いいかげんにすんのはおまえらだ
「いぃっ加減にすんのはお前らだっ!!」
今まで静観していた(圧倒されていて呆然としていただけかもしれない)仮面が、雷が落ちるがごとく怒鳴ったのだ。肩と思しき辺りが上下している。闇に解けていて良く判らないが。
まぁ、自分のことを無視しただけでなく、簡単に自分を消滅させられると話をしているわけであるから当然ではあろう。仮面から発せられるただならぬ怒りの気配に、男性は色の戻った顔色がまた蒼白になる。ところがこれまた当然というべきか、カイとフミには全く通じなかったようで、カイはきょとんとしているし、フミは呆れたように軽く肩を竦めただけだった。
「おお? なんや怒りよったで。気の短いやっちゃなぁ。なぁ? フミ?」
カイは呑気に仮面を指差す。フミははぁとため息を吐いている。
「そりゃあ、怒らはる思いますけど」
「なんでやねん」
「せやって…」
フミが思い当たる理由を話そうとしたが、仮面に遮られてしまう。
「お前らっ!! いきなり割り込んできて漫才するなっ!!」
「ほらね。あぁ言わはる思いましたわ」
フミがちょっと空ろな笑顔とともに呟く。
関西人=漫才師。関西人がよそへ行ってまず思い知らされる関西人への構図である。
「失礼なやっちゃなぁ。こんなもん関西では日常会話や。こうポンポンポォ~ンっと会話をしていかないかんのや。な? フミ」
「んなもん知るかっっっ!!」
イライラとしている気配を全く隠さそうともせずに仮面が怒鳴ると、カイはとても不思議そうに仮面を指差し、フミに尋ねる。
「フミ。こいつ関西人嫌いなんかな?」
「……カイさんを一目見て好き好き好き好き大好きや~! とか言う人はまずまぎれもない変態さんです。決定」
フミはごく当然と言うように頷きながらそう言うのを聞いた瞬間、額に青筋を浮かべてカイがフミの背中を思いきり拳でドツく。
「アイタァッ! 何しはりますのん!」
フミはドツかれて一瞬体勢を崩したが、慌てて体勢を立て直して、次のカイからの攻撃を未然に防ぐとそのまま、さっとカイから距離をとった。
「お前も生意気言うようになったのう? あぁん?」
「言わなやってられませんやんか!!」
青筋を浮かべたまま、指をポキポキと鳴らすカイから更にジリジリと距離をおきながらも、フミは反撃する。その様子にまたもやたまりかねたのか、仮面がカイたちに向かって怒鳴った。
「だからっ! いー加減にしろっての!!」
「こら! ヤラレキャラは黙っとけ!」
「なんだと!」
カイは仮面のほうを見ずにそう怒鳴り返したのだが、そのカイのその発言に仮面は更に怒りの気配を増して怒鳴り返す。その気配に男性は息ができなくなり、顔色が蒼白を通り越して真っ白になってしまい、ぐらりと気を失いかけた。
だが、フミは男性のその様子を見てとると慌てて男性の側に駆け寄り、鞄から紙を数枚取り出すと、自分達の回りに無造作に置く。すると、男性は息が楽になり、はぁと大きく息を吸いなんとか意識を取り戻すことができた。カイはチッと舌打ちをすると改めて仮面とする。
「なんだともくそもないわ。お前なんか俺様にかかったら1秒も持たへんわ」
「貴様…! 言うことにことかいて…! 人間ごときにこの俺がやられるものか!」
「弱いやつほどよぅ吠えよるわ!」
「じゃあ、お前もそうなんだな?!」
どうやら仮面と男との間で舌戦が始まってしまったようだ。
荒くなってしまった呼吸を鎮め、男性はなんとか自力で起き上がる。肝心なことを聞かなければいけなかったからだ。カイたちの方を真剣に見つめるフミに、男性はおそるおそる話しかける。
「あの…それで…」
声をかけられ、フミは男性をジロジロと見つめた後、あ~ぁと頭を振った。
「あぁ。ほんまはあなたみたいな自業自得な人の依頼はお受けしませんねんけど、カイさんがやる気満々やからしゃ~なしにお受けしますわ」
フミはフゥッとため息を吐きながらも、男性に依頼を受けることを告げる。どうやらフミはあまり乗り気ではなさそうだ。
「自業自得って…あの…?」
