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心のどこかで  作者: 蔵間 遊美
9/18

めんどうくさい

「だぁぁ! もうっ! めんどうくさい!」


 クライスターは洗濯物の籠を抱えて天に向かって吠える。

「…最近…俺…怒鳴ってばっかだぜ…」

 ふふふふと低音な笑い声を辺りに響かせた後、少しばかり疲れたように目を瞑ると、籠を足下にドン!と置き、ふてくされたように地面に座り込んだ。


「悪魔でも自虐的になりますねんなぁ」


 その声にクライスターはハッと目を開けると、慌てて後ろを振り返る。

 そこには学校帰りらしいヤスミが無表情のまま立っていた。

「魔族の背後とるなよ!」

「そんなつもりは毛頭あらしまへんのどしたけど…」

 ヤスミは可愛らしく首を傾げている。

 クライスターは少しその姿を見つめた後、立ち上がって前から持っていた疑念をヤスミにぶつけた。


「…お前…『全視能力者』なのか?」


 ヤスミはその言葉に、感情が読み取りにくい黒々とした大きな瞳をゆっくりとクライスターに向けた。

「おやまぁ…そこまで知ってはるとは…」

 クライスターは肩を竦める。

「俺たち魔族では伝説の存在だ…人間はいわゆる透視能力と、霊視能力を合わせ持つことはない。だが稀に両方を合わせ持つ人間が生まれてくるとな」

 ヤスミは微かに笑うとその後を引受ける。

「故に自分の能力に自滅する。…ですやろ? ちゃいますか?」

「…そう言われている。俺は出会った事がなかったが、全てを視てしまう事に耐えられず発狂するか、欲に駆られた挙げ句、見え過ぎて自滅していったらしい。だが、俺たち魔族にとっては脅威以外何者でもない」

 そこでクライスターは一旦言葉を切る。

 暫く2人の間には静寂が流れた。

「…よって能力を持つ者は見つけ次第殺す…そうなってますようですな」

「…よく知っているじゃねぇか…」

 クライスターは少し片眉を上げる。

「そら、殺されかけましたよってに」

「え?!」

 クライスターはその事実に驚きの声が隠せなかった。ヤスミは少し伏せ目がちにしながらも無表情のまま。

「カイルがいるのに?」

 あんなのがいるのに襲おうとするとは身の程知らずな…そうクライスターが呟くと、ヤスミは視線をクライスターへと戻す。

「その時カイ兄さんも、アキ兄さんも、遥か彼方どしたからなぁ…」

「あ? あの妹バカが?」

 クライスターがそう言うと、ヤスミの口からは予想だにしていなかった言葉が出た。


「へぇ。一応血は繋がっとりますけど、その頃は別々でしたから」


「…え?」

 クライスターは一瞬聞き間違えたのかと思った。

「一応…って?」

「へぇ。うちは従妹に当たりますさかいに」

 だが、ヤスミは何でもないことのように驚きの事実をクライスターに告げる。

「なっ…! 何だとぉぅっ?!」

 クライスターの大声に流石に吃驚したのかヤスミは少し身を引いて眉を顰める。

「クライスターさん声大き過ぎですわ。もう少し小さな声でお願いしますわ」

「誰だって吃驚して大声出す話だぞっ?!」

「そうですやろか?」

 ヤスミはコトンと首を傾げる。

「あの2人とそっくりなのに…!」

 クライスターのその言葉にヤスミはうっすらと微笑む。

「ウチにとっては一番の褒め言葉ですわ」

「いや、それおかしいし」

 思わず突っ込むクライスターに、ヤスミは不思議そうに聞き返す。

「どうしてです? うちはこのウチへ来てホンマに良かったて思てますさかい」

「このうちの一体どこが? なぁ?」

 ものすごく疑わしげに聞いてくるクライスターにヤスミは口元を手でおさえた。

「うちがこうして狂わんですんでるんは、カイ兄さんや、アキ兄さんが居てくれはるからですさかいに」

 何でもないことのように話すヤスミの声音にクライスターは眉を寄せる。

「あの二人が?」

「へぇ…正確には後二人居はりましたけど、もう亡くなってしまいはったさかい」

「あー…カイルとアキタケの両親か?」

 だがヤスミは口元を押さえたまま、うっすらと笑うだけ。

「…ま、いいけどな…で?」

「で? とは?」

 はぁとため息を吐き、クライスターは違うことを聞くことにした。

「お前の両親は?」

「へぇ、うちを庇わはって亡くなりました」

 クライターは片眉を上げる。

「…魔族にか?」

 ヤスミは頭を縦に振る。

「魔族かなんかはよぅ覚えてしません。ただまぁ、そのようなモノやったんやろうことしか知りませんのや。なんせ赤ん坊の頃でしたさかい記憶にあらしません。カイ兄さんもアキ兄さんもその辺のことを詳しく話してくれはらへんし……時期が来たらと思てはるのかもしれへんけど」

