タフランα3への到着
タラップに足をかけた瞬間、焼却炉の蓋を開け放ったような熱風が顔に吹きつけた。
思わず立ち止まったが、後ろの乗客に肩をつつかれて、仕方なく手すりを掴みながらステップを一段づつ降り始める。バッグから水を含ませたタオルを取りだして口元を覆うと、呼吸がいくらか楽になった。
タフランα3はこの星系で唯一の地球型惑星で、水も空気も一通りそろっている。ただし公転軌道はハビタブル・ゾーンでもだいぶ内側にあり、シャトル発着場が設置されたこの赤道付近では、外気温五十度を超える事も珍しくない。
暑さでもうろうとしながらダンが到着ロビーまでたどりつくと、迎えの者らしい若い男が待っていた。ひざ丈のズボンと柄物の開襟シャツを身に着けて、フード付きの白いポンチョを羽織り、ダンの名前を書いたプラカードと黄色い手旗を掲げている。ちょっと見には旅行会社の添乗員のような風体だ。近づいていくと、その男の顔に緊張と明らかな怯えの色が浮かんだ。
ダン――ダンジュウロウ・フカマチは控えめに言って醜男だ。原始人を思わせるいかつい顎と、左右に間隔の開いた三白眼。それに犬歯はおろか前歯までことごとく三角形に尖った乱杭歯。身長は百七十五センチと控えめだが、広い肩幅と厚い胸板のせいで実際以上の巨漢に見える。
人気コミック作家、ケンタウリ・ミューラーが描くところの野人戦士が立体になったような、と言えばむしろほめ過ぎになるくらいだ。
「『ファミリー』の人かね?」
ダンが精一杯の笑顔を作って口を開くと、その男は泣きだしそうに口元を震わせたが、ようやく目の前にいるのが待ち人だと気づいたようだった。
「ダンジュウロウ・フカマチさん?」
「そうだ」
「お待ちしてました。車を用意しています、こちらへ」
ありがとう、と告げて右手を差し出すと、若者はまた泣きだしそうな顔をした。軍の払い下げか横流し品と思しいニムダ六輪装甲車に乗り込んで走り出すと、熱波にひび割れた街路のところどころに、倒れたまま黒く干からびた人体が放置されているのが分かった。
「おい、なんだありゃ」
ダンが顔をしかめて指さすと、若者はこともなげに答えた。
「別に珍しいもんじゃありません、日に十人くらいはああやって熱中症で死にます。ほら、日よけを着てないでしょう? 死ぬとすぐに誰かがかっぱらっていくんですよ」
「そうなのか」
ダンはそれ以上尋ねるのをやめた。今から行く仕事のことを考えると、あまりいい気分はしない。
この惑星で個人のプールに水を満杯にするというのは、途轍もなく強欲な行いなのであるまいか――
* * * * * * *
〈ダンジュウロウ、あんた泳げたっけ?〉
退役兵士互助会のエージェント、スズキのそんな一言から始まる電話を受けたとき、ダンはバーナード星系の軌道ステーションでしばらくぶりの休暇を取っているところだった。
「なんだ急に。泳げるのはまあ泳げるぞ、太陽系の選手権大会でメダルが取れるって訳にはいかんけどな」
「そいつは上々。じゃあ、仕事だ」
「……勘弁しろよ。ここ三カ月ばかり、年寄りの思い出話に付き合って幻の珍味とやらを探させられたとこなんだぞ、あんたも知ってるだろ」
忌々しいことにあの一件もスズキの斡旋だった。おまけに、あれは結局のところ――いや、それはまあどうでもいいことだ。金は入ったのだから。
「なに、金はいくらあっても困らんはずだ。聞いたぞ、コンキリオン45番小惑星の低温倉庫群で引き取った小娘を、寄宿学校に入れてやって少額ながら仕送りをしてるって」
「クソッタレが! なんでそんなに俺の情報に詳しいんだ、気色悪い」
「なに、実質拘束期間は一週間だ。それで珍味探しの二倍になる。悪い話じゃないぜ、どうだ?」
そういわれると心が動く。シリカを編入させたところはお嬢様学校というほどではないが、星系軍の将校や恒星船の上級船員といった、そこそこ裕福だが多忙すぎる親が娘を預けるところなのだ。