「そうですやろ? あなたは自分の欲望のためにあの仮面の悪魔と契約しはったんですやろ? せやったらその先にあるものがわかってはったはずですやん。ウチはそんなお人のご依頼はお断りしてますのや」
フミは丁寧な言葉の中にも男性の身勝手さを指摘する。
「……」
自分の子供のような年齢にしかみえないフミに指摘され、男性はただ無言で項垂れるしかなかった。フミはそんな様子の男性を暫く見つめた後、肩を竦めて話を切り出した。
「…まぁ、いいですわ。とりあえず契約しましょ。ただしあなたような場合お金の他に代償を頂くことになってますねん」
「ま、まさか…!」
怯えを見せる男性に、フミはあぁと苦笑して左右に手を振る。
「いやいや、魂と引き換えちゃいますわ。…まぁでも近いかもしれませんが。どないしはります? 止めはりますか?」
「…いいえ。私には子供が産まれるんです…! 身勝手なお願いかもしれないですがどうかどうか命だけは!」
その男性の必死な叫びにフミは少し目線を伏せた後、カイに向かって怒鳴る。
「カイさん! 契約成立です! 今から書類作ってサイン貰わなあきませんから、そっちの人と交わした契約書のほう奪い取って破棄してください!」
フミからの許可に、口合戦を展開していたカイは嬉しそうにガッツポーズをする。
「おっしゃあ! やったるでぇぇ!!」
「ぬかせ! たかが人間風情が!」
不機嫌さを隠そうともせず、仮面は唸るように叫ぶ。だが、カイは意に介さず顔の前で気障ったらしくチッチッと指を振っている。
「これがたかがとちゃうねんなぁ~♪」
「多少我等に対する力を持っているかもしれないが、俺をなめるなよ!」
「舐めておいしいんやったら舐める」
カイがベロンと舐めるまねをする。
「ふ・ざ・け・る・な!」
おちょくられて怒りをあらわにする仮面をよそにカイは、どないやってやっつけようかなぁ?とう~んと首をひねっている。とことんマイペースなようだ。
「うぅ~ん…やっぱオーソドックスにキリスト教系の悪魔かなぁ? お前」
「それがどうした! お前のその服についているチャチな十字架ぐらいで、何とかなるとでも思っているのか?!」
「思てませ~ん」
ニヤニヤと笑いながらそう言うふざけているとしか思えないカイの態度に、仮面は怒りのままに行動することに決めたようだ。
「この…! いけっ!」
途端に仮面の背後の闇から、声に呼応するように鋭く礫のようなものがカイに向かって飛来する。
カイはふっと首を曲げてそれを避けると、手を口に持っていきふっと息を吹く。
刹那。
その息吹が銀に煌めく鎖になって仮面を襲う。
「な!」
間一髪で避けたものの、さすがに驚いたのか仮面は動揺を隠しきれない。鎖はそのまま闇へと溶け込んだが、仮面はそれを気にする余裕もないようだ。
「貴、貴様、今、何を!」
「秘密♡」
カイは手を祈るように組んでくねんと体を捩るが、ガッシリとしたガタイの、ましてやどう見てもアヤシイ風体の男がするので、視覚的に大変気持ちが悪い。
「普、普通呪文とか聖水とかの道具を使うものだろう?!」
「ひ・み・つぅ~♡」
さらにクネクネと体を捩る。フミはチラリと横目で見てイヤーな顔をしている。だが、今は突っ込む暇もないようで、持参していた鞄を床に降ろしなにやらゴソゴソとはじめている。
「…この野郎…!」
仮面の声と同時に、闇の中から今度は大量に飛来する。
すると。カイは大きく息を吸い込むと同時に、右足をドン!と大きな屋敷全体が震えるほど踏み込んだ。
「はぁっっ!!」
そして空気を大量に震わすように叫ぶと同時に、飛来していたはずのものがふっとかき消えてしまった。その様に仮面はさらに動揺の色を隠せない。
「ちょっと待てっっっ?! なんつー非常識な技を使うんだ!!」
「なんてったって俺様天才だっし~♡」
えへんと得意げに胸を張るカイ。まるで子供のようだ。
「…! そうかわかったぞ! 術を飲み込んでいるんだな!」
唸るように言う仮面にカイは空とぼける。
「さぁね~♡」
「じゃあこれだけ大量なら一度に対応できるか?!」
