第五話 深層距離
*ラース視点の話です。
*一部、修正しました。
最後に見た君の顔は、泣き顔だった。
君には笑っていて欲しいのに、私はいつも泣かせてばかり。
あの日もそうだった。私は判断を間違えてしまった。君の為と言いながら、全部、私自身の為。
君を失いたくなかったから…私は嘘を吐いた。
それが、君の心をズタズタに引き裂いたのだと理解したのは、君を失った後だった。
許して欲しいとは言わない。きみが死ねというなら、この命さえも惜しくはない。
どうか…次が有るのなら、君には幸せになって欲しい。心からそう思う。
……いや、そう思っていた。あの時までは。
「………なんだ、あの男は…っ」
苦い物を口に含んだかのように、言葉を吐き捨てる。
「あぁ…幼馴染みの男の事ですか?陛下」
栗色髪に紫眼の男が、ポットからカップに茶を注ぐ。
「彼女の後ろにずっとついて………腹立たしい」
一人で次々と恨み言を連ねる主を放置し、男は茶器を机に置く。
「陛下、また覗いてきたんですか?いい加減、直接会ってきたらいかがです?」
「いや…私の事を覚えていないかもしれないし……こんな姿だし…」
……気がつけば、私は少年の姿になっていた。
しかも魔力がほぼ底をついていて、簡単な魔法しか使えない。
彼女、ラビエッタの魂を捜し出すのに、長い期間を要した。やっと見つけたと思ったら、幼馴染みという名の虫がついていた。
すぐにでも引き剥がしたかったが、きっと彼女は私の事を覚えていない。姿そのままで界渡りをした私とは違って、彼女は別人に生まれ変わった。今の私に、彼女の幸せを奪う資格なんかない。
「……笑っているのを見られるだけで、良い」
転生した彼女が大人になり、彼女が愛した誰かと一生を添い遂げるまで………見るのは、苦行に近いな。
自分で自分の言葉に軽く傷ついていた。
カランカラン、と店の入口の鐘がなる。
「待たせたな、魔王」
金髪碧眼。もう一人の忘れる事が出来ない男。
「………リークウッド」
「朗報だ、界渡りした者が俺達以外にもいる」
「…だろうな」
「驚かないのか?」
「あまりにも事が上手く運び過ぎている。誰かに操作されているとしか思えん」
ラースは顔を顰め、溜息を吐きながら独りごちる。
「…覚悟を決めろという事か」
二度と彼女の目の前に現れるつもりは無かった。心のどこかでまた、傷つけてしまうのかと恐れていた。その気持ちと同じ位、彼女にまた会えるという期待に胸を膨らませ、歓喜している自分がいることは否定しない。
「………行ってくる」
溜息を吐きながら、ノロノロと座っていた椅子から立ち上がる。
「へ…?あ…っ!いっ…行くんですかっ?!いたっ!」
従者の男は主の突然の行動に動揺し、頭を棚にぶつける。
「これ以上は、許容範囲外だ」
入口の扉に手をかける。カランと鐘がなる。
振り返ると、リークウッドが笑みを浮かべていた。
「良い報告を待っている」
リークウッドの言葉を背に受けながら、扉を閉める。
彼女に会うには彼女の通う学校前で待つ、のが確実だと思い、待ち伏せをする事にした私は、後に彼女が私の事を覚えていたという事実に、内心歓喜していたのは秘密にしておく。