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主人公は悪役令嬢と仲良くなりたい  作者: SST
10万pv記念 二部三章 恋とは
202/321

夏祭り その1

麗香視点です。

祭り囃しが聞こえてくる。

周囲には人が溢れ、独特のムワっとした空気が満ちる。

あちらこちらから活気のある呼び込みの声が聞こえ、またあちらこちらから笑い声が聞こえる。

私は人混みの喧噪の中、人を待ちたたずむ。

まだ、約束の時間には少し早いか。


そう、今日は夏祭りに来ている。

リシアを誘ったところ、二つ返事で了承してくれた。

私の方に近いので、バイクで迎えに行くと言ったのだが断られた。

どうしても電車で来たいと言っていた。

私も酒を飲めばいいと勧められたので、今日は徒歩で来ている。

そのため祭りの入り口くらいの場所でリシアを待っている。


道行く人々を眺める。

誰もが楽しそうな笑顔を浮かべている。良いものだ。

遠目に一人の浴衣の人物が目に入る。

夕暮れどきだ、暗さで顔は見えないがとにかく目立つ。

姿勢が良いのだ。モデルをやっているからこそわかるが、あれは同業者かもしれない。

歩き方もしずしずと浴衣にあった歩幅の狭い内股の歩き方で品に溢れ、大変様になっている。

参考になるな、美しい--なんて考えて眺めていると、こちらに向けて歩いてくる。

いや、あれは…


「お姉さま。お待たせして申し訳ありません。」

「あ、ああ…。」


質の高いことが一目にわかる、線の細い紫縦縞に花の紋様があしらわれた浴衣。

綺麗に上げられた髪に、小さく、でも目に入る美しい花の髪飾り。

着付けも美しく、雅な佇まい。

リシアのあまりの出来上がりに私は言葉を失う。


「あの、似合って…ますかね…?」


リシアは不安そうにこちらを見る。

私は慌てて口を開く。


「似合っている。全てが素晴らしいな。」

「そんな、さすがにオーバーですよ。」

「歩き方や立ち方、姿勢がとても美しい。同業者かなと思っていた。」

「ふふ、昔少し躾られたので。プロから見ても問題なければ良かったです。」

「少し、で片づけられるレベルではないのは確かだな。ここまで相当努力しただろ?」

「…そう言ってくれると、嬉しいですね。」

「ああ、とても綺麗だ。」


リシアは控えめに、でも心底嬉しそうに笑む。

その表情に私はまた心奪われそうになるが、必死に心を取り戻す。


「じゃあ行こうか。」

「ええ。お姉さま、腕をお借りしても?」

「そのレベルなら和装でも歩き慣れてるんじゃないか?」

「お姉さまったら、野暮ですよ野暮。こういう時は黙って腕をお貸しくださいな。」


そう言ってリシアは腕を絡め、邪魔にならない程度に私にエスコートされる。

それがまた自然で、私は腕を組むだけで心がいっぱいいっぱいになりそうだった。


◆ ◇ ◆ ◇


「お姉さま。かたぬき、ってなんですか?」

「知らないのか?」

「私の地方にはありませんでしたね。」

「これ、地方差がある遊びだったのか…。」


かたぬきとは、砂糖菓子の板に溝が掘られており、その溝通りに削って彫って行く遊びだ。

いろんな形があるのだが、綺麗に彫れるとお金が返ってきたり景品が貰えたりする。


「まぁ、見ていろ。私は得意なんだ。」

「ええ、横で見ております。」


私は意気揚々とウサギの型の板を選ぶと、店主から待ち針と釘を貰う。

この二本の先で溝をなぞり削ってゆくのだ。

ウサギの型の場合、手足や耳の付け根が細くなっており折れやすい。

そこをなるべく外側に力を掛けるようにして外してゆくのがコツだ。

少しずつ進めてゆく。耳が綺麗に抜けた。


「どうだ、一番難しい場所が…」


私はリシアの方を向いて難しさを語ろうとするも、そのリシアが真剣な表情でウサギの型を眺めているのにまた目を奪われる。

もとよりリシアのその表情がとても好きなだけに、今の美しさでそれは反則級だ。


「あっ、せっかく良い感じだったのに…。」

「えっ?あ、ああ!?」


気がつくと手元のウサギの耳がポキリと折れている。

変に力をかけてしまったのだろう。


