元日 その4
「こちらですね。」
「ありがとうございます。アランさん。」
エドワードの指定で向かったのは、領都から少し離れた旧競技場。
聞いたところによると、新競技場が出来てからは使われておらず、ずっと放置されているものらしい。
こんな寂しいところでお姉さまを死なせてはいけない。つくづくそう思う。
「では、中の部屋でお待ちしてましょうか。」
「ええ、お供します。」
まだエドワードたちは着いていないようだ。
待つように言われている部屋で支度をし、来るのを待つ。
「…アランさん。もし、私がお姉さまにも癒しの力を上手く発揮できなかった時、お姉さまは私に決闘を挑むかもしれません。ちゃんと説明できないんですけど…」
「なるほど?えっと…本日、エドワードによって断罪されて罪人と確定する前に、容疑者のままローエンリンデの為に死なれるということですか?」
ああ、そういうことだったのか。今更原作の断罪イベントのシーンの台詞が思い当たる。
あのシーンでは、自分がいつまでエドワードの婚約者であるか、ということについて確認していた。
あれは、自分の罪がいつまで確定しないのか?について聞いていたんだな。
そして、その期間がとても短かった為に、決闘という申し入れをした。
そういうことなのかもしれない。
原作のレベッカが、リシアを傷つけたり殺したりする気があったのかはわからないが、少なくとも自分の命をローエンリンデのために使うという選択をしたんだ。
「…おそらく、そうでしょう。そして、そうなったとき、私は…」
「ここずっと悩まれていたのはそういうことでしたか。」
アランさんが納得が行ったという風に首を縦に振る。
「以前にも申し上げた通り、まずお嬢様の命とリシア様の命、どちらかを取るとなれば、リシア様の命をお選びください。よろしいですか?」
「…はい。」
それは約束できないけれど、その言葉はありがたい。
そう思う。
「そして、今のお嬢様がその選択に至るということは、もうお嬢様にとって、それしか残っていないということです。もし、リシア様と共に生きる道が残っていると思われるなら、意地でも生き延びようとするはずです。」
「昔のお姉さまならローエンリンデの為になるならとすっと死を選ばれそうですけど。」
「お嬢様をそう変えられたのは、リシア様です。…ですから、お嬢様がそれを選ぶと言うことは、すごく悩まれて、追いつめられて出した結論かと思います。お嬢様をお責めにならないでくださいね。」
「もちろんです。」
それでも、それでも私はお姉さまに生きていてほしい。
そのために私は何が出来る?何をしたらいい?
「ここの中でリシアが待っている。準備は良いかい?」
「早くしろ。」
部屋の外から聞きたかったあの声が聞こえくる。
お姉さまだ。私は居てもたってもいられず、ドアが開くと共に飛び出し、お姉さまに抱きつく。
「ああお姉さま、こんなにおやつれになって!お体、悪いですか?ご飯は食べれましたか?睡眠は?」
ひさびさにみたお姉さまのお顔はとても青白く、痩せていた。
見ているだけで辛い思いをしたと解るそのお顔に、思わずたくさんの心配が口にでる。
どうにかお姉さまを癒して差し上げたい、もう離したくない。その一心でお姉さまを抱きしめる。
どうか、どうか癒しの力よ、今この場で。
諦める必要はないんだとお姉さまに。
「お姉さま、私、癒しの力についていっぱい研究して。こうやって抱きしめればお姉さまを癒してくれるはずなんです!!どうですか!?体は楽になりましたか!?」
お姉さまの顔を見上げて、様子を伺う。
お願い。お願い。どうか、お姉さまを癒して。
お姉さまはただジッと私を見下ろす。
「えっと、その、まだ全然コントロールが出来なくて。どうですか?私、頑張りますから。その。」
どうして。どうして効いてくれないの。
癒しの力はなんだってすぐ治してくれるはずなのに。
何も変わらないということだけが伝わってくる。
「本当なんです。だから、だからどうか。」
ただ私を見下ろすそのお姉さまの表情を私はよく知っていて。
それは、何度も何度も見たあの表情で。
手を縛られて居たり、細部は違うけれど。
でも、次に出てくる台詞が何かが解ってしまう。
「リシア。いや、リシア・ローエンリンデ。あなたの元恋人、レベッカ・ローエンリンデが決闘を申し入れる。…己の命の為に元恋人にも剣を向ける愚かな女の申し入れ、受けてくれるか。」
「待ってください!私は、あなたを…!」
「エドワード。」
「ああ。」
お姉さまの合図で私はエドワードに引き離される。
崩れ落ちそうになる私を、それまで黙って見ていてくれたアランさんが抱き留めてくれる。
お姉さまはそんな私に目もくれず連れられてゆく。
それでも。今更どんなに冷たくされても。私はあなたを助けてみせる。




