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9章89話 鎖

 フェンリルがヴォルティモの口から「アンナ」という言葉を聞いた瞬間、態度が急変する。

 「お、お前、どこでその名前を知った!?」

 フェンリルがそう尋ねると、

 「お前の記憶を少しだが覗かせてもらった。」

とヴォルティモは答える。

 「な、なんだと!!」

 フェンリルはグルルゥと唸り声を上げ、ヴォルティモに飛びかかろうとする。

 だが、ヴォルティモが再び、

 「天眼」

と呟くと、フェンリルに激しい頭痛が襲い、動けなくなる。

 「…や…め…ろ。」

 そこに、先ほどカーズィムと戦っていたはずの人狼が、フェンリルの危機に駆けつける。

 「フェンリル様!?今お助けします!」

 だが、人狼がフェンリルの許へと近づこうとすると、南方兵が人狼の前に立ちはだかる。

 「こっちは俺らに任せろ。それよりも、そっちの方を頼んだ。」

 南方兵はそう言うと、人狼をフェンリルに近づけないように槍で牽制する。

 「邪魔だ!」

 人狼は邪魔をする南方兵を睨み、退()かそうとするが、南方兵は意地でも行かせないようにする。

 南方兵のおかげでヴォルティモは天眼に集中でき、フェンリルはその副作用で激しい頭痛がずっと奴を襲っていた。



 ―頭が割れそうだ。頭が痛すぎて、(よだれ)や鼻水が止まらない。

 俺は頭痛と共に思い出したくない記憶が頭に響いてくる。

 …やめ、…止めろ、…止めろ!!それ以上覗くな!思い出させるな!

 白い雪が降り積もる村の風景が、俺の脳裏によぎる。



 俺は…、私は、北方の寒い小さな村で生まれ育った。

 本当に寒い地域だったので、寒い冬は家に籠もり、暖かい春や夏に農作物の収穫や狩猟を行っていた。

 そんな暖かい春に、私はラズベリーなどの果物や食べられる野草を探しに、ちょっとした森に出ていた。

 「あ、あった!」

 私は赤く実っている果物を手に取り、腕にぶら下げていた籠に入れていく。

 すると、突然、すぐ近くでガサリと物音が聞こえた。私は恐る恐るその物音のする方へゆっくりと視線を移すと、そこには痩せた狼が一匹いた。

 普通、狼は集団で行動する生き物だ。ということは、この狼は、はぐれ狼というものだろうか。

 とにかく私は狼を見つけた瞬間、恐怖と驚きで言葉が出なかった。腰が抜けてしまい、地面に尻もちをつきながら後ずさる。腕に下げていた籠は落ち、中に入っていた果物は地面に散乱する。

