別れ
「リシア、次こそ君を守れて、良かった。」
体中負傷だらけで、魂が抜けたかの様に野原の真ん中に崩れ落ちていたお姉さまは、私を見るなりそう言って私を震える手で抱きしめた。
「私なら、怪我を負っても治ります!なのに、どうして!」
お姉さまならあの矢はいくらでも避け様はあったはず。
でも、それをしなかったのは、私をかばってのことだと容易に想像がついた。
「治るとしても、傷ついて欲しくなかったから。」
かすれた、か細い声でそう告げる。
この人は、どうして。
「今からアランさんが屋敷、いや近くの街に医者を呼んできます!それまで堪えてください!」
「アラン。」
お姉さまは、走り出そうとするアランさんを穏やかな声で呼び止める。
「今から、刺客を差し向けた者がやってくる。後は、リシアを任せて構わないか?」
黒幕が?原作での誘拐イベントは、結局お姉さまということになっていた。
今回がそのイベントのはずだが、お姉さまであるはずがない。となると、誰が?
いや、今は考えるのはやめだ。まずはお姉さまを。
「アランさん!私のことは大丈夫ですから、お姉さまを!」
「アラン、頼まれてくれるか?」
私とお姉さま、二人から相反する指示を出されアランさんは苦情の表情を浮かべる。
お願い、お姉さまを助けて。
「…承けたまわりました。お嬢様。」
「アランさん!」
「ありがとう。…私の予想では、手荒なことはしないはずだ。」
私はアランさんに何度も呼びかけるが、アランさんは一歩も動かず、私のそばにいる。
アランさんだって、お姉さまを助けたいはずなのに。そんなのって。
「リシア…。」
「はい。お姉さま。」
お姉さまは穏やかな顔で私を見つめる。
そんな顔しないで。私はあなたの笑った顔がもっと。
「今日から、ローエンリンデの女主人を任せたい。…留守を頼んだ。」
「それって!お姉さま、私はあなたのいるローエンリンデが…!」
そんなの、遺言みたいじゃないか。
私はお姉さまがいないと。
「頼む。家は、リシアに守ってほしい。」
「…はい。」
「ふふ、これで安心だ。」
お姉さまは手を震わせながら、私の背中をとんとん、と叩く。
そこまで言われたら、断れない。
「さて、来たか。エドワード?」
現れたのは、供を引き連れたエドワード皇子。まさか、黒幕とは。
「ああ、レベッカ。僕の勝ちだな?」
「さて、どうかな。」
「ちっ、負け惜しみを…。」
エドワードの挑発に、お姉さまは鼻で笑うようにあしらう。
「エドワード様。どうしてここに?」
「愚問じゃないか?…レベッカ・ローエンリンデ。貴様を神託の聖女誘拐未遂の罪で逮捕する。捕まえろ。」
「そんなことあるわけないじゃないですか!お姉さまは私を必死に守って!」
「証言は裁きの場で聞こう。それより、神託の聖女殿。怖かったでしょう?。御身を王家で保護させていただきましょう。」
エドワードはそう言って私の手を掴む。
その瞬間に体中に鳥肌が立つ。ダメだ、ついていっては。
刹那、エドワードが手を引っ込めたかと思うと、その場所を剣が通過する。
「その方は、ローエンリンデの女主人様。触るな。」
「やぁ、アラン。首謀者であるローエンリンデの女主人だと?リシアが?」
「ええ。先ほどお嬢様が任じられました。ローエンリンデの女主人はつまりは私の主君でもある。無理にでも連れて行くというのなら、この命賭してでもご抵抗させていただきましょう。」
アランさんは当てられただけで震えが来るような殺気を出して、エドワードに相対する。
「やめやめ。勝てないからね。ただ、レベッカの身柄だけは必ず連れて行く。取り調べがあるからね。」
「そんなのさせるわけ…!」
「リシア。」
お姉さまは首を振る。
お姉さまを連れて行かせるわけには…!
「容疑者である間は、身の安全は保障していただけるのでしょうな。」
「罪が確定するまでは、最低限の治療は施そう。連れて行け。」
私を抱きしめていたお姉さまは無理やり立たされ、連れられてゆく。
「愛しているぞ。」
最後にそう私に笑いかけて、連れられてゆくお姉さまの笑顔を、私は良く覚えている。




