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心のどこかで  作者: 蔵間 遊美
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わかんねぇ

「…ほんとーにわけわかんねぇ」


 誰もいないのを承知でクライスターは呟いていた。


 あの食事の後、やってきたフミアキはクライスターの山ほどの疑問に、にっこり笑って『いやぁ、言うてえぇことはアキタケさんもカイさんも言わはりますさかい、言わはらへんいうことは言うたらいかん、または言うてもしゃーなしの事や思いますよって、ボクには答えられしませんわぁ』とあっさりきっぱりと切り捨てた。

 そしてなにやらカイルとアキタケと打ち合わせを始める。ヤスミはさっさと食器を全員分洗うと「ほな、うちは学校に行ってきますさかい」と言って出ていった。

 その後しばらくして、カイルとフミアキが出ていったが、その時のカイルはランニングとジーパンにブーツという格好だったのに、鳥居をくぐった途端に昨日会った時のような『はーどろっかー』というか『ぱんく』というか珍妙な格好に変わってしまった。反射的に駆け寄って問いただそうと鳥居をくぐろうとした途端、体が跳ね返されてしまった。力をぶつけようにも全く自分の力が出ず、完全に無力化されてしまっていたのである。呆然とするクライスターにカイルはニッと笑いかけてきた。

「ほな、ちょっくら行ってくるわ。えぇ子で待っとけよ~」

 そう呑気に言い放ち、気の毒そうな顔をしてこっちを見ているフミアキと出かけていってしまった。呆然としたまま突っ立っていると、すぐにビシッとしたスーツに着替えたアキタケがやってくる。

「居候する上には働いてもらわんとな」

 そう言ったかと思うと、クライスターの首根っこをむんずと捕まえて、問答無用で洗濯機の前へ連れて行った。

「色物柄物無地と分けてある。これをやな、これとこれ入れてこのボタン押せば自動で洗濯するさかい、後は順に干しとってんか。あぁ、干す時にはこれくらいに畳んでから、パンパンと叩いてからな。せやないと皺だらけになるさかいに。ほな」

 アキタケは実演を交えながらちゃっちゃと説明をするだけし、クライスターにあとはまかせて出かけようとする。さすがに正気に戻ったクライスターが抗議をしたのだが。

「働かざるもの食うべからずや」

 そう言って、有無を言わさぬ迫力で黙らされてしまった。自棄くそ気味に洗濯機に適当に放り込み、そのまま干したところ、アキタケにこっぴどく怒られてしまう。曰く、洗剤が固まったままだの、皺だらけだの、シミが落ちていないだのと散々に、しかし静かに叱責されたのだ。さすがに腹が立って、魔族にそんなもの期待すんな!と魔族の気配を全開にして怒鳴ったのだが、怯える気配を見せるどころか平然とした顔を崩さずに、魔族だろうがなんだろうがこの家に住む限り家事の分担は義務だと言い切られてしまった。咄嗟に反論できずにいると、まぁ、カイルより見込みがあると言われて、明日から特訓だと言い渡されてしまう。とんでもない!とさらに喚いて暴れたが、アキタケには当然、全く通用しなかった。

 そしてアキタケの教え方は想像通りスパルタ方式だったのである。

「アホ。無地用の漂白剤はそれとちゃうわ」

 間違える度に、ガツッと遠慮なく拳骨で頭を殴られた。カイルもアキタケが恐いのか、普段家にいるときは煩いぐらいにクライスターにまとわりついてくせに、助けてくれるどころか、アキタケが時間だといって姿を現すとさっと雲隠れし、側にさえ寄ってこない。

