テスト前の週末 その3
ポテトサラダにアジの塩焼き、お味噌汁にご飯。
大したことはない、普通の夜ご飯だ。
「すごい!リシアも料理が得意だったのだな!」
「いや、凝ったことはしてませんし…普通では…。」
「出来る人の普通は普通ではないんだよ。ああ、食べる前に写真を一枚撮っても良いかな?後でSNSに上げたいんだ。」
「良いですけど…わざわざ私のじゃなくても。」
「最近更新をサボりがちでな。最後の更新が前のピザなんだが、事務所からもっと更新しろって怒られてしまった。」
「ああ、それはちょっとサボりすぎですね…。」
麗香さんの場合、ファンもそれなりに居てフォロワーも多い。
事務所がもう少ししっかり更新して欲しいと思うのもおかしくない。
「よし、ありがとう。後でSNSにあげても?」
「もちろん大丈夫ですよ。」
「助かる。ではいただくとしよう。」
私達は手を合わせ、食事に手を着ける。
麗香さんはお味噌汁に口を付けると、パッと表情が変わる。
「ん、美味しい!」
「そうですか?」
「ああ、甘くて上品だ。」
「あー、まぁそういうものでは?」
基本の鰹と昆布の合わせ出汁に白味噌、ワカメとお揚げさんのシンプルなものだ。
「そもそも味噌が違うな。うちのは赤くて塩辛い。」
「あー、白い方が日持ちしない分塩気が薄くて甘いんですよ。私は白のが好きです。」
「私も好きだな。」
麗香さんはまたずずずとお味噌汁をすする。
すぐに飲み干してしまいそうだ。
「ふぅー…美味しい…。」
「そんなですか?」
「ふふ、毎日お味噌汁を作って欲しいくらいだ。」
麗香さんは私の表情を伺うようにこちらを見る。
そんなに気に入ったのだろうか。
「良いですよ。」
「えっ?」
「取りにか食べにか来てくれるなら、前日くらいに言ってくれれば、用意しときます。」
「…ふふふ、そうだな。必ず連絡するよ。」
麗香さんはその後も美味い美味いと食事を平らげていく。
「その、ご飯のお代わりって…」
「ありますよ。結構多めに炊いたので。」
麗香さんがおずおずと差し出したお茶碗を受け取ると、私はそれにめいいっぱいご飯をつぐ。
普段なら一合でもかなり持て余すのだが、今日は思い切って二合半炊いてみた。
余るだろうが、麗香さんが食べ足りないよりはマシだろう。
「幸せだな。私は。」
「お姉さま、本当に食事が好きですね。」
「うーん、そうかもしれないな?」
そうしてわいわいと話しながら楽しい食卓になった。
午後七時半。
「洗い物は私がやろう。リシアは勉強を続けていてくれ。」
そういって麗香さんから洗い物というサボりタイムを取り上げられたため、仕方なく勉強を再開する。
だが、すぐ近くから洗い物の音がするのはなんだか良いものだ。
その落ち着く雰囲気に、勉強がはかどる。
午後八時。
麗香さんが黙って置いてくれたカフェオレに口をつける。
横を見ると、麗香さんはスマホとにらめっこしていた。
どうやらSNSの更新をしているようだ。
私も頑張らないとなと、気を引き締め直す。
午後十時。
さすがに昼から結構な時間勉強したはずだが、まだまだやることは多い。
その分量の多さに疲れてきた。
「もうやだぁ、疲れたぁ…。」
ひっくり返ってそうボヤいてから、今日は一人じゃないことを思い出して慌てて横を見る。
「いや、これは…」
「疲れたか?休憩にしよう。」
麗香さんはととっとすぐそばに正座すると、とんとんと膝を叩く。
「癒やしてやろう。おいで?」
「ええっと?」
「膝枕だよ、ほら。」
いや、それはわかってるのだが。
どうして急に?
恥ずかしくない?
そんなことを思うが、無言で膝をぽんぽんしてこっちを見つめてくるその様子に根負けする。
「お邪魔…します?」
「どうぞ。」
麗香さんの膝に頭を置く。
この感覚。これは--
「堅い、ですね…。」
「す、すまない…鍛えているからな…。」
まぁそうだ。
日々あれだけトレーニングしていて柔らかいはずがない。
「寝づらかったら別に起きてもいいぞ。」
「いや、まぁこれはこれで…。」
堅いのは堅い。だが、その堅さが不思議と座りがよくて良い。
「リシア、よく頑張ってるな?」
「そうでしょう?」
麗香さんは静かにゆっくり私の頭を撫でる。
規則的で優しい感覚に心が落ち着く。
「ああ。だから少し休め。」
「はい。」
目をつむってみる。
麗香さんはそのままずっと私の頭を撫でる。
静かだ。まるで世界に二人しかいないような、そんな気分。
麗香さんが頭を撫でるのを止めるまで、こうしていよう。
そして、いつの間にか眠りに落ちていた。
◆ ◇ ◆ ◇
「ごめんなさい…。」
「気にするな、疲れてたんだろう。」
もう日が変わってしばらくした時間。
私はかなりの時間寝てしまっていて、麗香さんにはこんな時間まで付き合わせてしまった。
しかも、膝枕のまま。きっとかなり足がしびれたことだろう。
「あの、時間も時間ですし、危ないですから。良ければ泊まって行ってください。」
「…………大変、魅力的なのだが……遠慮しておこう……」
麗香さんが歯を食いしばりながらそう答える。
相変わらずよくわからない。
「それにバイクだし、そんな危ないこともない。」
「わかりました、でも帰り着いたら連絡くださいね?」
「わかった。」
「事故らないように。気をつけて帰ってくださいよ?」
「わかったわかった。…存外、過保護だな?」
「そういうのじゃないですっ!」
麗香さんが苦笑しながら頭を撫でるのをペチッと叩き返す。
自信過剰め。
「怖い怖い。では帰るとするよ。見送りはここでいい。」
「わかりました。今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。」
麗香さんはドアを閉める前に手をひらひらっと振った後、静かに閉めて出て行った。
鍵を掛けて、部屋に向き直る。
静かだ。当然誰も居ない。なんだか、急に広くなった気もする。
「あ、お姉さま、結局お菓子も飲み物も全部おいてったじゃん…。」
後日取りに来たりするんだろうか。とりあえず帰り着いた連絡があったら処遇を聞いてみよう。
とはいえ、一つくらい何か取っても言われないだろう。
私はお菓子を一つ取り出し、口に含む。
「さーて、これ食べながらもう少し頑張るかー!」
私は伸びをすると、また勉強道具に向かった。
◆ ◇ ◆ ◇
今日の麗香のSNS
お友達の家で夕食をごちそうになりました!
美味しかった~!!
#大切な友と #お味噌汁白くて甘い #焼き加減ぴったしのお魚 #ポテサラ手伝いました #料理上手
麗香「ハッシュタグ考える時間が…一番難しい…。」