今度はカイのみならずフミと男性に向かっても大量に飛来すると同時に、黒色のバラの蔓状のものが3人の足下から襲ってくる。
「ひっっ!!」
気が付いた男性が青ざめる。
だが。カイは慌てず大きく息を吸い込む。
「消えろ!」
そして、そうカイが一言発するとまたもや全てかき消えたのだ。
「ちょっ! 待て! いくらなんでもおかしいじゃないか?!」
「おかしくなんかあれへんわ」
ふふんと言う感じでカイは言い放つ。だがフミは鞄をゴソゴソとあさりながらも、冷静にツッコミを入れる。
「カイさん以上におかしい人は確かにこの世の中にはいやしませんけどね…アイタッ!! 何しはりますのん!!」
カコンと小気味のいい音と共にフミの抗議の声が上がる。どうやらフミの発言に怒ったカイが離れた場所でツッコんだフミに向かって、手近にあった机に載っていたものを掴むなり、フミに向かって投げ付けたようだ。
「一言多いんじゃ! フミ! とっとと契約書作れや!」
「やってますよ!」
そのやり取りにふと、仮面が漏らす。
「お前…なんかおかしいじゃねぇか…まさか…!」
「あ?」
はっとした様子の仮面にカイが反射的に短く聞き返す。
「あのガキの使い魔か?!」
……。
『ざっけんなぁぁぁぁぁぁ!!』
二人仲良くポカンと口を開けて静かになった後、我に返ったらしいカイとフミがダブルで同時に、仲良く仮面にツッコミがはいる。
「なんでこの俺様があんなやつの使い魔にならないかんねん!!」
そうカイがフミを指差して叫べば、フミも負けじとカイを指差して叫ぶ。
「もし使い魔を行使できるようになったとしてもですよ?! こんな変態を使い魔にやなんてする気は毛頭あらしません!」
「変態とはなんじゃっっ!!」
フミのツッコミにカイが怒鳴る。この気の合いようは見方によっては大変仲良しだ。
「変態は変態です!」
「どこがっ…!」
「だぁ~もう! うるさいっ!! 使い魔じゃなかったらお前は何者なんだよ!」
仲良く話を脱線するカイとフミにたまりかねて、仮面が間に割って入る。だが、その仮面の疑問に、カイからすっと表情が消える。
「……人間や。まごうことなき人間や」
「……? お前?」
なんだか訳ありの雰囲気に仮面が戸惑ってしまった。
ところが横からフミがカイにツッコむ。どうも一見真面目そうでも、ここらへん関西人としての本能らしい。
「今年の健康診断では肝臓に注意って出てはりましたしね。酒を飲む量減らしはったらどないです? アルコール度気にしやんとガバガバ飲まはるからですよ」
「えぇやんけ! 酒は百薬にも勝るねん!」
「ほどほどやったらね」
「ほどほどやんけ!」
冷静なフミの突っ込みも、カイは即座に返したが、フミはジトッとした視線をカイにやる。
「あれがほどほどですかいな。どーんなたっかいお酒かて、味わって飲んでるように思えまへんわ。あーホンマ勿体ない。酔わへんからってガバガバ飲んでしまいはるけど、どうせ下から出てまうのに」
フミのその突っ込みにはさすがにカイもひいたようだ。
「……フミ…その例えはちょっと…」
「ホンマのことですやんか」
「いやまぁ…そうやけど」
だが、目の前で繰り広げられる喧嘩というか、漫才にしか聞こえないやり取りに仮面からいらだちの気配が漂ってくる。
「だから漫才すんなっつってるだろ?!」
ちょっと仮面はキレル寸前らしい。
「あ、すまんすまん。でもまぁお前、なかなかの実力の持ち主みたいやな。下っ端とか言うてもてすまんなー」
カイはそんな仮面の感情を気にせずに呟くように言う。
「何?」
「声出したん久しぶりや。フミ~! 結界張ったか~?」
いぶかしげな仮面を気にせず、しかし視線は仮面から外さないまま、カイはフミへと呑気に確認をした。
「カイさんがおっぱじめはったら、結界張らへんと命がいくつあっても足らしませんやんか。とっくにしてますわ」
フミもゴソゴソと鞄をあさるのを再開しながら返答する。その可愛げのない返答に、カイは盛大に口元を引きつらせた。