「いてー! どう違うってんだよ!」

 殴られた箇所を押さえながら怒鳴ると、アキタケは冷静に間違いを指摘してきた。

「そっちは柄物用。陰陽師たるもの白装束にシミなんぞあってみろ。カッコつかんやろ」

「へっ! 俺にとってはその方がいいね! 恥をかけ!」

「くだらん無駄口叩くな」

 クライスターの挑発的な態度にも、アキタケは冷静に拳骨を下す。

「った…!」

「ほれ。畳み方がちゃう。畳むときから皺を伸ばせ」

「できる人間にさせろよ! 世の中にはクリーニング屋なるもんがあるんだろっ!」

「もったいない。自分でできることは自分でする。世の中の鉄則や」

「なんで魔族の俺が人間界の鉄則なんぞ守らにゃいかん?!」

 怒鳴りつけ、手渡された洗濯物を地面に叩き付けようとしたところ、アキタケにさらに拳骨を食らった。

「てめぇっ…!」

「…やるか?」

 途端に変わる気配にクライスターはぞっとする。カイルはなんで強いのか分からないデタラメさがあったが、目の前のアキタケの気配は訓練されたものだった。

「どうする?」

「くっそー! 覚えればいいんだろっ! 覚えれば!」

「当然や」

 途端に気配をすっと戻したアキタケに、表情が変わらない分、心理的にアキタケの方が恐いと思ったクライスターだった。


 そして今日に至る。


「洗濯をする魔族…様にならねぇ」

 知り合いに絶対に見られたくない姿だ。

 あれから一か月ほど経ち、なんとかアキタケにアホボケマヌケと殴られないぐらいには洗濯が上手くなり、とりあえず余裕ができたために周りを観察することにした。逃げるにしてもどんな状況か判らなければ逃げ切れないからだ。どうやらアキタケがこの家の全てを仕切り、家事雑事関係は弟妹の適正を見て決めているようだった。

 クライスターはこの結界の要を探しているのだが、普通そういう場所は立ち入り禁止のところなのに、この家は何処もかしこも立ち入り自由で何処だか見当も付かない。

 おまけにここは結界と言い切れるのかどうかも怪しいのだ。

「…あぁもう、一応これでも『ペルソナのクライスター』と呼ばれていたのに…」

 そんな状態なので、グチの一つでも出ようかと言うものだ。

 おまけにここの兄弟とフミアキは、普通の居候のようにクライスターに接してくる。普通、悪霊払いの類いを職業としているのであれば、たとえ西洋系と言えども、魔族である自分を疎ましく思うのが当然だ。それなのにそのような態度はまったくない。

 ただ、フミアキは少々胡乱な視線を送ってくるが、アキタケやカイルがそういう態度を一切見せないので、ま、いっかと思っている節があった。

 それにしても謎なのはカイルである。鳥居から出ていく時にいつも珍妙な格好をするのかと思えば、アキタケと出ていく時に一度いわゆる『陰陽師らしい』格好になって出ていったことがあった。

「ナカニシの言うように変態だからあんな風になるのかな?」

「…だ~れが変態やて?」

 何気なくボソッと呟いた言葉に反応がかえってきて、クライスターはビクッと体を揺らして恐る恐る後ろを向く。

 案の定、顔を少し引きつらせてカイルが立っていた。

「あは、あははは」

 ごまかそうと笑うクライスターに、カイルはフンと鼻を鳴らす。

「ま、えぇわ。それよりお前上手に洗濯しよんなー。いっくら兄貴がスパルタやとはいえすごいわぁー…」

 カイルはマジマジと感心しながら風に翻る洗濯物を眺めているが、その感心しきっている言葉にクライスターは思わずやさぐれる。好きで上手になったわけではない。だが、アキタケにボロクソに言われる毎に完璧を求める魔族の気性がうずいたというのも否定しきれないのだ。クライスターは今、まさに、洗濯物のために魔族のプライドと葛藤しているところなのだ。

「…嬉しくねぇよ」

「いやいや。まじで褒めてんねんで? 俺様がやるとな洗濯もんビローンとのびるねん。なんでやろな?」

 なにがちゃうんかなぁ?と本当に不思議そうに言う。

 カイルの不思議なところはこういうところだった。子供のようでもあって年老いた空気も感じさせる。死を仕方がないと割り切っているようで、助けられる者であれば人間であろうと悪魔であろうと細い糸でも手繰って助ける。

 こんなことがあった。ある日カイルが傷だらけで帰ってきた。吃驚するクライスターに『たいしたことあらへん』と疲れたように笑った。それはまるで年老いた者のような笑いだった。フミアキをひっ捕まえて問いただすと『…ま、口止めされてまへんからかましませんやろ』と言って、詳細を語った。

