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心のどこかで  作者: 蔵間 遊美
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なにするんだ

「なにするんだ! うわっ?! 本気か?! 本気なのかっ?!」


 暫くして、クライスターは目の前に広がる闇が何かと気付いて真っ青になる。よく見ると、夜の暗闇とは異質の闇が進行方向先に広がっている。カイルもまずいと思ったのか、必死にフミアキに思いとどまるよう説得している。

「待てっ! フミッ! その状態でソコはっ…?!」

 だが、イッチャッテル状態のフミアキは、平然とその闇へとものすごいスピードを出したまま突っ込んでいく。

「大丈夫です。通いなれていますから」

 フミアキは冷静な声音のまま、闇の中、道どころかなにもあるように見えない空間を、急にガツンと大きな音をさせながら、ブレーキを踏むとハンドルを勢い良く進行方向へとまわす。途端急に後部が浮く感覚がしたかと思うと、クライスターの身は後部座席にてバウンドし、カイルやクライスターが悲鳴を上げる間もなく、手慣れた動作でカウンターをあて、後部を滑らせながらドリフトをさせて曲がっていく。

「やはり後部に重しがあると違いますね。いつもより後部の滑り方が違います」

 そうフミアキは呟きながらハンドルを操作している。キレている状態のはずなのに冷静に、的確に、優れたドライビングテクニックを披露するフミアキだが、その思いきりの良さにカイルとクライスターは顔を盛大に引きつらせ叫ぶ。

「そんな問題…! うわぁぁぁ!」

 だが、フミアキはカイルとクライスターの悲鳴をバックに、カーレーサーもかくやというようなドライビングテクニックを披露し続けた。


「…まったく…あいつら一体こんな時間まで何をしてんのや」


 ここは京都の某所。

 そこは山の中のため、街中の明かりも届かず真っ暗闇の世界が広がっている。

 だがこんな夜遅くにこの闇に包まれた世界に立っている人間がいた。

 年の頃は二十代後半。身長は百八十センチ前後、たくましい体を紺色の着物で包み、その容姿は漆黒の髪を短く刈っており、太めの眉、少し大きめの鼻、厚めの唇、全体として男らしいゴツゴツとした造りではあるが造形は悪くない。だが彼を特徴付けているのはその瞳。切れ長で一重のその瞳に見つめられれば威圧感で圧倒される。いわば『カリスマ』的な魅力を持った男性だ。

 その時男性の横を突如すごい勢いで飛び出してきた車があった。あまりの勢いのため、男性の着物の裾が翻る。

 まったく車が通ってくる音はなかった。文字どおり何もないところから飛び出してきたのである。そして飛び出してきた車はものすごいブレーキ音を立てると、ドリフトをして横滑りに止まった。

 ところが男性はそんなことには慣れっこのようで、まったく動じず…どころか大きくため息を吐いている。だが、その飛び出してきた車をはたと見据える。

 そして、きゅっと眉を顰めた。

「カイルのやつ…」

 そう呟くと、舌打ちしかねない雰囲気のまま車に近付くと、そのまま助手席の窓を強めに数回叩く。

 するとウインドウが下がり、顔を出したのはカイルであった。ところが、サングラスに隠れてよくわかりにくいが青ざめているようだ。

「あ、兄貴…気持ち悪ぃぃぃ…」

 そう言うなり、ガクリとドアトリップに顔を伏せた。

 兄貴と呼ばれた男性はチラリと、運転席にてハンドルを握りしめつつ、肩で大きく息をしているフミアキを見遣る。まだちょっとイッちゃているようで、フミアキは全く男性に気が付いている様子はない。