「……お前。さっきの件も含めて後でお兄さんとじーっくりとお話ししよな?」
「慎んで遠慮させてもらいます」
「いいかげんにしろよ! お前ら!」
しびれを切らしたらしい仮面がカイに襲いかかる。
今度は直接うってでることにしたようだ。
ひゅっと空気が唸ると同時に、ローブと同じように闇に溶け込むような色合いの長い鞭が、仮面の周りでうなりをあげて数本舞う。普通の人間であれば振り回せないような長さがあるそれが、生きているかのような動きでカイを狙った。だがそれを迎え撃つカイは、尋常では避けきれないような動きの鞭を荒っぽい動きながらも危なげなく避けていく。
「おおお! めっちゃ楽しいわぁ!」
妙にカイは生き生きとしている。
が。
「くっそぉぉ! お前本当に人間なのか?!」
仮面としては苛立と焦りばかりが増すようだ。
その頃フミは、自分達の回りに置いていた結界を作っていた紙を素早く持ち、男性を促し部屋の片隅へと移動して座るように指示すると、再度、無造作に紙を四方へと置き自分も床へと座り込んで、鞄を覗き込む。そのあまり緊迫感が漂わない様子のフミに、男性はおそるおそる問いかける。
「あ、あの…あちらの方を手伝わなくってもいいんですか?」
「手伝うたりしたらこっちにも被害がありますのや。あ。破壊されたもんはまぁ見なかったことにして下さい。諸費用コミコミってことでチャラにしとってくださいね」
男性の方を見ようともせずに言ったフミの言葉に疑問に思った男性がカイと仮面が戦っている方を見ると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
無惨にも戦いの周辺で壁や床のあちこち穴が空いていたり、調度品が粉々になっていたのだ。戦いが始まって数秒もしていないのにである。男性は、目を離した隙の数分のその惨状に呆然とするしかない。見ている今でさえ、なぜか次々と部屋が破壊されていく。呆然とする男性をチラリと見て、フミはひょいっと肩をすくめた。
「カイさんは力有り余ってる上にノーコンなんですわ。せやから下手に側寄るだけでノックアウトですねん。敵も味方もうかつに近付かれしません。も~ほんまにはた迷惑なお人でね。せやけどまぁ、今回の相手さんはよぅ頑張ってはりますなぁ」
フミは呑気そうに言いながら、先ほどから持参していた鞄をごそごそと探っている。
「あ、あの何をお探しなんですか?」
「契約書ですわ」
「…? あのうちにも用紙はありますけど」
「いやいや、ウチとこ専用のもんですわ。あなたさんみたいな用のんはめったに使いしませんから奥の方にイッてしもてるんですわ」
「は、はぁ」
「お! あった! あった!」
そう言いながら、フミが取り出したものには薄く何かの文様が刻まれているだけで、特になにか変わったところのないような用紙であった。
「あのこれに今から書くんですか?」
「ちゃいますねん。刻みますのや」
そう言うとおもむろに何か呟き出す。
「?」
そして、フミが手を何かの印を結び、さらに何事かを呟くと同時に、その用紙の文様が薄く光り出し、あっと言う間に白紙だった紙に文字が浮かび上がってきた。
「!! こ、これは!」
「人間ゆうのんは弱い生き物です。信用しやへん言うわけやありませんけど、いっちょ拘束性のあるもんをやっとかなこっちかて困りますのや」
「で、ではやっぱり魂を?」
怯えるようにいう男性に、フミは再度苦笑する。
「せやからちゃいますってば。…やっぱり止めはります?」
「…いえ、します。私は…あさましいかもしれないですがちょっとでもいい…まだ…! まだ生きていたいんです!」
その男性のしぼるような叫びを聞いたフミは、ふっと、男性をまっすぐに見つめる。
「ご家族がおるから生きてたいていう気力いうのんは必要なことです。せやけどこれ以降はその気力の方向を間違えんといて下さい。あなたが契約によって不幸にした人間は誰かのあなたにとっての奥さんでありお子さんなんです。それを忘れんといてほしいんです」
男性は、はっと今さらながらその可能性に思い当たったのかその身を震わせる。