 カイルはエクソシスト達と相性が悪いらしい。と言うか忌み嫌われているらしい。…何となく分かるが。その日もエクソシスト達とぶつかった。その理由が、下級魔属を召還して実験と称し好き放題やっていた男を巡ってで、カイルはその男をお仕置きし(どんな内容だったのかはフミアキに笑ってごまかされた)なんと生き残っていた下級魔属達を元の世界へと返そうとしたというのだ。当然エクソシスト達がそんなことを許すはずがなく、戦いになったがカイルは下級魔族をさっさと元の世界へと返すと、一切エクソシスト達に手を出さずに逃げてきたという。

 クライスターは呆然とした。この自分をあっさりと打ち砕く術を持っているのにたかだか人間に?

 だが、その疑問が顔に出ていたのだろう。フミアキは『あれでも一応カイさんはアキタケさんの立場を考えてはりますのやろ』と言う。『なぜ?』そう問うと『カイさんは、悪魔や悪霊が一様に悪い思たはりません。それを生み出す人間がいるいうことの方を重視したはりますねん。せやけどそんなこと大っぴらに出来しません。アキタケさんはカイさん守るためにこういう業界の偉いさんになってはりますし、殺さんかったからえぇかゆうたらえぇわけありませんけど、言い訳も立ちしますやろ?』そう言うと、フミアキは目を伏せる。いつものほほんとした感じの強いフミアキが時々見せる暗い表情にクライスターが戸惑っていると、ふっと表情を緩め『まぁ、ボクも一概に悪魔や悪霊が悪いと思わへん辺りは同感やさかいに、カイさんが手ぇ出さはらへん分、マキビシとか巻くんがボクの役目ですねん』と恐ろしいことをあっさりちゃっかりにっこりと笑って口にする。…あの師ありてこの弟子ありという言葉が頭に浮かんでしまうクライスターだった。

 この男は自分に何を求めているのだろう。クライスターは日々カイルと言う人間に触れる度不思議に思う。カイル程の力があるのならば、最初に言っていた方法で無理矢理自分のことを式神にすることだって可能なはずだ。だが、カイルはそうしない。

「…なぁ」

「ん? なんや?」

 首を捻りながら、洗濯物を見ていたカイルが、クライスターの呼びかけに振り返る。

「お前なんだって俺を式神にしようとしてるんだ? 悪魔も悪霊も一緒だろ?」

「せやな。一緒や」

 うんとカイルは頷いている。

「だったら…」

「せやけど俺様は人間よりは悪魔の方が好きやねん」

「はぁっっ?!」

 思いもかけない言葉に声が裏返る。

「どういうことだ?」

 カイルは少し目を閉じると、ゆっくりと話出す。

「人間は平気で約束を破りよる。せやけどお前ら悪魔は人間を出し抜こうとしよるけど契約したらそれをキチンと守る。オマケに気に入った人間にはトコトンつきあうことも」

 その淡々とした話し方にクライスターは戸惑う。

「もともと人間の悪意から全ては始まる。妬み、嫉み、恨み、つらみ、そんな色んな負の感情。せやけど力があればあるほどそれを押さえないかん。傲慢と驕りこそが力の方向を鈍らす。俺様は幸いえぇ家族に恵まれてる。言うたら調子に乗りよるから言わへんけど、えぇ弟子も持った。でも、それだけやったら足りへんねん」

 そしてゆっくりと瞳を開けると、クライスターを顧みる。

「俺が欲してるんは……」

「…え?」

「いや。なんでもあらへん」

 そう言うとふいとその場を去っていった。

 クライスターは体のどこかで警鐘が鳴っていることに気付く。


『深入りしてはいけない』


 だけど今まであんな人間はいなかった。自分をどうやって出し抜くかを考えてばかりいる人間を絶望に落とすのが至上の楽しみであり、いわばゲームだった。当たり前だ。魔族は『終わりなき命』があるのだ。エクソシスト達に『消滅』させられることはあるが、大抵クライスタークラスを相手出来るような人間にはめったにお目にかかれない。だというのにその数少ない人間であるカイルは、クライスターの意志を尊重すると言う。

「…ダメだ。裏切られるだけだ」

 人間を信用してどうする?

 …彼等は『限りある命』の持ち主なのだ。

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