悪役になる
レベッカ視点です
「君の愛おしいリシアのところに行ってきたよ、レベッカ。」
長い長い、痛みに耐える時間の最中エドワードはやってくる。
表情には嘘臭い笑顔を張り付けて、私を見下ろしている。
十中八九、思った結果は得られなかったのだろうな。
「あれ、返事してくれないのかい?…ああ、声を出す元気もないのか。」
エドワードは笑みを深めると、自慢げに手を後ろに組みうろうろし始める。
「良かったね、レベッカ。君、リシアに会えるよ?」
やはりリシアは何かしらの形でこうして会う機会を作り出してくれたのだな。
きっとリシアならやってくれると、信じていた。
「ただし、会えるのは決闘の場だ。君とリシアのね。」
なるほど。そういうことか。
私がどんな理由であろうと、リシアを手に掛けるということは考えられない。
恐らく今からエドワードは二人の仲を割くような提案をするのだろうが、そこまでがリシアの想定内だろう。
ここで素直に受けるのも怪しまれるであろうと判断した私は、表情を歪める。
「おや、愛したものを手に掛けることなんて出来ないといった表情だね?」
そう取ってくれるならありがたいことだな。
「でも、これはリシアと僕からの温情なんだよ?君とリシアの主張が対抗したということにして、決闘で決着をつけることにすれば、それまでは君は裁かれることはない。そこで君がリシアに勝てば、君は晴れて無罪の身だ。」
だが、それは罠だ。
私とリシアの実力差なら、リシアを殺さずに決着をつけるのは簡単だろうが--
次は王国を欺いた罪がリシアに行くだろう。
私はリシアを傷つけるつもりは毛頭ないし、そうなったときにエドワードがどんな手を打ってくるかわからない。
王国を欺いた神託の聖女を匿っていたとしてローエンリンデを罰する可能性だってある。
「もし、君が負けても、そこで君が死ねば王国法でそれ以上君が裁かれることはない。僕たちの婚約はまだ破棄されていないから、君は僕の婚約者のまま、死ねるんだ。」
エドワードの発言の意味を理解する。
この男がそれを守るかは置いておいて、私が婚約者のまま死ねば、ローエンリンデが王族の婚約者を排出したという功績は残ったまま私の罪は消える。
そうなれば、功績を鑑みて養子か遠い分家筋の継承を認めてもらえるかもしれない。
つまり、私の死はローエンリンデには現状メリットしかないのだ。
「君がどちらの道を選ぶかはわからないが、この決闘、受ければリシアに会える。リシアに勝っても罪は晴れる。負けてもローエンリンデの為になり、リシアの手で死ねる。」
リシアの手で死ねる。その言葉が妙に蠱惑的に聞こえる。
ああ、こんな寂しいところで痛みに耐えながら一人死んでいくより、リシアに看取られて死にたい。
脳裏にリシアの小さな暖かい手に包まれて、静かに見つめられながら、私の心臓にゆっくりリシアの剣が突き立つような、そんな風景が浮かぶ。
今の私には、それがとても幸せなものに思えた。
「つまり、君にこの決闘はメリットしかない。受けてくれるよね?」
私が静かに首肯すると、エドワードは嬉しそうにニヤリと笑う。
「ああ、そうそう。これはアドバイスなんだけどね。もし死ぬ気なら、ある程度君もリシアを倒すつもりで挑むといいよ。最後にリシアに嫌われれば、彼女だって新たな道を歩むつもりになるかもしれないだろう?リシアを後追いで死なせたくないなら、そうするといい。」
なるほど。確かにリシアには私が死んでも幸せになってほしいと思う。
もう私は決闘で死なずとも長くないであろうことは解る。
ならばそんな私をずっと引きずるより、さっぱりお別れ出来るような、そういう別れ方のが良いのかもしれないな。
最後の最後に、悪役になる。
それでリシアと会えて、リシアの一生も幸せなものになるのなら。
「まぁ、せいぜい頑張ってね。では、決闘の日に迎えに来るよ。」
地下の部屋にはまた静寂が訪れる。
でも、またリシアに会える。その事実だけで痛みも静寂も耐えそうだった。