どういうことなんだ
「…うっ…あっ…! こ…れっ! どう…いうこっと…なんだっ…!」
かろうじてクライスターは口をきけると言う感じである。
「お、やっぱり無事やな~」
そうのほほんな声音で、発言をするカイルに文句の一つでも言おうと思ったのか、クライスターがなんとか顔を上げたところ、目を見開いて固まってしまった。
なぜか。
そこに立っていたカイルはランニングシャツにジーパン、おまけに足下は裸足といういでだちだったからである。サングラスも、あれだけ飾り立てていたアクセサリー類、髪の飾りやピアスすら見当たらない。
驚愕に言葉も出ないクライスターにカイルは意地の悪い笑顔を見せる。
「なんやぁ? 俺様があんまりにも美形やさかいに惚れてもうたか? 魔族って美形に弱い言うもんなぁ?」
そうからかわれても、クライスターはほけっとカイルの顔を見つめている。
カイルの言う通り、顔の半分を覆っていたサングラスがなくなり、顔をすべてさらけ出したカイルの顔はかなりの美形に入る。カイルの目はアキタケに似て切れ長であるが、アキタケと違い二重で、その力のある瞳は、カイルをただ造形の美しい人間だけに留めていなかった。
アキタケがその存在で周りを圧倒し『静のカリスマ』的存在であるのならばカイルはその存在で周りを引き込み巻き込んでいく『動のカリスマ』的存在だろう。
ある意味正反対の兄弟だが、その根本はやはり同じと言うことを納得させる。
「お~い。ホンマに大丈夫か~?」
カイルが心配そうにクライスターの目の前で手を振っている。クライスターはやっと正気に戻ったが、やはり体が思うように動かないようで、わずかに身じろぎをするのみ。
「…気持ち…悪い…。変…ここ」
だが、カイルはそんなクライスターにおかまいなく肩から降ろすと、その身を拘束していた鎖に触れる。すると、鎖は澄んだ音を立て空に霧散した後、空気に融けていった。
それでもクライスターは動けない。
「…なんだ…これ…結界…? …力場? …正…反対の…もの…が…混じ…って…る?」
「さぁ? 俺様もよう知らん。この結界を作ったん親父等やったし、俺様達には仕組みがよう解らんのや。理屈も何も教えてもらわれんかったしなぁ」
クライスターの傍にしゃがみ込み、カイルはそう答える。いつの間にかアキタケも傍にきていて、クライスターを見下ろしていた。
「…消滅せえへんかったな…。カイル。どう思う?」
アキタケは静かにカイルへと問う。カイルはアキタケを見上げてしばらく考え込む。
「せやな。…ま、第一関門突破やいうとこやな。ここの違和感解っとるみたいやし。…見つけられたんやったらえぇねんけどな」
「ほな、少し楽にさせたれ」
アキタケは鷹揚に頷くと、カイルにそう指示をする。
「おう。言われへんでも」
そう言うとカイルは、クライスターに着けた首輪を両手で包み込むように触れる。
「あ…?」
クライスターは身じろぐ。首輪を通してカイルの気が流れ込んでくるのを感じるとともに体が楽になっていく。
「どないや?」
「あ…大分楽になった。え? なんで?」
まったく動かせなかった体が、少しではあるが動かせるようになっていた。驚いてクライスターはカイルに質問するが、本当によくわからないらしくカイルも首を捻っている。
「うぅ~んなんつーんやろ。まぁ、『これは俺様のものだから大丈夫~』という印をつけた思たらえぇわ」
「…ふ~ん…」
気のない振りをして頷きながら、クライスターは油断なく辺りを窺う。
「あ、せやけどここからは逃げられへんで」
カイルのその呑気な口調に、ギクっと体を強張らせるクライスター。
「な、なんで?!」
「今のんするとな、今度は『ここ』から出られんようになるねん」
「はぁっ?!」
「そりゃあ、俺様の『所有物』が俺様の許可なしにどっか行くなんてありえへんやろ?」
なぁと楽しそうに言うカイルに、クライスターはポカンとしてしまう。だが、ハッと我に返ると慌てて抗議をする。
「ちょっと待てよ?! 俺はまだ式神になるなんて一言も言ってねぇっ!」
「せやから出られへんって言うてるやんか。まぁ、明日いっぺんヤスミに引き合わせな話進まんしな」
クライスターはうんざりとした表情でカイルに質問をした。
「そのヤスミってのはなんだ?」
アキタケがその質問に答える。
「ヤスミ言うんは俺らの妹でな。お月さんの月にお星さん星『月星』と書いて『やすみ』と読むんや。もうとっくに寝てるでな」
その後をカイルが継いで、嬉しそうに地面に漢字を書く。
「ヤスミは戦闘向きと違てな、霊視やそんなんが得意でな。めっさ可愛いで~♪」
それから怒濤のようにどれだけヤスミが可愛いのかを語り出す。アキタケは暫く語るカイルをほっておいたが、いつ途切れるとも知れない話にうんざりしたのか、思いっきりカイルを殴って強制的に妹自慢を止めさせた。
「アイタッ! 兄貴何するねん!」
「…妹バカもそのへんにしとけ。ま、どっちにしろ多少動けるようになっただけやろうしな。カイル」
「ほいよ」
「空き部屋にでも放り込んどけ」
「ラジャ」
そう返事をするとカイルはまたもやクライスターを肩に担ぎ上げ、母屋と思われる建物に向かって歩き出した。
「…今日はなんだか滅茶苦茶疲れたぜ…」
そうクライスターは呟いた。