「…中西を怒らせるからやろ。毎回、毎回、学習能力のないやつやな」

 どうやら少し呆れ気味に言う、この男性がカイルの兄『神城 日威』のようである。

 そういわれてみると納得できる似た雰囲気を二人は持っていた。

「それよりカイル。またえらいもん拾てきたやろお前。なんべん言うたらわかるのや」

 アキタケは、返答によってはただではおかぬと言う空気を漂わせている。

「あー? …あーあー、ま、ま、今回ばかりは兄貴も見たら納得する思うで?」

 カイルはそんなアキタケの空気をものともせずに、口元をニヤリと動かす。

 …ちょっと覇気に欠ける感はあったが。

「アホかお前は。納得するもせんも魔族なんぞ拾てくるな。…そんな簡単に見つかるわけあらへんやろ?」

「う~んまぁ、俺様のライフワークみたいなもんやからな」

「そないなもんライフワークにすな。中西に負担かかるやろうが。えぇ加減あきらめ」

「いやや」

 きっぱりと言い切るカイルにアキタケは呆れたような声を上げる。

「お前なぁ…」

 するとやっと正気付いたのか、運転席からフミアキがアキタケに声をかける。

「あ。アキタケさん。ただいま帰りました」

 その声にアキタケはため息を吐きつつ、一応ねぎらいの言葉をかけつつ説教をする。

「おかえり。せやけど中西、えぇ加減にその癖直した方がえぇぞ。まぁお前は頭ブチ切れとってもちゃんと正確に空間抜けて帰って来よるけど、あん中で髪の毛ほど少しでも道逸れとったらどこ行くか分からへんねんで?」

 そう諭されるとフミアキはしゅんと小さくなってしまった。

「すんません。気ぃはつけとるんですけど、こうもう、押さえられへんくって……」

「おう! そうや! 兄貴の言う通りや! ちょっとは押さえろや!」

 アキタケに便乗して偉そうにフミアキに説教するカイルの頭をアキタケは思いきりはたく。

 がこっ。

 ところが、はたかれたその勢いでカイルはドアトリップに顔を打ち付ける形になった。

「いでぇぇぇ~~~~!!」

 カイルは鼻の辺りと後頭部を押さえて喚いている。

「お前はホンマにアホやなカイル。お前がそもそも中西をキレさせんかったらえぇ話なだけやろが。反省しろ」

 そして後部座席に目をやる。そこにクライスターがピクリとも動かずに横たわっていたが暗闇の中でよく見えない。

「ま、えぇ。とりあえず、どんなやつかまずは確認せなしゃあないやろな」

「おう」

 そう返事をするとカイルは後部座席のクライスターを引っ張り出そうと抱き起こす。

「………だ」

 すると、カイルの肩に顔を埋める格好となったクライスターが、ポツリと何事かを呟いた。

「あ?」

 聞こえなかったカイルが耳を近付ける。

「お前ら悪魔以上に悪魔だっつってんだよっっっっ!!」

 途端にクライスターは大声でカイルの耳に怒鳴る。

「うわぁっっっ!!」

 予想だにしていなかったカイルは、吃驚して顔を跳ねさす。

 だが、クライスターはなおも言い募る。

「ててててめぇら!! あの異空間使って距離を短縮するのはいいがなっっ! あの中はめちゃくちゃデリケートなんだぞっ?! ちょっと間違っただけでどの空間に繋がるか分からないようなところだぞっっ?! それをあんな勢いでめちゃくちゃなことしてなんで平然としてられるんだ?! バカじゃないのかっ?! つーか大バカ野郎だろっっ?!」

