ピクニック
週末、梅雨の晴れ間に誘われてぽかぽか陽気の中、公園の芝生の上。
「お姉さま?」
「なんだ、リシア?」
麗香さん…お姉さまが私の肩に顎を乗せ返事をする。
微妙な振動がくすぐったい。
「離して欲しいんですけど…。」
「なぜ?」
「この状況で恥ずかしいから以外に何かあるとでも?」
「へぇ、そうか。」
お姉さまが後ろから抱きしめる手は一切緩まない。
むしろ強くなっているまである。
自分で自分の表情が険しいものになっているとわかる。
暴れてやりたいところだが、ぐっとこらえる。
「次のサンドイッチ、食べさせてくれるか?」
「あー…お姉さま?」
「早く。あーん。」
「すぅー…はぁー……どうぞ。」
「んー!!」
大口を開けたお姉さまの口内に思いっきりサンドイッチをねじ込んでやると、案の定のどに詰めたのか変な声と共にせき込んでいる。いい気味だ。
さて、どうしてこんなことになってるのか。
それは少し時間を遡る。
◆ ◇ ◆ ◇
深夜、スマホの前。
もう少しで麗香さんから通話が掛かってくるので私は待機していた。
すぐに掛かってくる。私は急いでそれを取った。
『もしもし?』
『どうだ?調子は。』
『おかげさまで元気になりました。』
『ふふ、それは良かった。』
『あの、買ってきてくれたもののお代を返したりとか、お礼とかしたいんですけど…。』
『要らないよ。私が好きでやったことだ。』
『そういうわけにはいかないです。いつも貰ってばかりなので。何か欲しいものとかないですか?出来る範囲でお返しします。』
『出来る範囲。欲しいもの…。』
麗香さんが悪そうな顔をする。
あっ、これダメな奴だ。
『ふふ、そうだな。リシアが1日何でも言うことを聞いてくれる権利が欲しいな。』
『ちょっと、麗香さん!?』
『リシア。お姉さまって呼んでくれ?』
『えっと、お姉さま?それは怖いんですが。』
『心配せずともそんな危ないことは頼まないさ。だからダメかな?』
『ダメじゃ‥ないけど…』
『じゃあ、次二人で出掛けたときにその権利を使おう。構わないかな?』
◆ ◇ ◆ ◇
と、まぁこんな感じで結局押し切られ。
週末、天気が良かった私たちは、都内の大きな自然公園にやってきたのだ。
「んー!いい天気だ。」
「ですね。あっ、見てください麗香さん!池に睡蓮がたくさん。」
「本当だな。見応えがある。」
「白、ピンク、紫…色とりどりですねえ。麗香さんは白の睡蓮が似合いそうです。」
「今日はお姉さまって呼んでくれないのか?リシア?」
「お姉さま!!これで良いですか!!」
「ああ、嬉しいよ。」
お姉さまと風邪のテンションであだ名をつけた私だが、照れくさくなって呼べていなかった。
とはいえ、今日は1日麗香さんの言うことを聞く日だ。
私はやむなくお姉さま、と呼ぶ。
「そういえば、リシア。その片手のものは…」
「お昼ご飯を作ってきました。お口に合うかわかりませんが…。」
「やはりか。今から楽しみだ。中身を聞いて良いかな?」
「サンドイッチです。」
「サンドイッチ。カツサンドは…」
「ごめんなさい、入ってないです。」
「ふふ、あれは少し手間がかかるものな。」
そしてバラ園や日本庭園、花畑などを私たちは歩く。
麗香さんは花や草について詳しく、聞けばだいたい返ってくる。
モノによってはこうやって食べたらおいしい、などの知識もあって大変面白い。
そのうちそういうものを採って食べるキャンプなんて良いかもな、などと緩く思う。
そしてお昼ご飯の時間。
芝生にレジャーシートを敷いて、お弁当を広げる。
「おお、これはいっぱい作ったものだな?」