「残念ですね。私もやってみようかな。どれが簡単ですか?」

「ここらへんの奴はふつうのより全体的に太めになっているから折れにくい。」

「では私もこの太めのウサギちゃんにします。」


そう言うとリシアはかたぬきを始める。

私はそれを眺める。


「姉ちゃん、型じゃなく顔眺めてんじゃねえか。」

「しっ、うるさい。」


店主がひそひそと冷やかしてくると、私はなんとか型に目をやった。


◆ ◇ ◆ ◇


「10円もらっちゃいました。」

「良かったな。綺麗に抜けて。」


かたぬきを終えると、またリシアはスッと私の腕に手を絡め歩く。

実は慣れてたりするんだろうか、私以外で。

ちょっと嫌な気持ちになりそうなのをこらえる。


「最近のくじ引き、景品が普通のになりましたねえ。昔はゲーム機とかあったのに。」

「動画投稿者がやってきて全部引いて入ってない!とかやるから、最近は1/2とか1/4で当たるようにしているらしいな。」

「ああ、それで…。」


一昔前なら一回百円で最高でゲーム機が当たる、みたいなのが横行していた。

当然、中にあたりなど入っているはずもなく当たらないのだ。

だが、時代の流れかそう言った商売も許されなくなり、今では五百円で引いて五百円の景品がたまに当たる、みたいなことになっている。


「射的もありますよ。」

「良いな。結構得意だぞ?」

「では、あのクマちゃんのぬいぐるみが欲しいです。」

「サラッとおねだりするんだな?」

「取ってくれないんですか?」


リシアはふふといたずらっぽく笑う。

そう言われると、私に断る術はない。

とはいえ、あれはなかなか難しいな。


一射。パワーとズレを確認する。

この弾のパワーだと、頭すれすれを当てて行かないと倒れそうにないな。

私は長い手足を限界まで伸ばし、クマに構える。


二射。クマの目に当たる。奴はびくともしない。少し上方に照準を切り替える。


三射。おおかたねらっていたところに当たる。クマは少し後ろに傾くがまた元に戻る。


四射。これで最後だ。私は限界まで銃に力を入れて弾を込める。ミチミチと音がする。破壊力を上げる。

深呼吸をする。弓と同じだ、集中を高めろ。

引き金を引く。弾は予想通りの軌道を描く。

クマの頭頂部に吸い込まれてゆき--後ろに傾いて--倒れる。


「わっ、やった!本当に取っちゃった!」

「ふふ、見たか。」

「大切にします。ね、麗香さん?」


クマのぬいぐるみにそうリシアは話しかける。どうやら麗香さんと名付けたらしい。


「どうして君はすぐに私をクマとなぞらえるかな…。」

「あれ、前にクマ扱いしましたっけ?」

「いや、こっちの話だ。」


私は昔リシアが私をクマ扱いしたことを少し思い出していた。


◆ ◇ ◆ ◇


「あ、ちょっと寄って良いですか?」

「ん?ベビーカステラか。」

「何故か屋台だと甘いものも辛いものも順番関係なくなりますよねえ。」


まだ食べ物系は一切寄ってない私たちだ。

ベビーカステラは甘いので後半のものな気もするが、確かに屋台だとあんまり関係なくなるのは不思議なものだ。

リシアは一袋買うと、ベビーカステラを手に取る。


「はい、お姉さま。あーん。」

「なっ、リシア?」

「ご褒美ですよ。ほら。あーんして。」


リシアがずずずとベビーカステラをこちらに寄せてくる。

ちょっと身長が足りず背伸びしているのが可愛らしい。


「あ、あーん。」

「美味しいですか?」

「美味しい…。」


実際のところは味がわからない。

普段のリシアなら人前でそう言うことは絶対にしない。

いつもの何倍も積極的なリシアに気が気でない。


「良かった。食べたかったらいくらでも言ってくださいね?」

「う、うん。」

「ふふ、うんって。ちょっと照れてます?」


なんだか今日は振り回されてばかりだな。

この借りはいつか仕返ししてやろうと、心に決めたのだった。




正月編でのベビーカステラのくだりはここの件の仕返しがちょっと混じってたという話。


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