 どうやらよっぽど恐かったらしい。悪魔をもビビらす運転。フミアキはある意味カイルを上回っていると言わざるを得ない。あるいは類は友を呼ぶか。

「あ、あんなスピードでドリフトしてっ!! お前ら! 2人とも変態だっっっ!!」

 そして悪魔に変態と呼ばれる。まさしく人間失格である。

「えぇっっ!! ひどいですわっ!! 変態はカイさんだけですやん?!」

「何言ってやがるねんっフミッッ!! あの運転で平然と、お前の車に乗ってられるような変態は兄貴だけやぞっっ!!」

 言ってしまってからハッと口を押さえるカイル。

「…ほほぅ。この兄は変態か? カイル?」

 弟をひたりと見据えるアキタケ。

 さすがにカイルほど図太い神経でも兄のその視線は堪えるのか、顔が強張り、冷や汗がだらだらと垂れていた。

「え、いえ、あの…」

「カイル」

「は、はいっっ!!」

 一生懸命になんとか取り繕うとするが、うまい言葉が出てこない。そんなカイルにかまわずアキタケは声をかける。

「この際や、この兄と一度じっくり話し合おうやないか。俺もお前にはたっぷりと話があるさかいついでや、お前もこの俺に話があるようやしな。腹割って全部ぶちまけてみるのもえぇやろ」