「あなたが契約にいたった事情は知りしません。せやけど悪魔との契約いうのんは、ないはずのもんを無理矢理他所から奪ってきて契約者に与えますのや。わからはりますやろ? あなたが悪魔との契約で成り立った成功の下には、どれだけの罪のない人たちの犠牲があるかを。突然あるはずのものを奪われていった人たちの悲しみを。それをあなたはこれから考え思い、一生心に刻み付けてないかんのです。その覚悟は出来てますねんな?」
男性を見つめるフミのその瞳は、様々な深い感情が混ざっているように思えた。
「はい。…はい…」
そして男性はとうとう涙を流し出す。
その男性の様を見てフミはふっと息を吐くとカイに向け声をかける。
「カイさん! 契約書できましたよ! 仕上げして下さい!」
「うっしゃあ!!」
「そう簡単にやられてたまるかっっ!!」
接近戦をしていた二人がばっと離れる。だがやはり仮面の方が不利な状況のようだ。かなり焦りの気配が濃い。
「ほなそろそろ終いにしよか!」
カイはそう言うなり手を大きく振りかぶるなり、空に何かを描くように動かした。
そして。
「縛!」
カイがそう言葉を発するとともに、いきなり仮面の背後に数本の銀の鎖が出現して、抵抗する仮面の鞭をものともせずに、仮面の体にぐるぐると巻き付いていく。
そして仮面はとうとう全身に鎖を巻き付けたまま、床に派手な音を立てて倒れる。
「くっ! くそっ! くっそう!! 人間ごときに!!」
仮面はなんとか逃れようとしているが、鎖はビクともしていない。
「いやいや、自分ようやったほうやで。俺様とこんだけ互角に戦えたやつ久しぶりやわ。もしかして魔族でもかなり力が上の『貴族』クラスなんとちゃうか?」
カイは地面に倒れ込んだ仮面に近付きながら、ニヤリと笑う。
「…」
仮面は沈黙した。その様子にカイは肩を竦めながら傍らにしゃがみ込む。
「なんやだんまりかいな。ま、えぇか」
「カイさん! 契約書!」
せかしてくるフミにカイは怒鳴り返す。
「わかっとるって! ほい。はよ出せ」
手を出すカイに仮面は忌々し気に言葉を吐き出す。
「誰が出すか!!」
「まぁええけどな。こちとらお前らの手なんかお見通しやしな」
仮面の答えは予想の範囲だったらしく、カイはそう言うなりおもむろに仮面に手をかけた。
「な!」
慌てる仮面にカイはニヤリと口元を歪ませる。
「残念やったな。俺様はな、お前らの使う手口はよう知ってんねん。…常に自分の身に付けておくもん、ピアスとかやけど、お前の場合は…せやな、この仮面の文様が契約書やろ?」
「や、やめろ!」
鎖に拘束されながらも、仮面は必死にカイの手から逃れようと身を捩る。
「ついでにどないな顔しとんかも拝ませてもらお~♪」
「やめてくれっ!!」
だが懇願も空しく仮面を剥がされた下から出てきた顔は。
人間で言うなら二十代前半。漆黒の髪、太すぎず細すぎずキリっとした眉、涼しげな二重の瞳の左の目元には逆五芒星形の小さな痣らしきもの、鼻梁もすっとしていて、形の良い薄めの唇。いわゆるかなりの男前だった。
そして瞳は金と紫のオッドアイであった。
だがその瞳はすぐに絶望を持って閉じられた。
カイが驚きの表情を浮かべているのを映さずに。
「…さぁ、さっさとやれよ」
「…」
「カイさん?」
急に雰囲気の変わったカイにフミが訝しげに声をかける。
「…? 何なんだよ? なぶり殺しにする気かよ! はっ!」
仮面も訝しそうに何事かと目を開いて、カイを罵る。
「…フミ」
「…はい?」
「頼みがあんねん」
カイは仮面の顔から視線を外さず立ち上がると、呟くようにフミへと話しかける。
「…何ですのん?」
フミはちょっと腰が引け気味だ。今までの経験で何やらイヤな予感がしたらしい。
「おっちゃんの契約内容変更」
「はぁ?」
「金はいらんから『天寿を全うした後はコイツに魂を渡すこと』を付け加えるんや」
「?!」
それぞれの最大限の驚きをもって三人三様でカイを見やる。
衝撃からはじめに立ち直ったのは仮面だった。