年頃の女の子には、それなりに潤沢なお小遣いが必要だ――ダンは結局、スズキのオファーを受けることにした。
タフランα3でギリギリ合法の人材周旋を営む組織、マンザネラ・ファミリーの首領フェリクスが溺愛する一人娘ミチル・ナカガワ・マンザネラを、一週間の間密着して警護する事。
「必要品のリストはそっちへ送る。で、絶対忘れちゃいかんものがあるからこれは口頭で伝えておくぞ」
「なんだ」
もったいぶった言い草に、抑えきれない好奇心とうんざりが半々で訊き返す。付き合いが長いお陰で、スズキにすっかり性格を把握されているのがすこし腹立たしかった。
「海パンだ。デザインについては何も言われてないが、布面積の大きいやつがよかろう」
「……そういえばさっき、泳げるかとか聞きやがったな」
「ああ。フェリクスの一人娘は、一日の大半を邸宅にあるプールの水中ですごすんだ――」
半分目を閉じて依頼を受けた顛末を思い出しているうちに、六輪装甲車はいくつかの交差点とカーブを過ぎて、むやみに広い草地の中を走り始めた。その緑に覆われた区画のあちこちに、十九世紀のガス灯を模したような照明具がそびえているのを見て、ダンはようやくそこがすでにマンザネラ邸の敷地であることを理解した。
車を降りると涼しい空気が頬を撫でた。発着場で味わった暑さが嘘のようだ。周囲を見回して、それが所狭しと植えられた樹木と、足元を流れる水のおかげだと分かった。
巨大な玄関ポーチを通り抜け、エントランスホールから二階に上がり、小部屋の一つに通された。禿げ上がった頭の両脇に梳いていない綿花のような白髪を残した、細身の老紳士がそこで待っていた。
「お待ちしておりました」
「やあ。あんたがフェリクス・マンザネラなのか?」
尋ねながら、既に「それはない」と理解している。そこにいる男の態度は、決して組織のトップに立つような人間のものではなく、何者かへの奉仕に明け暮れる忠僕のそれだったからだ。
「旦那様のお留守を任されております、家令のハートウッドと申します。あなたがダンジュウロウ・フカマチさまですな? どうぞお見知りおきを、互助会からの連絡と照会はすでに済んでおります」
ダンはうなずいた。
「分かった。仕事は今日すぐからか?」
「そうしていただければまことに助かります。お嬢様にはもともと、引退した水泳選手を世話係としてつけてあったのですが……しばらく休みを取らせることになりまして。まずはお部屋にご案内しますので、その後、水着に着替えて庭へお越しください」
「ははあ」
どうもふんわりとした物言いすぎて釈然としないが、スズキの忠告が真実だったことは分かった。案内された部屋はダンが普段オフを過ごす軌道ステーションの自室よりも数倍広く、大きな窓からブラインド越しに差し込む日光が彼を戸惑わせるほどだった。
着替えようとして、はたと戸惑う。恒星船でジャンプを三回繰り返し、体感にして一日半の旅路だったが、これで都合三日、体を洗っていない。
流石にまずいと判断して、シャワー室に飛び込む。スクラブ剤入りのボディソープで皮膚が赤剥けするほどこすりたて、体を乾かすと、ステーションで唯一のスポーツショップで買い込んだ、シャチをイメージした白黒2トーンカラーの水泳パンツを身に着けた。
(ちと腹がたるんできてるが、まあ仕事には関係ないか)
リビングの大きな姿見に映った自分の姿に、わずかに眉をひそめて首を振る。肌に赤いスプレーでも塗りたくればまるっきり民話の鬼だ。顔が恐ろしいのだけはどうにもならないが、そこまでは責任を持てない。何かあったら文句はスズキに言ってもらうことにしようと、とにかく背筋を伸ばし、かかとを歯切れよく持ち上げながら庭へ向かった。