「…遠慮したいです。お兄様」

「あかん」

 あっさりと拒否されて、がっくりと項垂れるカイルを見て、クライスターはポツリと呟く。

「…お前ら兄弟だな。…いやお前の兄の方が上手か」

「…うるせぇやい」

「いつまでもがっくりきとらんと、はよそいつを見せろカイル」

 アキタケもかなりマイペースな人間のようだ。ちゃっちゃと物事を進めていく。

「…へ~い…お兄様」

 そしてアキタケが何事かを呟く。

 すると闇にポツンと明かりが浮かぶ。

 それを見てカイルは嫌がるクライスターの顔を明るい方に向けると、その顔を見てアキタケは目を見張る。どうも目元に視線が集中しているようだ。

「…驚いたわ」

「せやろ」

 しばらく見つめた後、詰めていた息を吐き出すように呟くアキタケを見て、カイルはニヤリとしつつ、してやったりという口調でアキタケに言う。

「魔力の質はどないなんや」

「かなりえぇゆうか似とる。『貴族』クラスちゃうかな」

 その『貴族』クラスという言葉にクライスターがわずかに身を強張らせる。

 途端にアキタケの眉が上がる。

「…罠…とも考えられへんか?」

「…ま、考えられるやろうけど、せやったらこの容姿にはせんやろ。目元だけやしな」

 クライスターには二人が何を言っているのかわからない。同様にフミアキにも理解しかねるようだ。クライスターとフミアキは二人を訝しげに見つめる。

 何やらアキタケは考え込んでいるようだ。

「…何か罠が仕掛けられとったとしても、俺もお前もそっち方面はあかんしな。…明日ヤスミに視てもらうしかないな」

 アキタケの言葉にカイルは嬉しそうな顔を見せる。

「ほな連れて入るで?」

「待て。術はかけたか?」

 カイルの言葉にふと気が付いたように問いかけた。

「おう。ほれ。これ」

 カイルはクライスターの喉元を指さす。それが首輪だと認識したとたん、アキタケは呆れたようにカイルを横目で見る。

「…お前はどうしてそう悪趣味なんや。普通に札でえぇやろうが」

 嘆息してから、初めてクライスターに憐れみの視線を送った。

「ほな、ボクはこれで」

 意味が判らないながらも、どうやら話が一区切りついたと感じとったフミアキが、アキタケとカイルに帰ることを告げる。アキタケは軽く頷いた。

「おう、中西ご苦労さんやったな。お母さんとアンちゃんによろしゅうな」

「はい。母がまたご迷惑やなかったらご飯食べにきて下さいて言うてました」

 フミアキの話にアキタケは少し微笑むと、フミアキの肩を軽く叩く。

「あぁ。もちろん喜んで寄せさせてもらう言うといて」

「はい。ほな失礼します」

 フミアキはアキタケに一礼すると車に乗り込み、今度は普通に発進させて夜の闇へと消えていった。

「…なんだよ。普通に運転できるじゃねぇかあのガキ…」

 クライスターは憮然として言うと、それを聞きつけたアキタケが肩を竦めた。

「普段の中西は、きっちりと交通ルールを守る方なんやが、一度キレると無茶な運転の仕方をするのや。まぁ、大体、カイルのやつが乗り込んどる時が多いけどな」

 …納得できる話である。

 ふと、アキタケがカイルに向かい直す。

「おい、カイル。せやけど鳥居でこいつ消滅せやんか?」

「う~ん…。してまうんやったらそれまでやろ。あれぐらいで消滅してしまうんやったらあかんもん」

 消滅と言う言葉を聞き、クライスターはギョッとする。だが、二人は何でもないことのように会話を続けている。

「まぁ、あれが第一段階の関門や思うことにしよか」

「おう」

 目の前でとても不吉な会話をされたクライスターは、当然顔が引きつっている。

「ちょっと待て。どう言う意味なんだ? それは?」

「あぁ、ぶっちゃけ言えば、俺様の式神になるための儀式みたいなもんやな」

「ならねぇっていっているだろ?!」

 するとカイルはクライターを横目に見つながら、アキタケに向かってとんでもないことを言う。

「…なぁ兄貴。無理矢理『ピー』な方法とってもえぇ? それやとてっとり早いやん」

「!!!」

 その発言に固まるクライスター。

「それやといざと言う時に困る場合があるやろが。根気よう説得し続けるんや。…母さんのようにはいかんやろうけどな」

 そう言うとアキタケはくるっと背中を向け歩き出す。

「…うん。そやな。そうするわ」

 少し、懐かしげに微笑ってカイルはクライスターを肩に担いだ。

 一方クライスターは固まったまま。はっと我に返ると恐る恐るカイルに問いかける。

「…お前…さっきのピーな発言。…本気で言っていたよな?」

「おう。お前らかて人間をその方法で操ってる時あるやんけ。同じや」

 あっさりカイルは恐ろしいことを認める。

「お前本当に人間なのか?」

「おう。バッサリ刃物で切られたら真っ赤な血が流れよるし、一回流し過ぎよったら、死にかけたしな」

 疑わしげなクライスターの言葉に、大したことのないようにカイルは話す。

「…お前はよくわからない人間だな。俺をあっさり消滅させようとしていたのに、気に入ったからと言って俺が『貴族』クラスとわかっていながら、使い魔にしようとする。陰陽師とは皆お前みたいなのかと思えば違うみたいだしな」

 クライスターは困惑気味に話す。

「…俺様は俺様や。何者でもない」

 ふとカイルは表情を消してクライスターの問いに答える。

「それに欲しいんは使い魔やない」

「は?」

「俺が…」

 その空気にクライスターはカイルから目が離せなくなってしまう。

「…いや。なんでもあらへん」

 そして、ふと前に視線をやる。

 すでにアキタケは先に行っており、暗闇のために正確には距離は判らないが、その明かりの位置や揺れている感じから、どうやら階段を登っているようだ。

「あ~もう、お前担いでこの階段登らんならんのが大変やわ~」

 大げさにため息を吐くカイルに、クライスターは平静さを装って話しかける。

「…なんだったらこの鎖を解いてくれたら一人で登るが?」

「アホかい。そんなん下手したら逃げられてまうやろがい」

「チッ」

 図星だったようである。


 かなりの距離を登り、見えてきた大きな鳥居を仰ぎ見て、クライスターは奇妙な感覚に捕われた。身に馴染んだ感覚と相容れない感覚。その二つが妙に溶け込み、混ざりあい、しかし調和がとれずに反発し合っているようにも感じる。

 その奇妙な感覚に我慢できずに、思わずカイルに聞いてしまう。

「な…なんだ…? なに? …ここ…なんなんだ? …結界…? いや…違う? え?」

「…ふーん。やっぱ分かるんや」

 カイルは興味深げにクライスターの混乱気味の問いを聞く。だが、一切答えるつもりはないようだ。そのままドンドンと鳥居へと近付いていく。

「ま、入りゃ分かる」

 だがクライスターは今まで怯えたところを見せなかったのに、この奇妙な感覚に、体の震えが止まらないようだ。

「い…いやだ…!」

「あかん」

 カイルはそうあっさりとクライスターの願いを却下して鳥居をくぐった。

 瞬間。

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 クライスターの悲鳴が上がる。

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