麗香さんはお弁当箱いっぱいにぎゅうぎゅうに詰め込まれたサンドイッチに目を丸くする。
私も自分で見て少し引いたくらいだ。
「あはは、お姉さまならどれくらい食べるかなって想像しと作ったらこんなになっちゃって。あの、口に合わなかったり多かったら遠慮なく残してくださいね?」
私は頭を掻く。
他人に料理を作る経験など初めてで、暴走した感が否めない。
そんなサンドイッチを見ていた麗香さんは、パッと一つ取ると口に含む。
私はその唐突さに呆気にとられながら、麗香さんの様子を見守る。
--緊張する。
「美味しい。美味しいよ、リシア。」
麗香さんはニカッと笑うと、私の頭を一撫でする。
「これなら全部食べてしまいそうだ。作ってきてくれてありがとう。」
「それなら良かったです。」
私は嘘偽りなさそうな麗香さんの立ち居振る舞いにホッと一息つく。
「あの、普通の麦茶ですけど。良ければどうぞ。」
「ああ、貰おう。ありがとう。」
私が水筒のコップにお茶を注ぎ差し出すと、スッと一杯飲み干し、またこちらに差し出す。
私はそこにおかわりを足すと、麗香さんはそれを楽しそうに見る。
「しかし、お弁当を作ってきてくれると思ってなかった。」
「こういう公園って食べるとこあるのかなと思いまして。結果的にあったんで余計な世話だったかもしれませんが…」
「そんなことはない。リシアのお弁当は毎日食べたいくらいだ。」
「それはオーバーだと思いますがね。」
麗香さんがぱくぱくとサンドイッチを平らげていく。
一つ一つ、それは美味しそうに食べてくれるのを見て、少し心が温かくなるような気がする。
そして約3/4を食べた頃。
「お茶をもらえるか?」
「あっ、もう空でしたね。すぐお継ぎします。」
私は慌てて水筒を持ち麗香さんのコップに継ごうとするが、勢いづきすぎて水筒が手から滑り落ちそうになる。
それを慌てて持ち直そうとして今度は自分の体勢が--
「おっと、危ないぞ?」
「ごめんなさい、慌てちゃいました。」
麗香さんが即座に立ち上がり、片手で水筒の底を掴みながらもう片手で私の腕を取って体勢を戻す。
そしてそのまま元の形に--なら良かったのだが。
「あの、麗香さん?」
「お姉さまだ。」
今日何度目かのやりとりをしながら、麗香さんは私の体をするっと逆向きに回すと、そのまま抱きかかえるようにして座り込む。
「リシア、お茶をついでくれるか?」
「えっと、その前に離して欲しいんですけど。」
「このままで。ほら。」
スッと私の目の前に差し出されたコップにお茶を注ぐ。
よくわからない今の状況に混乱している自分がいる。
「右手にはリシア。左手にはお茶。手が埋まってしまった。」
「私を離せばいいのでは?」
「なので残りのサンドイッチを食べさせて欲しい。」
「はい?」
「ほら、早く。」
「えぇ…どうぞ。」
私が口元にサンドイッチを差し出すとそれにかじり付く。
「美味しい。最高に美味しい。幸せすぎる。」
「いや、訳がわかんないんですけど…。」
そんなやりとりをして、冒頭のシーンに戻る。
◆ ◇ ◆ ◇
「さすがに今のはひどくないかリシア。」
「食べさせて、とは言われましたけど。その通りにしましたが?」
「もっとこう、甘々と…『はい、お姉さま、召し上がれ』って感じで…」
「はい、お姉さま、召し上がれ。」
もう一度口の中にサンドイッチをねじ込んでやる。
またもや不意を突かれたのか、お姉さまは悶えている。
「…もう一枚要ります?」
「私が悪かった。悪かったから許してくれ。」
「では離していただけますか?」
「それは無理だ。」
私は追加のサンドイッチをお姉さまののど奥にねじ込もうと、さらにサンドイッチを手に取った。




