうしてお互いに寄り添いあいながら、迷惑を掛け合いながら、生きているのだ。