 だが、狼は不思議なことに私というより、籠に入っていた果物に興味津々だった。

 私は喰われたくないという一心で、その落ちた果物を狼にどうぞと差し出す。

 狼はまるで人間の行動を理解しているように、差し出された果物を口に付け、食べ始める。

 私は狼が果物に口を付け、ホッと安心をする。これで自分が標的にされない可能性が増えたと。

 私は今のうちだと、こそっと狼から逃げようとすると、狼がまたこちらをジッと見てきた。

 「…まだ何か?」

 私は言葉が通じるはずもないのに、ひきつった笑顔でそう尋ねる。

 すると、その狼は果物をくれたことで懐いたのか、私に頬ずりをし、クゥーンと甘える。

 私は恐る恐る狼の顎下に手を近づけて撫でると、狼は気持ちよさそうに反応する。

 その瞬間、私の中でこの狼が恐怖の対象から可愛らしい対象へと変化した。

 「…あなたもうちに来る?」

 私は狼にそう尋ねると、狼は尻尾を小さくフリフリと揺らす。

 私はこの狼が愛おしく感じ、村へと連れてくることにした。

 私は狼を連れて村に帰ると、

 「おー、アンナおかえ...。うわ!」

と父は帰ってきた私を見るなり、化け物を見たような声を上げる。

 その声に釣られて、村人も何だ何だとこぞって集まってきた。

 「うわ!狼じゃねえか!!」

 村人は狼を見て、騒ぎ出す。

 「アンナ、早く離れなさい!」

 父は私を狼から引き離そうとする。

 「大丈夫だよ。この子はとてもいい子だから。」

 私はこの狼が無害であることを知っているため、必死に皆を説得する。

 皆は煮えきらないようだったが、とりあえずは私の家で数日預かって、害が無さそうだったら、そのまま預かるということになった。

 「良かったね。今日からうちで暮らすんだよ。」

 「数日な。」

 私が喜んでいるところに、父は水を差してきた。

 「わかってる!」

 私はムキになって、声を荒げる。

 「それより、この子の名前どうしよ。」

 「おいおい、名前付けるのか?情が湧いちまうじゃねえか。」

 私は父の言葉を無視して、うーんと考え込む。

 私はそういえばと、この狼と出会った場所を思い出す。あの森の付近には大きめの(fen)があり、そこには神様だ宿ると信じられていた。さらに、この狼の毛色は若干深い青色をしていた。

 もしかして、この子はあの沼に住む神様なのかも。私は突拍子も無く、そう思い始めてきた。

 だが、この狼が狼なのに人間に友好的で、まるで人間の言動が理解できているようなところが私を妙に納得させた。 

 「決めた!あなたの名前はフェンリルよ!」

 不思議と狼、フェンリルは嬉しそうにクゥーンと唸る。


 フェンリルは狩りの時にとても手伝ってくれた。鹿などの野生動物を狩るときに、フェンリルが動物を追い詰めて、そこに父やその他の狩人(かりうど)が矢で仕留めるという感じだ。

 「よくやった、フェンリル。」

 父もフェンリルを気に入り、狩りに連れて行っては、褒めて撫でていた。

 フェンリルのおかげで狩りは倍以上に成功率を収め、徐々にフェンリルの存在を認める人たちが増えていった。

 だが、それを面白く思わない者がいた。その村で大きい土地を持っていた地主だった。

 その地主は家畜や農地を他より多く所有していて、食糧に困った村人は彼に金や担保を支払い、食糧を分けてもらっていた。

 だが、このフェンリルのおかげで狩りが上手くいき、さらにはフェンリルが威嚇することで、野生動物による農作物への被害も減少した。これにより、村人は食糧に困ることが少なくなり、地主を頼ることも必然的に減っていった。

 そんな中、ある事件が起きた。

 「おい!俺の家畜が減っているぞ。お前ん家のフェンリルの仕業じゃねえのか。」

 地主の家畜である羊が数匹減っていた。地主はそれをフェンリルに喰われたというのだ。

 「いや、そんなはずは。フェンリルは逆に野生動物から家畜や農作物を守ってくれています。」

 父はフェンリルを庇おうとするが、

 「貴様、逆らう気か?お前を村から追い出してやってもいいんだぞ。」

と地主に脅される。

 「い、いえ、そんなことは。」

 父は脅され、タジタジになってしまう。

 「じゃあ、今回の件もフェンリルの仕業でいいな。」

 地主がそう圧をかけると、

 「…はい。」

と父は答えてしまう。

 「では、さっそくその狼を村から追い出そう。」

 地主は今すぐにフェンリルを追い出そうとするが、

 「…わかりました。しかし、せめて娘のいない時に、させてください。」

と、父は私が悲しまないようにと、私のいないところでフェンリルを追い出そうとした。

 「まあ、いいだろう。」

 地主はそこは譲歩し、そして、数日後に、フェンリルは雪山に捨てられてしまった。しかも、復讐しに来ないようにと、体に鎖を巻き付けて。

 「アオーーーーーン。」

 その雪山に狼の遠吠えだけが響き渡った。

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