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主人公は悪役令嬢と仲良くなりたい  作者: SST
その後のお話
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離れ離れになったら その2


「帰ったら血を採るので、それを少し飲んでいただければすぐ良くなりますよ。」

「やだ。」

「どうしてですか?」

「普通の病気は普通に治したい…。何でもかんでもリシアが血を流せば解決にしたくない。」

「そんな、気にされなくてもよろしいのに…。」

「それでも嫌だ。」

「仕方のない人ですね。」

「そのかわり、いっぱい看病して欲しい…。」

「もう。わかりましたよ。」


苦笑いしながらもお姉さまの要望に頷く。

私自身、癒しの力のおかげで病気はしない。

なのでうつることもないだろう。


「もう少しかかりますから、ゆっくり寝ていてくださいな。」

「ああ。」


すでにまどろみかけていたお姉さまにそう声をかけると、そのまま目を瞑り、すぐに寝息をたてはじめる。

可愛いものだ。

引き続き撫でながら、アランさんに私が居なかったときの話を聞いていた。


◆ ◇ ◆ ◇


「つきましたよ、お姉さま。…よく寝ていますね。」


揺れる馬車の中、本当によく寝ている。

きっとこうしてゆっくり眠るのもひさびさなのだろう。


「よろしければ寝室までお運びしましょうか?」

「ええ、よろしくお願いします。私はちょっと寄り道していきますね。」


アランさんはお姉さまを抱っこすると、そのまま寝室へと向かう。

さて、私は厨房に向かうか。


◆ ◇ ◆ ◇


「厨房長、いますかー?」

「おお、奥様。お帰りになられたのですね。」

「ええ、今し方。」


私は厨房にて厨房長を見つけて話しかける。


「ローエンリンデで、病気の時に食べていた食べ物のレシピってあります?」

「ああ、ありますよ。簡単な卵粥ですけど。」

「本当ですか?見せてもらえますか?」


厨房長はお姉さまが小さい頃からここに勤めている。

きっとそういったレシピも持ち合わせているのではないかと思ってあたりをつけたのだが正解だった。

病気のときはいつもの味ほどありがたいものはない。


「はいはい、なるほど…。」


私はレシピを見ながら食材を手にとっていく。


「公爵様は奥様の料理が恋しいとろくに食事をお摂りにならなかったので、喜ばれると思いますよ。」

「公爵様がご迷惑をおかけしてすいません…。」

「いえいえ、主人が満足出来ない料理しか作れない私たち厨房の落ち度でもあります…。」


厨房長も相当胃が痛かったのではないか。

正直、私よりよっぽど料理がうまいのに、お姉さまは困った人だ。


◆ ◇ ◆ ◇


出来上がった卵粥を持って寝室に向かう。

まだ、お姉さまは寝ているだろうか。


「リシア、どこへ行ってたんだ?」

「あら、起きてましたか。」


寝室の扉を開けると、しんどそうにベッドの背もたれにもたれながら座っているお姉さまがいた。


「ふふ…。寝ていてもリシアが居なくなればすぐにわかるんだ…。」

「気持ち悪いですね。」


そんな軽口を言い合いながらもベッドサイドに座る。

いや、お姉さまは軽口じゃない可能性もあるが…。


「なんだか懐かしい匂いがするな…。」

「卵粥を作ってみました。お食べになりますか?」

「もちろん。」


私は卵粥にスプーンを差し入れて掬うと、そのままお姉さまの口元に差し出す。


「お姉さま、はい、あーん。」


私からあーんしてあげたのがそんなにも意外だったのだろうか。

不思議そうな顔でスプーンをながめていたお姉さまだが、素直にそれを口に入れる。

お姉さまは何も言わずに、ただ噛み締めるように咀嚼する。


「あの、おいしいですか?」


私はお姉さまのらしくない挙動に不安になり訊ねる。

普段ならおいしいってニコニコしてくれるのに。


「レヴィって、呼んでみてくれないか?…」

「えっと、レヴィ?」


私がお姉さまの愛称であろうその言葉を口にした途端、お姉さまの目から涙が途端に溢れ出す。


「え、え、どうしましたか?ごめんなさい、私何かしましたか?」


体を丸めて嗚咽するお姉さまの背をさするように手をかける。