「そっか」

 ヤスミはゆっくりと目を瞑るとポツポツと話し出した。

「うちのお父はんは、カイ兄さんとアキ兄さんのお父はんの弟でしてな。せやけど、なーんもいわゆるこういう能力のない普通のお人やったそうです。せやのに何の因果かうちが生まれてしまいましてん」

「能力なんか多少は血が関係しても、突然変異みたいなもんだからな」

 クライスターの言葉にヤスミは頷いた。

「まぁ、そういうもんですわな。うちの両親はわからはらへんかったそうですけど、うちを見にきたカイ兄さんとアキ兄さんのお父はんはそれはそれは驚かはって。なんも魔封じのもんを持ってきてないからって慌ててこちらに帰らはった間に襲われたそうです」

「よくもまぁ…お前生きてたな」

 クライスターは感心したように言う。

「…両親が。息絶えてもうちを庇っていたそうです。なんとか駆け付けたカイ兄さんとアキ兄さんのお父はんにそう教えられました」

「へぇー…すげぇな。普通、人間って我が身が可愛いもんじゃねぇの? たとえ子供の命がかかっていてもさ」

 クライスターの疑問にヤスミは少し目を伏せる。

「……多分クライスターさんは悪魔さんやさかい、わからはらへんのですわ」

「は?」

 ヤスミはふぅと息を吐き出す。

「クライスターさんが今まで相手してきはったお人が人間の一部のように、うちの両親のような人もまた一部ですねん」

 そして真っ直ぐクライスターを見つめる。

「また、魔族にも色んな人が居るいうのも事実ですやろ?」

「…それはそうだけどな」

 じっと全てを見透かすようなヤスミの視線に、クライスターは警戒をする。

「カイ兄さんやアキ兄さん達に、見たくないもんを見んようにする方法を教えてもらいました。存分な愛情ももろうてます。うちの願いはただ一つ」

「…なんだよ」

 聞き返すクライスターに向けて、ヤスミはにっこりと笑う。初めて見せたはっきりとした感情を表すその笑顔は、元がいいので大輪とまではいかなくても艶やかな花が咲いたようだ。だが、続いて出てきた言葉はクライスターを混乱させるには十分な言葉だった。

「カイ兄さんやアキ兄さんが幸せになる為なんやったら、うちは手段を選びしません、いうことです。うちにできることの限りはさせていただきますよってに、覚悟しといておくれやす」

 ………。

「はい?」

 その意味が分からず呆然と聞き返すクライスター。美少女ゆえに意味が分からないと、その艶やかな笑みも何か恐ろしいもののように見える。

「クライスターさんは『貴族』はんクラスみたいやさかいに、完全にクリアに視えしませんけど、いつか完全に、クライスターさんの全てを、クリアに視させてもらいます」

「な、なんで?」

 クライスターは嫌な予感に、冷や汗がダラダラと流れてくる。

「カイ兄さんが、クライスターさんを気に入ってはりますさかい、何が何でもクライスターさんをカイ兄さんのものにするために決まってますやんか。そのための弱点があるかもしれまへんし。こんなに手応えのあるお人しばらくぶりやいうのもありますけどな」

 ヤスミはスッと無表情に戻ったものの、頑張らなあきまへんわと何やら固い決意を新たにしたようで、クライスターにとってとんでもなくハタ迷惑な闘志を静かに燃やしているようだ。

「ちょっ、ちょっと待て! なんでだよ!」

 クライスターは、その固い決意のほどをヤスミの握りしめた拳から感じ取って顔を青ざめさせてしまう。

「カイ兄さんやアキ兄さんの幸せはうちの幸せですさかい」

「俺の意志は?!」

「そんなもの知りしません。今、言いましたやんか。カイ兄さんやアキ兄さんの幸せがうちの幸せや言うて」

 あっさりと言いのけるヤスミに、思わずクライスターは足下にあった洗濯物が入った籠を蹴りつけてしまう。頭の片隅でもう一度洗濯機にかけねばと反射的に考えつつも、ヤスミに怒鳴った。

「待たんかーい! そんな勝手な理屈があるかーい!」

「うちにはありますさかい。それに大丈夫ですわ」

「何でだよ?!」

「カイ兄さんやアキ兄さんのようなお人のお心がクライスターさんら魔族にとって、どのように見えるか、またはどうなってしまうんか知ってますさかいにな」

「!」

 クライスターは驚いてしまってまじまじとヤスミを見つめてしまう。

「……何を知っている…?」

 ヤスミはうっすらと笑うと、片手で口元を覆う。

「これは『視た』わけやおへんで? 『知っている』だけですのや…そうですな…『女同士の秘密』いうやつですな」

「!」

 なんと返せばいいのか分からないクライスターを楽しそうに見つめながら、ヤスミはくるりとクライスターに背を向ける。

「あきらめなはれ。カイ兄さんに気に入られてしもうた時点で、クライスターさんの運命は決まってしまいましたんや」

 そう言うと、ヤスミは呆然としているクライスターを置いて、さっさと母屋へと入っていった。クライスターははっと我に返ると、慌てて洗濯機のところへ汚してしまった洗濯物を持っていき…さらにそんな風になってしまった自分に対して自己嫌悪に陥ってしまった。

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