汗と距離 その3
「これはかなり好き嫌いが分かれると思う。飲めなければ無理をしないでくれ。」
岩盤浴から一旦出て休憩中。
麗香さんの二本目の水筒から出てきたのは真っ赤で透明な液体。
「イチゴシロップ…いやアセロラドリンク…?」
「はは、だと良いんだがなあ。」
意味深な笑いにそこまで酷い味なのかと不安になりながら口をつける。
舌の上に乗せた瞬間、想像にない刺激に目が白黒とする。
「酸っぱい!!」
「そうなんだ、酸っぱいんだよ…。」
「これ、何だろう…梅干しですか…?」
味からすると梅ではなく梅干しに近い。それくらいの酸っぱさだ。
「実はな、ハイビスカスなんだよこれ…。」
「ハイビスカスって、あのお花の?」
「そう、花の。」
「花って、勝手に甘いもんだと思いこんでました。」
花の蜜のイメージが強いため、花のお茶と言われると何となしに甘くフローラルなイメージがあるが…。
さらに香りも柑橘類と生姜のそれに近い気がする。
「レモンか何かと生姜って入ってますか?」
「鼻が鋭いな。生姜は入っているぞ。発汗効果を高めてくれる。」
「じゃあ柑橘類みたいな雰囲気を感じるこの香りは…。」
「ハイビスカスのものだ。実はクエン酸とビタミンCが豊富に含まれている。」
「ああ、通りで酸っぱいわけですね…。」
成分がレモンに良く似通っているのだ、酸っぱかったり香りが爽やかだったりするのはそのせいか。
「そういうことだな。クエン酸で疲労を回復しつつ、ジンジャーで発汗効果を高めてくれる。」
「よく考えられてますね…。」
もう一口器を傾ける。
ちょっとずつ口に含むとこの酸味にも慣れてきた気がする。
「お、飲めそうか?」
「ええ、慣れてくれば。」
「良かった。」
麗香さんが胸をなで下ろすかのように一息つく。
その様はどこか可愛らしかった。
◆ ◇ ◆ ◇
「これは…なんというか…」
「だな…。」
麗香さんがぬべーと溶けている。
かく言う私もぬべーと溶けている。
「効きますね…。」
「だな…。」
今いる部屋は、非常に低温の部屋だ。
クーラーが効いているというか、むしろ冷蔵庫の中と評した方が良さそうな感じの温度である。
普段ならこんなところには居てられないのだが…
「火照った身体にはちょうど良いですねえ…。」
「だな…。」
そう、岩盤浴で暖まった身体にはこれほど気持ちいいものはないのだ。
すでに麗香さんは半ば液状化している。
とはいえ、さすがにちょっと冷えてきた。
「そろそろ出ますよ、麗香さん。」
「だな…。」
「もう。えいっ。」
目をつむったまま全く動く気配のない麗香さんの頬に、先ほどまで床についていて冷え冷えの手を当てる。
さすがに驚いたみたいで、すぐに目を開ける。
「ここで寝たら死にますよ?」
「ああ。」
手を差し出すとその手を掴み立ち上がる。
「死ぬところを助けてもらったな。」
「命の恩人ですよ?」
麗香さんの冗談返しにさらに冗談で返す。
手を離し、背を向け出口に向かう。
その瞬間、うなじのあたりに冷たいモノが触れる。
「ひゃっ!?」
驚いて思わず振り向くと麗香さんがニヤリと笑う。
「やりましたね?」
「私の手も負けないくらい冷えてると思ってな。」
非難するように見つめるが、どこ吹く風だ。
やられたらやり返すまで、そう思い手を差し出す。
「えいっ。」
「甘いな。」
「きゃぁ、冷たい冷たい。」
私の差し出した手を最小限の動きで回避すると、そのまま私の背に手を回し、首から背中に手を差し入れる。
あまりの手の冷たさに背がぞくぞくする。
ただこの体勢ならよけられまい。
私は腰回りのシャツの隙間から手を差し込み、ピトッと腰に手を当てる。
「あっははは、冷たい!」
「このこの!」
そうしてハシャいでいる私たちを遠巻きに見ているほかの客の冷たい視線に気づくのが遅れるほどには、冷たい戦いだった。