やはり、まだ熱がでているようだけど。


「母上…ひぐっ…母上ぇ…。」


お姉さまがしゃくりあげて泣きながらそう呟くのを聞いて、私は合点がいく。

きっと、小さい頃病気をしたらお姉さまはこうしてお義母さまから卵粥を食べさせてもらっていたのだろう。

味も残っている当時のレシピをそのまま使っている。同じでもおかしくない。


以前、レヴィと愛称で呼んだときも反応していたように思う。

あれは母親がそう呼んでいたのかもしれないな。


同じような今回のシチュエーションにそれを想起したのかもしれない。

13や14そこらで母親や家族と別れ、そのまま亡くしたお姉さまだ。

私と出会ってからは家族を想い泣くような所は見たことはないが、きっと今まで積もり積もって来たのではないか?

今までの付き合いからそう思い至る。


私はお姉さまを抱きしめるようにして、そのままゆっくりあやすように背を叩く。

お姉さまにとって家族はもう私とアランさんくらいだ。

その私もいなかった今、きっとお姉さまはとても寂しかったのだろう。


そうして抱きしめていると、次第にお姉さまの泣き声が落ち着いてくる。


「ごめんなさい…。」


お姉さまは静かにそう口を開く。

誰に謝っているのだろう。私か、それとも領地に残して喪ったご両親とお兄様か。

判然としなかったが、私はお姉さまの気持ちが軽くなればと思い、声をかける。


「良いんですよ、レヴィ。誰が貴方を怒るものですか。」


母親の様に振る舞うことに、心の中でご両親に謝罪する。

それでも、私はそう声をかけてあげたかった。


「母上、母上…。」

「はい。なぁに?」


お姉さまは私にすがりつく。


「レヴィ、早く食べないと冷めちゃうわよ。ほら、あーん。」


熱にうかされているときくらい、母の温もりを感じてもいいのではないか。

不思議と何を言って、何をすれば良いかわかる。

感じるままにスプーンを差し出すと、お姉さまは涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。


「母上…?」 

「ええ。ほら、早くしなさい?」 

「うん。」


お姉さまは静かに、でも幸せそうに差し出された卵粥を食べてゆく。


「レヴィ、おいしい?」

「うん。おいしい。」

「そう、良かった。」


心に安堵感が募る。

卵粥はみるみるうちになくなってゆく。


「レヴィ、偉い。ちゃんとごちそうさま出来たわね?」 

「うん。偉いでしょう?」

「ええ。でもお口にお弁当がついてるわね。」


私は苦笑しながら口元の食べ残しを取ってやる。


「ふふ、レヴィはいくつになってもこうなんだから…。」 


どうしてだろう。そんな言葉が口をついた。


「少し、片付けてくるわね?」

「母上、もう少しだけここにいて…?」


お姉さまは寂しそうに手をひく。


「仕方ないわね。ほら、ここにいますよ。」


ベッドサイドに座り直し、手を握ってやる。

お姉さまは満腹になったのと、安心したのか横になるとすぐにうとうとし始める。


「おやすみなさい。レヴィ。」


私はお姉さまが安らいだ顔で眠りについたのをみると、手を貸してくれたかもしれないお義母さんに感謝の祈りを捧げた。


◆ ◇ ◆ ◇


「おはよう、レヴィ。よく眠れた?」 

「その呼び名と今日あったことはもう忘れてくれ…。」

「良いんですよ。たまには母親と思って甘えていただいても。ねえ、レヴィ?」


お姉さまが寝ている間、ずっと手を握っていたが、目覚めた頃には随分と良くなっている様に見えた。

ただ、熱とは違う理由で真っ赤になってはいたが。




レベッカは離れ離れになる、ということにひたすらトラウマを抱えている様に思います。

両親のこと。夏のこと。年末のこと。全て大切な人と離れ離れになってから辛い目に遭っている。

レベッカを遺して逝った家族も、きっと離れ離れになったままだったことはずっと心残りだったんじゃないかなと。


リシアと少しの間離れ離れになることに不安を感じたレベッカが、精神も肉体も弱った時にリシアに見た母親の幻覚。

それは、きっとそんな家族の心残りが見せたものじゃないかと思っています。

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